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密猟者

 雪原は上空から見ても一面純白の世界だった。

 しかし平野の一角に色彩が見えた。近付くにつれて、それが何台もの馬車だと分かる。

 そしてそこから多くの怒声と咆哮、そして爆音が聞こえてきた。

 やがて三人はその上空へと辿り着く。


「あれは……っ!」


 ヒスイがはっと息を呑んだ。

 地表で繰り広げられていたのは予想通り戦闘行為だった。

 だがしかし、そこには意外な存在がまぎれていた。人間たちだ。

 彼らは馬車を庇うようにして散開し、取り囲む多数の狼たちに立ち向かっている。


「ガウァッ!」

「くっ……しぶとい!」


 今、ひときわ大きな一匹が地を蹴り、眼前の男へと飛びかかった。

 男が迷うことなく火焔魔法を唱えたところで――シオンの心は決まった。


「ヒスイさん! ノノちゃんをお願いします!」

「っ……おい、人間!」


 ヒスイにノノを託して、シオンは飛行魔法を解除する。

 自由落下に身を任せ、多くの雪を舞い上げて着地。それと同時に剣を抜いた。


「ガウッ!?」


 周囲の狼が、突然の闖入者に驚いて唸りを上げる。

 襲いかかってくる彼らの間をすり抜けて、シオンは一目散に走り抜く。


「死ねえ!」


 魔法が炸裂し、またも爆炎が上がった。

 むせ返るような熱風が微細な灰を撒き散らす。その煙が晴れたあと――雪の上には男も狼も倒れていなかった。

 彼らの間に立ちはだかり、シオンは剣先をまっすぐ男へ向ける。


「……あなたたちは何者ですか」

「はあ……? なんだおまえは、同業者か」


 男は訝しげに顔をしかめてみせた。

 若い、まだ青年と呼んでも差し支えない男だ。シオンとそう年は変わらないだろう。眼鏡をかけた細面に、痩せぎすの身に纏うのは白を基調としたローブ。研究者然とした風貌だ。

