狼たちの再会
密猟者の集団と出くわしてから、数日後。
竜人族の里には珍しい客人が訪れていた。
見上げんばかりの巨体に漆黒の毛皮――魔狼族だ。
「がうっ! がうわう!」
「グルゥ……」
集った彼らの元へ、一匹の魔狼族が勢いよく駆けていく。小さな体には大小様々な古傷が刻まれており、すこし痩せているものの、しっかりと四本の脚で立っていた。
子供は集団の中――特に大きな狼にまとわりつく。
全身でよろこびを表現して跳ね回る子供に、狼は目を細めた。ゆっくりと顔を寄せ、子供の匂いを確かめる。その姿は荒ぶる狼のイメージとは対照的なものだった。
胸を打つ、再会の光景だ。
「ほんとたいしたもんだ……さらわれた魔狼族を見つけ出すなんてよ」
それを遠巻きに眺めながら、クロガネは顎に手を当てて唸ってみせた。
隣のシオンに視線を投げ、ぼやくように続ける。
「当時、あたしたちも捜索を手伝ったんだが、ろくな手がかりは掴めず……魔狼族どもは閉じこもっちまった。それがまさか、今になって見つかるとはねえ」
「あの子、結界の中でずっと飼われていたみたいなんです。運んだ際も、痕跡を完全に消したとかで……みなさんが辿れなくても無理はありませんよ」
シオンはため息をこぼし、魔狼族たちを見つめる。
密猟者の集団を縛り上げたあと、徹底的な尋問を行った。
彼らはシオンにすっかり怯えきっており、どんなことでもあっさりと答えてくれた。
その結果、囚われた魔狼族の子供は、この谷から少し離れた街で飼われていることが判明した。この数日、シオンはその子供を取り戻しに向かっていたのだ。
クロガネにはその間、魔狼族の説得を頼んでおいた。
彼らは子供を取り戻さんと奮起していたが、人里を荒らしてしまえば余計な軋轢を生んでしまう。それを避けるためにも、迅速にケリを付ける必要があった。
シオンは計画を練って街に潜入。紆余曲折あって、狼の子供を救出することに成功した。
密猟者のカルロらも、彼らのボスともども街の自警団に突き出しておいた。
そして今日、狼たちは再会を果たしたのだ。
「またしてもお手柄だねえ、シオン。谷を代表して礼を言うよ」
「そんな……俺はたいしたことをしていませんよ」
シオンは頬をかいてはにかむ。
実際、救出作戦でシオンがやったことは微々たるもだ。
本作戦のMVPは当然――。
「その通り!」
堂々たる声が響く。
もちろんダリオだ。いつもとは異なり、白を基調としたドレスを身に纏っている。高貴な身分のご令嬢といった出で立ちだが、不敵な笑みがただ者でないオーラを醸し出していた。
ダリオは凜とした足取りで、レティシアの手をぐいぐい引いて魔狼族のもとへと向かう。そこでふんぞり返り、無事に救出された子供に言ってのけた。
「小僧。汝が再びこの地を踏めたのは、我の……ひいてはこの、レティシアの功績があってこそだ。その大恩、ゆめゆめ忘れるでないぞ」
「わふっ!」
「恩だなんて……そんなの結構ですよ」
元気よく返事をする魔狼の子供。
レティシアはそんな狼の頭をそっと撫で、にっこりと笑った。
「でも、無事にお母さんと会えてよかったですね。もう安心ですよ」
「がうがう♪」
「わわっ、すっかり元気になりましたね」
魔狼族の子は後ろ足で立ち上がり、レティシアの顔をぺろぺろと舐める。
救出のゴタゴタで、彼女にすっかり懐いてしまったらしい。
そんな微笑ましい光景に、クロガネは目を丸くする。
「そういやダリオはともかく、お嬢ちゃんもついて行ったんだったねえ。魔狼に好かれるとはたいしたもんだよ」
「それが色々ありまして……」
シオンは苦笑するしかない。
最初はひとりで行く予定だったが、ふたりが無理やり付いてきたのだ。
『なに、小悪党をぶちのめしに行くだと? 面白そうではないか、我にも一枚噛ませろ』
『私もお手伝いします! 狼さんを助けに行きましょう!』
そういうわけでダリオは物見遊山で、レティシアは正義感で参戦した。
