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 その次の日。シオンは里の周囲に広がる森にいた。


「《ウィンドカッター》!」

「ひぎゃあああっ!?」


 風の刃が勢いよく空を駆け、並び立つ木々をかわして獲物たちへと襲いかかる。

 頭が馬、体は人の牛頭族だ。武装した彼らは風の刃になすすべなく、全身を切り刻まれた。

 威力は手加減したので、ケガといっても多少皮膚が裂けただけ。


 だがしかし、血まみれになった互いの姿は彼らの戦意を一気に削り取った。

 おまけにその魔法を唱え、自分たちをたったひとりで迎撃したのが無力なはずの人間だったものだから、恐怖は計り知れないものとなったのだろう。


「くそっ……! あれが噂の人間か! 予想以上だ!」

「退け! 撤退だ!」


 誰ともなくそう叫び、二十名ほどの軍勢はあっさりと崖から飛び降りた。竜人族の領土から、彼らの土地へ帰って行ったのだ。それを見送ってから、シオンはくるりと背後を振り返る。


「よし。もう大丈夫ですよ」

「……すまない」


 それに重々しくうなずくのは、先日シオンに因縁を付けた竜人族の戦士である。

 あのとき敵意を隠そうともしなかったはずの彼は、今や満身創痍のありさまだった。槍を地面について体を支えるのが精一杯で、片手で押さえた肩口からは血がにじむ。

 他にもあたりには同じように負傷した兵士が大勢いた。

 ひとまず目の前の彼に回復魔法をかければ、彼は力なく笑う。


「やはり強いな……牛頭族の兵士らをあっさり圧倒するとは。想定以上というより他ない」

「とんでもない。俺なんて師匠に比べればまだまだですよ」

「ふっ、ここまで力を有しておきながらその台詞を吐けるとは。その謙虚さは俺も見習わなければならないな」

「謙虚っていうか事実ですからね。さあ、立てますか?」

「……ああ」


 シオンが右手を差し伸べれば、彼は少しの逡巡ののちにその手を取った。

 先日までの敵意は見る影もなく、彼らの態度はすっかり軟化していた。

 よろよろと立ち上がり――深々と頭を下げてみせる。


「助けに来てくれて感謝する。おまえが現れなかったら、俺たちの部隊は壊滅していただろう」

「と、とんでもない。頭を上げてください」


 シオンはぶんぶんと首を横に振る。

 ちょうどここから少し離れた森の中で用事があり、戦闘の音を聞きつけてすぐに飛んできたのだ。それでも怪我人が出てしまったのが悔やまれる。


「来るのが遅くなって申し訳ないくらいです。怪我をされた方はおっしゃってください。俺が責任もって治しますので」

「本当、おまえはどこまでお人好しなんだか……」


 竜人族は苦笑してかぶりを振る。


「まったく……あの方を思い出させるな」

「あの方、ですか?」

「ああ。俺たちの前団長だ」


 彼がそう言うと、他の者たちもそっと目配せして同じような笑みを浮かべてみせた。

 くすぐったいような、寂しいような、そんな表情だ。

 彼は少しばかり息を長く吐いてから続ける。


「ビャクヤ様と言ってな。ここの誰よりも古株だった。クロガネ様とともにこの里を作って、行き場のない俺たちを迎えてくれたお方なんだ」

「……ひょっとして、その方が」

「ああ。クロガネ様とは夫婦だった。数年前にお亡くなりになったが」

「懐かしいなあ。あの方もめちゃくちゃ強いわりに、変にお人好しのきらいがあった」

「自分がどれだけ怪我をしていても、俺たちのことばっか心配してなあ……」


 竜人族らは静かに言葉を交わす。

 彼らにとって、その前団長というのがいかに大きな存在であるのかがよく分かった

 そこに、ゆるみかけた空気を切り裂くようにして鋭い声が響く。


「おまえたち! 無事か!」

「あっ、ヒスイさん」

「っ……ヒスイ様!」


 兵士らが慌てて立ち上がって敬礼を取る。

 空から降りてくるのはヒスイその人だった。それと、彼女は背中に小さな影を乗せていた。


「それにノノちゃんも。こんにちは」

「こ、こんにちはなの」


 ヒスイの背から降りて、ノノはぺこりと頭を下げる。

 その姿にシオンは相好がゆるみそうになるのだが――。


「「「ノノ様!」」」

「うわっ」


 周囲の兵士たちが急に大声を出したものだから、びくりと肩が跳ねてしまった。

 満身創痍でぐったりしていたはずの彼らだが、ノノを一目見るなり血相を変えて集まってくる。


「このような場所にわざわざいらっしゃるなんて……危険です!」

「ヒスイがいるからへーきなの。それよりみんな、お怪我してるの……大丈夫?」

「もちろん! この程度はかすり傷です!」


 ボロボロになった兵士のひとりが、力こぶを作ってアピールする。その笑顔は痛みのせいか分かりやすく引きつっていた。他の者たちも口々にノノへと話しかけていく。


(す、すごい人気だな……)