 ただし、他の仲間たちはいかにも荒くれ者といった雰囲気で――突然の不確定要素に驚いてか、彼らもまた武器を構えたまま困惑を露わにする。

 その隙に、シオンは背中で庇った狼に回復魔法をかけた。

 焼け焦げた毛皮や、割れて血の滲む爪が瞬く間に癒やされていく。


「大丈夫かい?」

「グゥ……?」


 狼は低く唸って目を細める。シオンの行動をどう判断していいものか迷っているようだった。

 他の狼たちも、事態を見極めるためかこちらをことをじっと見つめてくる。


「シオン!」


 そこに、ノノを抱えたヒスイが降りてきた。

 シオンの背後に着地したその姿を見て、男たちがギョッと目を剥く。


「竜人族だと!?」

「なんでこんな場所に……っ!」

「うろたえるな! この程度のこと、想定の範囲内だ」


 研究者然とした男が檄を飛ばす。

 そちらを睨み付けながらも、ヒスイは軽く嘆息した。


「驚いたな。てっきり人間の方を味方するかと思ったが」

「俺も最初はそのつもりでしたけどね……」


 シオンはかぶりを振って眼前の男――その背後に並ぶ馬車を睨め付ける。

 乗合馬車のような簡素なものではなく、荷を運ぶことに特化した造りだ。

 荷台部分は窓もなく、その上金属で補強されており見るからに頑丈だ。その後方部分は開かれており、荷物の様子がうかがえる。


「あれを見たら、どっちが悪役かハッキリします」


 荷馬車に積み込まれていたのは、大小様々な檻だった。

 その中には狼たちが詰め込まれていた。

 体毛の色も体の大きさも様々だが、どの個体にも共通する点がある。

 彼らの目はうつろで、宙の一点を見つめていたのだ。外の騒ぎにも一切関心を示さず、檻を破ろうと暴れることもない。どれも例外なく、まるで魂が抜けたような様子だった。

 シオンは男をじっと見据えたまま、その言葉を口にする。


「密猟者……ってことですか」

「ああ。魔狼族は高値で取引されているらしい」


 高い知能と力を秘めた魔狼族。

 奥深い山脈などに生息することから、めったに人目に出ることはない。

 それゆえその希少さから好事家からの人気が高く、求める者が後を絶たないという。

 ヒスイは苦々しい面持ちで語る。


「十数年前に、族長の子がさらわれてな。それからようとして行方が知れず……あいつらが領土の周囲に結界を張り巡らせ、他種族との関わりを絶ったのはそれが理由だ」

「つまり、それ以降は被害がなかったわけですね?」

「そのはずだ。だが、ならばこいつらはどうやってここに……ノノ様?」

「あのひと……」


 ノノがじっと見つめるのは研究者然とした男だ。

 みるみるうちにその顔が青ざめる。ヒスイにぎゅっと抱きついて、声を震わせてこぼした。


「なんか、ふつーじゃないの……こわいの」

「っ、ヒスイさんたちは下がって。狼たちにもそう伝えてください」

「……すまん、任せるぞ」


 ヒスイは少し躊躇ったのち、小さくうなずいた。

 自分も加勢したいのはやまやまだが、ノノを守ることを第一に考えてくれたらしい。

 彼女は低いうなり声を上げて何事かを狼たちと話し合う。狼たちはすこし逡巡したものの、最終的には大人しく引いてくれた。


「グルゥ……」

「大丈夫。あなたは仲間たちを見てあげてください」


 先ほどケガを治した一匹が、物言いたげに低く鳴く。

 それにシオンはまっすぐに告げた。狼はじっとシオンの目を見つめる。しばしのにらみ合いの末、彼もまたゆっくりと数歩だけ下がっていった。

 シオンはホッと胸をなで下ろし、背後のヒスイに声を掛ける。


「ありがとうございます、ヒスイさん。ここは俺がなんとかするので……リュートくんを探しに行ってください」

「いや……」

「……どうかしましたか?」


 ヒスイはじっと馬車を睨んだまま、動こうとはしなかった。

 ともあれ、男たちとシオンただひとりが対峙することとなる。

 研究者風の男が驚愕に目を開き、信じられないとばかりにこぼす。


「おまえ……人間のくせに俺たちの敵に回るのか?」

「あいにく、悪人の肩を持つ趣味はないんです」

「はっ……そんなことが言っていられるのも今のうちだぞ」


 男は嘲るような笑みを浮かべてみせた。

 そのまま懐に手を入れたものだからシオンは警戒したものの――彼が取り出したのは一見普通の紙だった。つらつらと文字が刻まれて、最後に格式ばったサインが刻まれている。


「俺の名はカルロ。ドン・コルーネの命を受けた幹部のひとりだ」

「……はい?」

「ふっ、恐ろしくて声も出ないか。それもそのはずだよな」


 シオンが目を瞬かせるのにもかまわずに、カルロと名乗った男は得意げに鼻を鳴らした。

 じろじろと不躾な眼差しでシオンのことを値踏みする。


「その風貌を見るに冒険者だろう? なら、俺たちコルーネ・ファミリーの名は嫌というほど聞いたことがあるはずだ」


 この谷からほど近い街――そこを牛耳るのが彼らコルーネ・ファミリーだという。

 ファミリーに刃向かって生き残った者はひとりもおらず、冒険者ギルドも彼らの息がかかっており、名のある冒険者も大勢抱え込んでいる。

 そしてカルロが言うには、その昔魔狼族の子供をさらったのがドン・コルーネそのひとらしい。大きな屋敷で飼っていたものの、最近弱り始めている。

 そのため、次の狼を狩りに来たのだという。


「こんな場所で会ったのも何かの縁だ、大人しく俺たちに協力するといい。コルーネの名にかけて、悪いようにはしないぞ」

「いや、悪いんですけど……」


 シオンは頬をかきつつ口を挟む。


「コルーネ・ファミリーでしたっけ……? まったく知らないんですけど」

「はあ!? 晩鐘知らずのコルーネだぞ!?」

「そんなこと言われても。こっちの地方は初めて来たんですよ」


 どよめくカルロやその他大勢だった。

 その口ぶりを見るに、どうやら相当このあたりで悪名を轟かせた者たちらしい。


(フレイさんも何も言っていなかったし……そのコルーネって人、よっぽど上手く立ち回ってるんだろうなあ)


 冒険者ギルドがそんな反社会勢力と関わっているとフレイが知ったら、確実に調査の手を伸ばしたことだろう。シオンにも忠告をしたはずだ。

 地方に蔓延る悪――その一端を掴んだのだ。

 シオンは軽くかぶりを振ってにっこりと笑う。


「でもまあ……何はともあれよかったです」

「なに……?」

「あなたたちを倒して、ついでにそのファミリーを潰せば……さらわれた子を取り戻せるってことですよね?」


 カルロ並びに男たちへ順々に剣を向け、ひとりひとりの顔を確認する。

 数は十三。ひとりたりとも逃さず、ここで捕らえるのが最善だろう。


「乗りかかった船です。全力で首を突っ込ませていただきますよ」

「舐めやがって……!」


 カルロが舌打ちする。

 その目に色濃い敵意が満ちて、怒号とともにそれが爆ぜた。


「ならば容赦はしない! 行け!」

「ガァ……ウアアアアア!」

「なっ!?」


 男の背後から爆音が轟いた。

 攻撃魔法を放ったわけではない。馬車の荷台部分からいくつもの影が飛び出してくる。

 影は檻を破った狼たちだった。先ほどまでうつろな目をして微動だにしなかったはずの彼らは、明確な殺意を宿してシオンに飛びかかってくる。

 しかし、その程度ならそこまで動揺しなかったことだろう。

 いくつも飛びかかってくる影の中に、見知ったものがあったのだ。


「リュートくん!?」

「ああああああっ!」


 それは紛れもなく、シオンたちが探していたリュート本人だった。

 他の狼たちと同様に煮えたぎるような気迫を放ち、その目は真っ赤に染まっている。あきらかに正気を失っていた。

 鋭く伸ばした爪を振るい、シオンはそれを剣の腹で受け止める。


「やはりそうか……匂いがしたゆえ、まさかとは思ったが」

「リュートくん! おにーちゃんのことが分からないの!?」


 ヒスイが歯がみし、ノノが賢明に呼びかける。

 しかしリュートはぴくりとも反応しなかった。

 他の狼たちと同様に、脇目も振らずにシオンに飛びかかる。

 狼やリュートに襲われて、シオンは防戦一方だ。事情が事情だし反撃するわけにはいかなかった。衣服は瞬く間にボロボロになっていく。

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