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師匠と弟子

 こうしてシオンはノノを連れ、いつもの泉に向かった。

 今日もそこでレティシアが修行に励んでいたからだ。魔法を使えるようにはなったものの、使える種類は限られる。そのため、もうしばらくの間は訓練を続けることにしたのだ。


「っ……《フレア》!」

「きゃあっ!」


 泉のほとりで、レティシアが魔法を放つ。

 しかし真剣な面持ちとは対照的に、生み出されたのは手のひらに載るような小さな炎だった。

 最初のろうそくサイズに比べればずいぶん進歩したと言えるものの、当人はがっくりと肩を落としてみせる。


「うう……やっぱり炎とか雷とか、危ないイメージのある魔法はどうしても苦手ですね」

「でもすごいの、レティシアおねーちゃん! 回復魔法だけじゃなく、いろんな魔法が使えるなんて!」

「ありがとうございます、ノノちゃん。でも、きっとノノちゃんの方が私より先に上手くなっちゃいますよ」

「そうかなあ……」

「もちろんです」


 顔を曇らせるノノに、レティシアはにっこりと笑う。


「だって、シオンくんがお師匠様なんでしょう? だったら絶対に上手くいきますよ」

「……うん! ありがと、レティシアおねーちゃん!」


 ノノも最後には笑顔を取り戻した。


「ふむ。なるほどなあ」


 そんなふたりの様子を、ダリオはすこし離れた場所から眺めていた。

 敷物を広げ、バスケットに詰めた菓子類をむさぼりつつ、顎に手を当ててうなる。


「弟子を取りたいと、そういうわけだな?」

「は、はい……」


 シオンはそんな師匠のそばで、背筋を正して正座していた。

 ハラハラしながら次の言葉を待ったのだが――ダリオはケーキをかじりつつ、ぶっきら棒にこう言った。


「いいんじゃないのか、別に。汝の好きにしろ」

「そんな二つ返事で!?」


 思わずツッコミを入れてしまうシオンだった。

 あっさり許可が出たのは嬉しいが、肩透かしをくらってしまった。


「もっとこう、『汝のような半人前が弟子取りなんぞ百年早いわ!』とかなんとかおっしゃるものかと思ってたんですけど……ずいぶんあっさり許してくれるんですね」

「何を言う。そこまで弟子を縛る趣味などないわ」


 ダリオはにやりと笑ってケーキをむさぼる。

 飲み勝負などを経て知り合った竜人族らに作ってもらったらしく、味もお気に召したようでご機嫌だ。とはいえその笑みの理由は、甘味だけではないらしい。

 シオンを横目で見やりつつ、くつくつと笑う。


「汝が道を踏み外そうというのなら殴ってでも止めるがな。こう見えて、汝のことは信頼しているのだ。汝が悩める者の力になろうというのなら、我はそれを見守るだけよ」

「……ありがとうございます、師匠」

「かかか、師の懐の深さに恐れ入っただろう」


 からからと高笑いを上る師に、シオンはこっそりと笑みをこぼす。


(前々から分かってたけど、この人思った以上の親バカだよなあ……)


