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一縷の望み

 今でも思い返すとドキドキして仕方ない。胸を押さえてため息をこぼしていると、背後からその元凶の声が降りかかる。


「おいこらシオン」

「はい! すみませんでした!?」


 条件反射で背筋を正し、びしっと頭を下げる。

 そんなシオンに、ダリオはニヤニヤと笑ってみせた。


「うむ、師の陰口を叩くとはいい度胸。だが、今は不問にしてやる。やつらが呼んでいるぞ、汝に話があるそうだ」

「や、奴ら……ですか?」


 シオンは目を瞬かせる。

 師が指し示すのは魔狼族の群れだった。おずおずと彼らのもとまで近付いて、シオンは小首をかしげてみせる。


「えっと、何かご用でしょうか」

「ガルゥ……」


 子供の母親が目を細めて低く唸る。

 しかし、そこに敵意は感じられなかった。シオンが見守っていると、彼らは驚くべき行動に出た。母親に続いて、その場の全員が深く頭を垂れたのだ。


「わっ、皆さんいったいどうしたんですか」

「おおー。こりゃすごい」


 目を瞬かせるシオンをよそに、クロガネは明るい声を上げる。

 居並ぶ彼らの言葉を代弁するようにして言うことには――。


「シオン、魔狼族はおまえさんに忠誠を誓うんだとさ」

「はい!?」


 シオンは裏返った声を上げるしかない。

 魔狼族は魔物としても超絶レア種だし、気位の高い彼らはよほどのことでは人に従わないという。だからこそ、先日ぶちのめしたコルーネ・ファミリーのドンは財をなげうってでも手に入れようとしたのだ。


 それが大人も子供も含めて五十体あまり、シオンの元に下るという。

 うろたえるシオンだが、ダリオは首をひねる。


「そんなに意外な展開か? 我らも手を貸したとはいえ、こやつらを救ったのは汝であろう。恩義を感じて当然だ」

「さすがはシオンくんです。狼さんたちとも、お友達になっちゃうなんて!」

「えーっと何々。『我ら魔狼族一同。命尽きるまで大将たる貴殿に仕え、地の果てまでもお供いたす所存』か……モテる男は辛いねえ、シオン?」

「いやいや困りますよ!?」


 通訳してくれたクロガネに、シオンは思いっきり首を横に振る。

 ただ単に仲良くなれるだけなら本望だ。だがしかし、忠義とまでいくとちょっと躊躇する。


「あの、お気持ちは嬉しいんですけど……俺はまだまだ修行中の身なんです。皆さんのボスなんて務まりませんよ」

「グルゥ……」


 魔狼族の母親がちらりと顔を上げ、弱々しく鳴く。

 今のは通訳されなくても意味が分かった。シオンはしばし悩んだ末に、ぽんっと手を打つ。


「それじゃあボスになる代わりと言っては何ですけど……」

「ガウ?」


 指し示したクロガネの方を、魔狼族はきょとんと見やる。

 そんな彼らに、シオンはにっこり笑って告げた。


「竜人族のみなさんと、これからも仲良くしてください。昔みたいに」

「グルァ……ガウワウ!」

「はは……おうとも。またよろしくな」


 少しの間を置いて、魔狼族たちが一斉に鳴いた。

 どうやら伝わったらしい。そんな彼らにクロガネは小さくうなずいた。母親の鼻先を撫でながら、彼女はうっすらと笑う。


「まさか、おまえたちともう一度手を取り合える日が来るとは……何が起こるか分からねえもんだねえ」

「ガウッ」

「奇遇だね、おまえもそう思うかい」


 感慨深そうに言葉を少し交わしてから、クロガネはシオンを振り返る。


「いろいろありがとよ、シオン。だがこいつ、それだけじゃ納得できないらしい。一応忠義の印をいただきたいって言ってるぞ」

「忠義の印? それってどういう……うわっ」

「ガウッ」


 母親が頭を下げ、シオンの顔に額をこすりつける。

 柔らかな毛がくすぐったかったが、しばらく我慢していると変化が起きた。

 彼女の額がぼんやりと光り始め、獣の形をした神紋が露わとなる。その光が、シオンの中にまで流れ込んできた。神紋はすこし明滅し、光が消える。

 それが終わった後、シオンは不思議な感覚に包まれていた。

 不可視の糸で、目の前の狼とつながったような――そんな感覚だ。


「ひょっとしてこれ……契約ですか?」

「ガウッ!」


 その通りだ、と狼は吠える。

 先ほど以上に彼女が何を言っているのかが理解できるようになっていた。

 ガウガウと吠えながら魔狼はシオンにもう一度頭を垂れる。


『旅路にお供できないのは残念だが……我の力が必要となればいつでも呼ぶがいい。これがあれば、どこにいたところで貴殿の元に駆け付けることができるだろう』

「わ、わざわざありがとうございます。恐縮です」

『うむ、存分に我を使うことを許す。どんな敵が相手だろうと、貴殿の前に屍の山を築いてご覧に入れようぞ』

「そういう血なまぐさいのはちょっと遠慮しますね……でも、このもふもふは堪んないな……」


 物騒なことを言いつつも、魔狼は甘えるようにして体をこすりつけてくる。

 毛皮はふかふかふわふわで、やわらかなお日様の匂いがした。

 ほっこりして魔狼を撫でるシオンを横目に、ダリオはくつくつと笑う。


「くっくっく、魔狼族の大将を無血で下すとは。まるでかつての我を見ているようだ。なあ、クロガネよ?」

「……てめえの場合はあたしのことボッコボコにしたけどな?」


 それにじとっとした目を返し、クロガネは大きなため息をこぼしてみせた。

 そんな光景を、竜人族は遠巻きにして見守っていた。

 誰も彼もが目を丸くしており、驚嘆の声に交じって唾を飲み込む音がいくつも響く。


「魔狼族がここまで心を開くとは……」

「あの人間、やっぱりすごいんだな……」


 そしてそんな大人たちの後ろには、ノノの姿もあって――。


「おにーちゃんなら、ひょっとして……」


 ぐっと拳を握り、彼女は魔狼を撫でるシオンのことをじっと見つめていた。

続きはまた明日更新。さめはもう夏バテ気味です。

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