思わぬお願いごと
当初はクロガネを驚かせるためだけに姿を隠していたダリオだが、今ではすっかり我が物顔で里を闊歩している。顕現できる時間は今でも限られているので、そのほとんどはレティシアの修行に付き合っているものの、その空いた時間で様々な揉め事を起こしていた。
あるときは竜人族の若者たちに絡まれて――。
『くくく、もう一度言ってみるがいい。誰が薄汚い人間の小娘だって?』
『師匠!? ストップ! ストップです! それ以上は本当に死んじゃいますから!』
あるときは飲み比べを挑まれて――。
『だーっはっはっは! この程度で潰れるなど口ほどにもない! まだまだ樽で持ってこーい!』
『あの、みなさん大丈夫ですか? これお水です』
あるときは見かねた衛兵たちに因縁を付けられて――。
『うーむ。我としてはもう少し痛めつけてやってもいいのだが……』
『まあまあ師匠。それよりあっちで俺に稽古を付けてくださいよ。その方が歯ごたえあって楽しいはずですから。ね?』
『それもそうだな。我が弟子のおかげで命拾いしたなあ、貴様ら。感謝しておけよ』
そんな感じであちこちで暴れ回った。
その仲裁に駆り出されるたび、シオンの株が勝手に上がっていったのは言うまでもない。
竜人族の態度が軟化したのはリュートや魔狼族の一件もあるものの、ダリオのやらかしが大きく寄与しているとも言えた。
「まあ、あのダリオとかいう者はともかく……レティシアも気のいい奴だな。さっきも里の老人らに呼び止められて話をしていたよ。子供らもよく懐いているようだ」
「あはは、レティシアらしいですね」
シオンは愛想笑いで誤魔化すしかない。
問題児として名を馳せるダリオとは対照的に、レティシアもすっかり竜人族らと信頼関係を築いてしまっていた。今では修行の合間にあっちこっちの集まりに呼ばれて顔を出し、お菓子などをたんまり持たされて帰ってくる。
「ふたりとも中々の人望だな。私も上に立つ者として見習わねば」
「あはは。でも、さすがにノノちゃんの人気には負けますよ」
「……まったくうちの兵士どもときたら」
ヒスイは額を抑えてため息をこぼす。
兵士らは依然としてノノを取り囲み、ちやほやとされていた。
「ノノ様、昨日おいしいカボチャケーキを焼いたんです。あとでお持ちしますね!」
「あ、ありがとうなの。おかーさんといただきます」
「ずるいぞ、おまえだけ! ノノ様、近くで素敵な花畑を見つけたんです。今度案内させてください!」
「ノノ様、いつもうちの妹と一緒に遊んでくださってありがとうございます!」
「あわわ……!」
兵士らの対応に追われ、ノノはあたふたするばかり。
それを見かねてか、ヒスイが手を叩いて注意を促す。
「こら、貴様ら。ノノ様がお困りだろう。早く撤収作業に戻れ」
「うっ……わ、分かりました」
「それじゃ俺も手伝いますね」
怪我人の治療や、壊れた武具の回収など。
ノノが見ていたからか、作業はてきぱきと進んだ。最後の怪我人を治したあと、シオンはノノに話しかけてみる。
「それにしても、俺に用事って何かな。またみんなと遊ぶお誘い?」
「っ……ううん、違うの。えっと、ね……」
ノノはすこし顔を強張らせ、小さく首を振る。
しかしその後の言葉は出てこなかった。不安そうに視線をあちこちにさまよわせる。
その視線が捉えるのはヒスイだったり、竜人族らの兵士だったり――。
それに気付いたらしく、ヒスイはごほんと咳払いをしてあたりを見回す。
「よし、我らは撤収ついでに辺りの巡回に向かおう。シオン、ノノ様のことは任せたぞ」
「はい。分かりました」
「ノノ様、また後ほど……!」
「うん、みんなまたね」
ヒスイに率いられて去って行く兵士らを、ノノは手を振って見送った。
それに彼らはみな丁寧に頭を下げ、心からの敬意を示していく。
最後は先ほどシオンが助けた兵士だった。彼もまた深々とノノに頭を下げて歩き出すが、ふとしたところでこちらをそっと振り返る。
彼はほんの少しだけ、遠い目をして――。
「ノノ様……ご立派にお育ちになられましたね」
小声でぽつりとつぶやいたあと、彼はもう一度頭を下げて去って行った。
その優しい眼差しに、シオンも胸が温かくなる。
「すごいなあ、ノノちゃん。みんなの人気者だね」
「そうなの。みんな優しくしてくれるの」