 まるでアイドルのような扱いだ。

 熱気に押されるシオンの隣で、ヒスイがため息交じりにあたりを見回す。


「この辺りで襲われた……ということは、牛頭族の奴らか」

「その通りでした。ヒスイさんはいらっしゃらなかったんですね」

「ああ。私は里の警邏に当たっていたんだ。ノノ様がおまえを探していたゆえ、お連れしたのだが……ともかく大事にならずによかった」


 ヒスイはかぶりを振ってから、深々と頭を下げてみせる。


「すまないな、シオン。こんなことにまで手を貸してもらって」

「い、いえ。お世話になっている身ですから、このくらいのことは当然です。顔を上げてください」


 シオンは慌てて言って、頬をかきつつ話を続ける。


「今日はちょうど、近くの森で古木の伐採を頼まれていたんです……おかげですぐ駆け付けることが出来ました」

「また里の者たちか……シオンも雑用を任されても断っていいんだぞ」

「いえ、ようやく信頼してもらえたみたいで嬉しいです。俺もいろいろ勉強になりますしね」

「ふっ、貴様は変わらずだな。礼を言うのはこちらの方だというのに」


 ヒスイは笑みを深めてみせる。


「先日はリュートを助けてくれてありがとう。その上今日は部下まで救ってもらって……こうまで恩が増えてしまえば、返すのも一苦労だな」

「どうかお気になさらずに。それよりリュートくんはお元気ですか?」

「ああ、今日も家にこもって座学に励んでいるよ。父上と母上の監視付きでな」

「あはは……あの子、まだ謹慎中なんですね」


 魔狼族の領土に単身突撃し、危険な目にあったリュート。

 彼は無事に助け出されたあと、両親やヒスイからこっぴどく叱られた。その罰として当分の間は外出禁止の上に、勉強漬けを言い渡されたらしい。


 しかしシオンが様子を見に行ったとき、彼は楽しそうにしていた。

 謹慎とはいえ、日ごろ忙しい両親と一緒に過ごせるのだ。勉強がつまらないとぼやきつつも、彼は満面の笑みだった。去り際、シオンにびしっと宣戦布告することも忘れなかった。


『いいか、次こそは俺が勝つからな! 首を洗って待って――いってえ!? 何するんだよ、かーちゃん!』

『またあんたはそんなことを言って! シオンくんにちゃんとお礼したの!?』

『シオンどの。愚息を助けていただいて礼を言う。またよければ遊んでやってくれ』

『姉の私からも頼む、シオン。こいつは痛い目を見ないと分からないようだから……ギリギリ死ぬ手前までならボコボコにしてくれてかまわんぞ』

『しませんよ、そんなこと!』


 とにかくリュートを助けたこと、魔狼族との仲を取り持ったこと。

 そうした出来事が、竜人族がシオンを見る目を変えたらしい。今では気さくに声を掛けてもらえるようになり、雑務を頼まれることも増えた。

 そしてその変化はヒスイにも及んでいた。

 当初は剣呑だった空気は取り払われ、浮かべる笑みも自然なものだ。


「これまで不躾な態度を取ってすまなかったな。おまえは人間だが……それ以前に、高潔な魂の持ち主だ。遅くなってしまったが、ようやく理解したよ」

「いえ、俺なんてまだまだですよ」

「何を言う。貴様は立派だ」


 ヒスイはシオンの肩をぽんっと叩く。

 そうして笑みを取り払い、完全な真顔で言うことには――。


「あの、ダリオとかいう者を師と仰ぎ、その上で制御するなど……私にはとうていできないことだ。心の底から尊敬するよ」

「うちの師匠がほんっとすみません……」


 シオンは引きつった笑顔を返すしかなかった。

続きはまた明日更新。

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[一言] >「あの、ダリオとかいう者を師と仰ぎ、その上で制御するなど……私にはとうていできないことだ。心の底から尊敬するよ」 シオンの偉大さがわかる一言ですなwww
[気になる点] >頭が馬、体は人の牛頭族だ。 あれ? 頭が「馬」なら「馬頭族」では…? ※修正されましたら、この感想は削除させていただきます。
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