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火急の知らせ

 シオンは脇目もふらずに走り出す。木々の合間を縫うようにして森を駆け抜ければ、あっという間にその場所へと辿り着いた。


「みんな! 大丈夫!?」

「あっ、おにーちゃん……!」


 飛び出してきたシオンを見て、ノノが驚愕の声を上げた。

 ノノは怯える子供たちを庇うようにして、両手を広げて立っている。

 勇ましい姿ではあるものの、目の端には大粒の涙がにじんでいた。それもそのはず。彼女の前に立ちはだかるのは、巨大な獣だったのだ。


「グルルルル……」


 それは二匹の狼だった。針のように鋭い体毛はくすんだ灰色で、体高はなんとシオンの上背をしのぐほど。脚は丸太のように太い。

 二匹は低い唸り声を上げながら、子供たちを睨め付けていた。

 しかしシオンが現れたことで注意が逸れた。

 体ごとこちらを向く二匹を前に、シオンは迷うことなく剣の柄へと手をかける。


「動かないで! 俺がこいつらを――」


 倒す、と宣言すると同時に剣を抜き、二匹を一刀両断に切り捨てる。

 しかし脳裏に描いたそのシミュレーションはひとつの要因で破棄せざるを得なくなる。


「おにーちゃんダメ!」

「っ!?」


 突然、ノノが叫んだのだ。

 それがあまりにも悲痛な声だったものだから、シオンは鞘から小指の先ほど刃をのぞかせたところで抜剣を止める。

 しかし狼たちは完全にシオンへ狙いを定めてしまった。殺気が膨れ上がり、飛びかからんと後脚に力を込めたとき――北の方角から吹いた風が、獣の遠鳴きを運んできた。


「ガウ……!」


 狼たちの耳がぴくりと揺れる。

 彼らは一瞬だけ目配せしあい、一目散に声の聞こえた方角へと疾っていった。

 あっという間の出来事だ。あとにはシオンと子供たちだけが残される。


(今のがひょっとして、このあたりをうろついていた獣なのか……? あんな大きいのは初めて見るな)


 多少大きな狼なら、谷に着いたときに何度も見かけていた。ひょっとすると、これまでシオンが出会っていたのは子供たちで、今のは大人なのかもしれない。

 ごくりと喉を鳴らし、ハッとして子供たちのそばへと駆け寄る。


「みんな大丈夫!? 怪我はない!?」

「う、うん。みんな無事なの」


 ノノが小刻みに震えながらも答えてくれた。

 それで他の子供たちも安堵したのか、ぐすぐすと声を震わせながらも口々に状況を伝える。


「みんなでシオンを待ってたら、急に魔狼族が出てきたんだ……!」

「魔法で追い払おうとしたけど、全然効かなくて……もうダメだって思ったときにシオンが来てくれたんだよ」

「来てくれてありがとう、シオン……!」

「そっか。何事もなくてよかったよ」


 泣きじゃくる子供たちを抱きしめて、シオンはほっと胸を撫で下ろす。

 しばらくすると子供たちも落ち着いて、みな口々にノノのことを褒め称えた。


「でもすごかったわね、ノノちゃん。みんな震えるだけだったのに、あいつらに立ち向かって」

「魔法も使えないのに無茶しやがって……ノノもありがとな」

「いつもバカにしてごめんな」

「う、ううん。どういたしましてなの」


 ノノは顔を赤くしてうつむく。

 そんな彼女に、シオンは先程のことを尋ねてみるのだ。


「そういえばノノちゃん。さっき『ダメ』って言ってたけど……どうして俺のことを止めたんだい?」

「えっと……よく分かんないけど……」


 ノノは視線をさまよわせ、しばし悩む。

 どうやら直感的な行動だったらしく、自分でも理解できていないらしい。やがてノノは自信がなさそうにぼそぼそと言う。


「あの狼さんたち……何だか助けてほしいみたいだったの」

「困っていた……?」


 シオンは首を捻るしかない。

 てっきり竜人族に迷い出てきただけなのかと思っていた。もしくはシンプルな侵略行為。しかしそれなら、『困っていた』というノノの言葉はそぐわなくなる。


(いや、考えるのは後だ。今はこの子達を連れてここを離れた方がいいな)


 気配は感じられないが、あの狼たちがまた戻ってこないとも限らない。まずは里に戻り、クロガネへ報告すべきだろう。


「ともかく一度、みんな俺と一緒に里に戻って……あれ?」


 そこでシオンはふと違和感に気付く。

 ノノを含めた子供たちの顔をじっくりと見比べて、足りないその名を口にした。


「リュートくんは? 今日は一緒じゃないのかな」

「ああ、リュートなら…………ああっ!?」


 子供のひとりが言葉の途中で息を呑み、大きな声を上げた。それをきっかけにして他の子供たちも真っ青な顔を見合わせる。明らかに只事ではない。

 シオンは声を抑え、彼らに尋ねる。


「リュートくんがどうかしたの?」

「あいつ……リュートのやつ、魔狼族の森へ行ったんだ……」

「なっ!?」


 先に声を上げた子が、蒼白な顔で言う。

 シオンは雷に撃たれたような衝撃を受けたが、それを堪えて質問を続ける。


「ど、どうしてそんな場所へ……」

「あいつ、シオンに負け通しだっただろ。だからすっかりヤケになっちゃっててさ」


 そこで彼は狼の去った北の方角を見やり、ため息をこぼす。


「今日はひとりで魔狼族を倒して、自分の実力を示してみせるって言ってさ」

「も、もちろんみんなで止めたんだよ。でも、リュートくんってば聞く耳持たなくてひとりで行っちゃって……」

「だからみんなでシオンを待ってたんだよ! そこに魔狼族が来たんだ!」

「……事情は分かった」


 シオンはゆっくりとうなずく。

 そういうことなら、一刻の猶予もない。


「俺がリュートくんを連れ戻す。みんなは里に戻って、大人にこのことを伝えてほしい」

「う、うん。気を付けてね。シオン」


 子供たちはシオンを見つめ、こくこくと首肯する。

 彼らの眼差しには信頼の光が宿っていた。それに応えねばと強く思った。そこで、子供らの中から手が上がる。


「おにいちゃん! ノノも行く!」

「ノノちゃん……?」

「魔狼族の森は霧が濃くて、知らないひとはよく迷うの。だからノノがいっしょに行って、おにーちゃんを案内するの!」


 ノノはぐっと拳を握り、意気込みを語った。

 それにシオンはかぶりを振る。


「その申し出はありがたいけど……危険かもしれないよ?」

「分かってるの。でも、いつもおかーさんが言ってるの。『みんなを守るのが族長の仕事だ』って」


 シオンから目をそらすことなく、ノノは懸命に言葉を紡ぐ。


「ノノはおかーさんの子だから。リュートくんを助けたいの!」

「……分かった。そのかわり、絶対俺から離れないこと。いいね?」

「うん!」


 力強くうなずいたノノのことを背負い、シオンは子供たちへ告げた。


「それじゃ行ってくる! みんなも気を付けてね!」

「うん! シオン、ノノ! リュートのこと頼んだよ!」


 彼らの声援を受け、シオンはまっすぐ北を目指して駆けた。ノノを背負っているのでスピードはセーブしていたが、それでもギリギリの全速力を出した。

続きはまた明日更新します。今月いっぱいくらいは毎日更新予定!

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