「……どうかしたの、ノノちゃん」
ノノが寂しそうに笑うので、シオンは首をかしげるしかない。
彼女は族長の娘だ。
竜人族にとっては、次の主君になるべき人物。
だから兵士らの態度は当然のはずなのに、ノノの瞳は暗い水底のように揺れていた。少しの刺激で決壊してしまいそうな危うさが読み取れる。
(ひょっとして、俺への用ってのが関係しているのかな)
そんなことを薄ら察し、シオンはしゃがみ込んでノノに視線を合わせる。
彼女の不安を取り払うべく、にっこり笑って切り出した。
「それじゃあ改めて。いったいどうしたんだい、ノノちゃん。みんながいるところだと言いにくいこと?」
「あのね、おにーちゃん……おねがいします!」
ノノはすこしの逡巡のあと、がばっと頭を下げてみせた。
そうして力いっぱいに叫んだのは、予期せぬお願い事で――。
「ノノを、おにーちゃんの弟子にしてほしいの! お師匠様になってください!」
「……へ?」
シオンは目を瞬かせる。
弟子、師匠。
なじみ深いその単語が脳内をぐるぐると回る。
そうしてようやく彼女の言葉が理解できたと同時、シオンは裏返った声で叫んでいた。
「弟子!? なんで!?」
「……ノノね、早く魔法が使えるようになりたいの」
ノノは胸の前でこぶしを握る。
まっすぐにシオンを見つめる目には、うっすら涙がにじんでいた。しかし悲愴な色はみじんもない。ただ純然たる覚悟が大きな瞳の中で燃えていた。
「ノノが魔法を使えたら、ヒスイは怪我したりしなかったの。悪いひとにつかまることもなかったし……」
そこで言葉を切って、ノノはちらりと里の方角――ヒスイらが去った方を見やった。
わずかにうつむいてから、かすれた声で続ける。
「あのね、何年か前にノノが生まれたころ……大きい戦争があったみたいなの」
あるとき起こったその戦争には、谷に暮らす種族すべてが蜂起したという。
結果は竜人族の勝利となったものの、族長のクロガネはそのときの怪我が原因で力を失い、守護兵団長であった彼女の夫も命を落とした。
そのことがきっかけで、竜人族の権威は失墜した。
「おかーさんもみんなも、いつも言ってるの。次の族長はノノだって。だから、ノノは早く強くなりたいの。大好きなみんなのことを、ちゃんと守れるように」
ノノはぎゅっと拳を握り、もう一度頭を下げる。
「だからお願いします、おにーちゃん。ノノに魔法を教えてください!」
「ノノちゃん……」
少女のひたむきでまっすぐな『強くなりたい』という思い。
その、自分もよく知る衝動が、シオンの胸を強く打った。
力になれることがあるのなら、どんなことでもしてあげたい。
(でも、俺もまだ修行中だしな……弟子なんて取っていいんだろうか?)
それなりに強くはなったが、まだまだ未熟な身だ。
誰かに何かを教えたこともない。そうなると、途端に不安になってくる。
シオンはダメ元で代替案を提示してみるのだが――。
「強くなりたいのなら、うちの師匠の方が適任なんじゃないかな。ほら、俺とよく一緒にいる白い髪の女の子。師匠、横柄だけど女の子には優しいよ?」
「ダメなの。あのおねーちゃんには絶対近付くなって、おかーさんが言ってたの」
「ああ……だろうね」
愛娘がダリオに弟子入りしたら、クロガネは卒倒するかもしれない。
そうなると適任はシオンしかいないだろう。
「おにーちゃん……ダメ……?」
「うぐっ……!」
ノノが首をかしげ、上目遣いで尋ねてくる。
それがシオンの心臓に深々と突き刺さった。
ひとりっ子だし、小さい子の世話をした経験も皆無なので、こういうおねだりにまったく耐性がないのだ。シオンはしばしだらだらと冷や汗を流して苦悩する。
しかし、最後には腹を決めた。
重々しくうなずいて、ノノに右手を差し出す。
「よし、分かったよ。そういうことなら……ふたりで一緒に強くなろう、ノノちゃん」
「うん! ありがとうなの、おにー……ううん、ししょー!」
ノノは花が咲いたように笑い、シオンの手をぎゅっと握り返してみせた。
彼女の笑顔にシオンはほっと胸をなで下ろしつつも――。
(あとで、ちゃんと師匠に許可をもらわないとな……)
そんな不安に、背筋が凍った。
続きは明日更新します!
8/6に二巻発売!半分ほど加筆修正して、書き下ろしも収録!よろしくお願いします!