 師匠バカと言うべきか。

 そんなことを考えていると、ノノがこちらに駆け寄ってくる。


「ししょー、大丈夫だったの?」

「うん。弟子にしてもいいってさ」


 それにシオンは笑顔を返した。

 ダリオもノノをじっくりと見つめつつ、肩を揺らして笑う。


「くくく、しかしシオンがクロガネの娘を弟子にしようとは……数奇なこともあるものだ」

「あ、あうう……」


 ノノは縮こまり、シオンの背中に隠れてしまう。

 ダリオに近付くな、という母の言いつけをしっかり守るつもりらしい。

 そんなノノを庇いつつ、シオンはため息交じりにダリオをいさめる。


「師匠、そこまでにしてください。ノノちゃんが怯えています」

「そう言うな。我は心の底から、この出会いに打ち震えているのだぞ」


 ダリオは目を細め、懐かしむように続ける。


「大昔のクロガネは群れを追放されたはぐれ者でな。誰とも関わろうとはしなかった。そんなあいつが特定の男と番い、子を産むなど……当時は想像もできなかったものよ」

「……おねーちゃん、おかーさんのこと知ってるの?」

「おうとも」


 興味を引かれたノノが、ひょっこりとシオンの背から顔を出す。

 そんなノノに、ダリオは悪戯っぽくウィンクしてみせた。


「そりゃもう、あいつのことなら何でも知っているぞ。どこが弱いとか、ほくろの数から何までむぐもが」

「子供になんてこと言ってるんですか!?」


 余計なことを言いそうになった師の口に、シオンは菓子類を詰め込んだ。

 ぽかんとするノノである。理解できない年頃で本当に良かった。

 もぐもぐと口いっぱいの菓子を咀嚼し飲み込んでから、ダリオはシオンを睨め付ける。


「なんだ、バカ弟子。師のありがたい言葉を遮るとは、命が惜しくないのか?」

「あいにく命は大事にしたいところですが……師匠が人として道を踏み外したら、止めるのが弟子の仕事ってやつですからね」

「かかか、汝も言うではないか。ならば許す!」


 ひとしきり笑ってから、ダリオはもう一度ノノに目を向ける。

 シオンは警戒するものの師の表情はとても柔らかく、ほっとするようなあたたかさに満ちていた。


「ともかく汝の父のことは知らぬが……あのクロガネが選ぶほどの男だ。きっと出来た者だったのだろうな」

「っ……うん! みんな、おとーさんはすごい竜だったって言うの!」

「そうかそうか。よければまた今度聞かせてくれないか。汝から見たクロガネのことも知りたいな」

「わ、わかったの」


 ノノはぎこちなくうなずいてから、ほんの少しだけふにゃりと相好を崩してみせた。


「ふふ、ダリオおねーちゃんは怖い人じゃなかったの。近寄ったらぺろっと食べられちゃうって、おかーさん言ってたのに」

「わはは。さすがにもう少し育ってもらわねば、我も食い出がないからなあ」

「師匠……?」


 最悪なことを口走る師匠を睨むも、あまり効いてはいなかった。

 シオンは咳払いしてノノの顔を覗き込む。


「それじゃ早速……修行開始といこうか、ノノちゃん」

「はいなの、ししょー! ノノ、どうしたらいい?」

「ひとまずレティシアが最初したみたいに瞑想かな」


 シオンは泉のほとりに座り、じっと目をつむるレティシアを指し示す。もう水着で泉に入ることもなくなったが、それでもこの地での瞑想自体は続けていた。


「俺も修行中は百年単位でずーっとああやって瞑想してたんだ。魔法を使うにはイメージすることが大事だからね」

「人間ってそんなに長生きだったの? でもわかった! ノノもやってみるの!」

「そのあとで、魔法を使うところを実際に見せてもらうね。何かアドバイスできるかもしれないし」

「はーい、ししょー!」


 ノノは元気よく手を挙げて、レティシアのもとまで走っていった。

 彼女の隣に並んで座り、目をつむる。

 その姿を見て、ダリオはますます上機嫌に喉を鳴らした。


「くくく、なかなか様になっているではないか」

「でも……簡単に解決するものでもないと思うんですよね」


 瞑想くらいなら、ノノもこれまで何度も行ってきただろう。

 それで一切魔法が使えないのなら、何か他に原因があるはずだ。

 ノノの様子を伺えば、よほど集中しているのか右手の甲に神紋が浮かび上がる。クロガネやその他竜人族が持つ竜神紋だ。しかも彼女の色は一切の濁りがない純黒である。

 シオンと違い、彼女は生まれながらの才能を有しているはずだ。


「あまり長居はできませんが……できる限り力になりたいんです。力がなくて悔しい思いをしたのは、俺も同じですから」

「うむ、人に教えることで得るものもある。ゆめゆめ精進するがいい」


 ダリオはからりと言ってから、ぴんっと人差し指を立ててみせる。


「そんな汝に大ヒントだ。あの娘、たしかにとんでもない素質を有している。大事なのは精神的な成長だ」

「成長、ですか……」

「ヒントはここまでにしておこう。我がネタバラシするのも道義に反することだからな」


 そう言って、ダリオはもう一度ノノに目をとめる。

 にんまりつり上がった口元には、隠しきれない上機嫌がにじんでいた。


「くくく、いい娘ではないか。クロガネも昔に比べてずいぶん温和になったようだし……千年の時というのは愉快だなあ」

「師匠……」


 シオンはそれに胸がかすかに痛んだ。

 思い至った疑問を口にする。


「師匠、ちょっと聞きたいんですけど」

「なんだ?」

「自分の知ってる人たちが、知らない間に変わってるのって……寂しくなったりしないんですか?」


 ここは、ダリオが生きた時代から千年も後の世界だ。

 彼女の友人知人はほとんどが死に絶えて、残った者たちもすっかり変わってしまっている。

 そんななか、自分だけが千年前のままなのだ。

 たとえ気の置けない相手とともにいたとしても、それは孤独と呼ぶべきものではないのか。

 そう尋ねると、ダリオは鼻を鳴らすだけだった。


「ふん、バカを言え。変わるからいいのではないか」


 ダリオは声を弾ませて焼き菓子のひとつをつまみ上げる。

 その色合いと光沢、香りをじっくりと楽しんでから口へと放り込んだ。満足そうに咀嚼しながら続ける。


「むぐもぐ……たとえばこの菓子。似たようなものは我の時代もあったが、ここまで洗練されてはいなかった。長きにわたって改良が重ねられた結果だろう」


 ごくりと飲み込んで、ダリオはウィンクしてみせる。


「菓子も人も同じこと。進化するから楽しいのだ」

「そっか……そういうものなんですね」

「おうとも。ゆえに心配は無用だが……汝のその心意気は買ってやろう」


 ダリオはにんまりと口の端をつり上げて、シオンの頬をつんつんつつく。


「我が寂しい思いをするかどうかは弟子の汝にかかっているからな。これからも、もっともっと我にかまって崇め奉るがいいぞ」

「今以上にですか……? 俺、相当師匠に手を焼いてると思うんですけど」

「何を言う、弟子ともなれば師にかしずいて当然で……待て。汝、今『手を焼いている』と言ったか? 師の世話が不服と言うのか」

「あっ、いえ、その言葉の綾っていうか!」


 ぽろっと本音が漏れてしまった。

 ジト目のダリオ――殺気がダダ漏れである――にあたふたするシオンだが、そこに運良くノノの声が響いた。


「あっ、ししょー。ねえねえ、瞑想いつまでやればいいの?」

「そ、そうだね! それじゃあ、そろそろ一回ちゃんと魔法を使ってもらおうかな」

「頑張ってくださいね、ノノちゃん」

「うん! ノノ、たくさんがんばるの!」


 やる気満々のノノの方へ、シオンはあわてて走って行った。

 そして、それをじーっと見つめてダリオはため息をこぼすのだ。


「しかしクロガネの娘か……まったく、難儀な星の下に生まれたものよ」

次で章が変わるので、一日空けて明後日更新。

植田亮先生の書き下ろし満載の二巻は8/6発売!よろしくお願いします!

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