「で、師匠がさる高貴なご令嬢だってことにして、敵のボスに近付いたんです。珍しい魔物を売るって言って。俺とレティシアは従者のポジションでした」
「なんでわざわざそんな回りくどい真似を……? おまえなら、正面から殴り飛ばした方が早かっただろうに」
「悪党をぶちのめすだけならそれでも良かったんですけど、今回の目的は救出でしたからね。慎重にいくべきかと思いまして」
相手の懐にもぐりこみ、子供を確保する。
当然、敵との衝突は避けられなかった。危険を伴う作戦となるため、レティシアには待機していてもらいたかったのだが――。
『荒事なら願ったり叶ったりではないか。レティシアに経験を積ませるいい機会だ』
『そ、それはそうかもしれませんけど……』
『心配なら汝がフォローに回ればいいだろうに。なあ、レティシア』
『い、いえ。シオンくんの迷惑になるのなら諦めます』
レティシアは一度は辞退しようとしたものの、そのあとすぐ寂しそうに笑って――。
『これも私の力が及ばないせいですから……いつかお役に立てるよう、修行を頑張ります』
『やっぱり今回はレティシアにも手伝ってもらおうかな! 俺がしっかりサポートするね!』
好きな子の笑顔を取り戻すため、シオンは腹をくくったのだ。
ともかくいろいろアクシデントはあったものの、作戦は成功。
狼の救出はもちろんのこと、もうひとつの成果があった。狼の子とたわむれるレティシアに、ダリオはニヤニヤと笑って言う。
「そら、レティシア。小僧はまたあれをご所望のようだぞ。やってみせてやれ」
「はい! いきますよ、《アクア》!」
「きゃんきゃうっ!」
レティシアが高々と腕を振り上げると、大きな水球が虚空に生じる。
水は風船のように弾け、あたりに細かな雨粒を降らせてみせた。狼はおおはしゃぎで駆け回り、体を震わせて水滴を飛ばす。
その光景に、シオンは小さく吐息をこぼす。
「おかげでレティシア、すっかり魔法の使い方を覚えたんです」
「ははあ。見違えたもんだねえ」
クロガネも感嘆の声を上げた。
つい先日までは、慎重に呪文を唱えて小さな炎を生み出すのがやっとだった。それが今では呪文を省略してもそれなりの魔法が使えるようになっている。
まさに、めざましい進化と言えよう。
(俺は魔法ひとつ覚えるのでも百年かかったのに……才能ってのは、こういうことを言うんだろうなあ)
シオンはしみじみと嘆息する。
教え込んだダリオもこの結果にはかなりご満悦らしい。レティシアの肩に腕を回してぐりぐりと頭を撫でる。
「わははは! さすがはレティシアよ! まさかここまで進化するとは、神に等しき我ですら思わなかったぞ!」
「えへへ、お師匠さんのおかげです。ありがとうございます」
レティシアは照れくさそうに笑う。
潜入作戦でますますふたりの仲が深まったようで、名前呼びが当たり前になっていた。
そのこと自体は微笑ましくていいのだが――。
「でも師匠は完全に楽しんでましたね……ほんっと毎秒ヒヤヒヤさせられましたよ」
「あいつ、常に娯楽に飢えてるところあるもんね……おまえも大変だよねえ」
クロガネは心の底から憐憫の眼差しを送ってくれた。
かつて振り回された経験が脳裏をよぎったらしい。
「はい……分かっていただけて何よりです」
シオンはがっくりと肩を落とす。高貴な令嬢と従者のふりは、もう二度とやりたくなかった。単純に振り回されて疲れたというのもあるが、他にも理由がある。
(お淑やかな師匠、普通に可愛かったもんな……あんなの心臓に悪いって)
普段はチンピラめいた言動なのに、やろうと思えばどんなふうにも化けられるらしい。
洗練された所作や言葉遣いはもちろんのこと、上品な笑みも板に付いていた。
『あら、シオン。どうしたのですか? なんだか顔色が悪いようですけど』
『な、なんでもありません……』
眉を寄せて頬に手を当て、物憂げに顔をのぞき込まれた時は心臓が止まるかと思った。
続きはまた明日!
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