子供たちとの交流
一方そのころ、竜人族の子供たちは悠々と空を飛んでいた。
物珍しそうに近寄ってくる鳥をからかって遊びつつ、ふとした拍子にひとりの子供がリュートに話しかける。
「ねえ、リュート。ノノちゃんを仲間はずれにして、ほんとによかったの?」
「また大人たちに叱られちゃうわよ」
「いいんだよ、あいつ族長様の子だからって生意気だし」
リュートはふんっと鼻を鳴らす。
大きく翼をはためかせたため強風が巻き起こり、鳥たちが慌てて逃げていった。
「うちの姉ちゃんも『ノノ様ノノ様』って、あいつのことばっかりだ! ちょっとは痛い目見るべきなんだよ!」
「たしかにパパもママも、ノノちゃんのことは大切にしなさいっていっつも言ってるよ」
「『里の宝』とかなんとかねえ……族長様の子だけど、ちょっと大袈裟よねえ」
子供たちは空のひとところに留まって、おしゃべりに集中する。
だから、不意に話しかけられるまでその接近に気付かなかった。
「何の話? 俺たちも混ぜてよ」
「はあ? だからノノが……っ!?」
リュートがハッとして空を仰ぐ。
他の子供たちも一拍遅れて彼に倣い、全員その場で目を丸くした。
「ノノ!? それに、さっきの人間!?」
「やあ、さっきぶりだね」
リュートの真上に浮かびながら、シオンは軽く手を振ってみせた。
抱っこしたノノがキラキラと目を輝かせる。
「すごい! もうみんなに追いついちゃったの!」
「あはは、ぶっつけ本番だったけど何とかなるもんだね」
シオンとノノの周りを取り囲むのは魔力を帯びた風である。
最初はバランスを取るのに苦労したが、コツを掴むのはあっという間だった。それで空を飛んで彼らに追いついたのだ。
(師匠、攻撃魔法しか教えてくれなかったもんなあ……こういう小技も自分で会得していかないと。空を飛べるとやっぱり便利だし)
そんな当たり前のことに気付き、シオンはちょっとした決意を固めていた。
ノノも眼下に広がる景色を見渡してきゃっきゃとはしゃぐ。
ほのぼのするふたりとは対照的に、リュートは目をつり上げて人差し指を向けた。
「汚いぞノノ! 人間なんかの手を借りるなんて!」
「うーん、本当にそうかな?」
「何!?」
声を張り上げるリュートに、シオンは肩をすくめてみせる。
「俺はノノちゃんのお母さんに仕える身なんだ。つまり、娘のノノちゃんを手助けしても何にも問題はないと思うけど」
「で、でも、そんなの卑怯で――」
「そもそも君はこう言ったよね。『俺たちに追いつけ』って」
ぴんっと人差し指を立てて、シオンはにっこりと笑う。
追いつけたらノノを仲間に入れる。彼が言ったのはそれだけだ。
「俺がかわりに飛んじゃダメなんて、一言も言われていないけど?」
「くっ……!」
リュートは歯をかみしめてシオンを睨む。
どうやら、何も反論が浮かばないらしい。
(大人げないかもしれないけど……ま、いじめっ子にはいい薬だよな)
とはいえ報復はここまでだ。後は仲直りを促そうとするのだが――。
「だったら……追いつけるもんなら追いついてみろよ!」
「へえ?」
リュートは身を翻し、力いっぱい翼を羽ばたかせた。
暴風が巻き起こってノノや他の子供たちが悲鳴を上げる。その一瞬でリュートの背中は豆粒ほどの大きさとなり、そのままぐんぐんと遠ざかっていく。
空を駆けるその姿はまるで弾丸だ。
だが――シオンにしてみれば、欠伸が出るような速度でしかなかった。
身に纏う風に、ほんの少しだけ魔力を足す。たったそれだけで爆発的な推進力が生まれた。
風が空を叩く破裂音が森中を揺るがして、あっという間にシオンはリュートを追い抜いた。
「遅いよ」
「うわわっ!」
すれ違いざまに爆風を叩き付けられて、リュートは空中でバランスを崩してしまう。
ふらふらと飛ぶリュートを見て、ノノはさらに声を弾ませた。
「すごいの! リュートくん、みんなの中で一番とぶのが上手なのに! あっさり勝っちゃったの!」
他の子供たちも最初はぽかんとしていたものの、すぐに目を輝かせる。
「すっげー! なんだよ、今の風!」
「あんな動き、里の大人でもできないんじゃない?」
「ねえねえ、人間! あたしもノノちゃんみたいに抱っこして飛んでほしいわ!」
「いいよ、ただし順番ね」
「はーい!」
子供たちは元気に挙手してみせる。
和気藹々とした雰囲気が満ちるものの――。
「認められるか!」
大きな怒声がそれを切り裂いた。
もちろんリュートだ。目をギラつかせてシオンを睨め付けて、びしっと地上を示す。
「下に降りろ、人間! そこでもう一度勝負だ!」
「うん、いいよ。みんなで仲良く遊ぼうか」
「遊びじゃねえんだよ! これは男と男の勝負だ!」
空中で地団駄を踏むという器用な真似をしてから、リュートは一足先に眼下に広がる平野へ降りていった。
そこからシオンとリュートによる熾烈な対決が繰り広げられた。
「どうだ! 俺の作ったゴーレムは! 自分より高いそこの木だって、一発でへし折れるんだぞ!」
「なるほど、自然物に仮初の魂を宿す魔法か……おもしろいね! こんな感じかな?」
「すごーい! おにいちゃんのゴーレム、お山くらい大きいの!」
魔法勝負で巨大ゴーレムを作って遊んだり。
「俺たちドラゴンは、空だけじゃなく陸でも最強なんだ! 俺の足について来られ……っ!?」
「みんなを抱えてもぶっちぎりなんて……ほんとに人間?」
「やるじゃない! 将来はあたしのお婿さんにしてあげてもいいわよ!」
みんなで駆けっこをしたり。
「わあっ! この木の実、おいしいけどめったに見つからないやつだよ!」
「本当にもらってもいいの?」
「もちろん。一緒に遊んでくれたしね」
「ふふふ。ノノちゃんのママってば、こんなすごい人間を従えちゃったのね。さすがは族長様だわ!」
「うん! おかーさんもおにーちゃんもすごいの!」
「ぐうううっ……!」
ダリオに果物探しを言い付けられてたことを思い出し、子供達にお裾分けしたり。
シオンは子供たちとたっぷりと遊んだ。いつの間にやらノノは皆の輪に入って笑えるようになっていて、ほっと胸を撫で下ろすことができた。
日が暮れてから子供たちとともに里へと戻り、別れる際にリュートはへこたれることなくシオンに宣戦布告をしてみせた。
「人間! 明日もあそこに来いよ! 明日こそ俺の強さを叩き込んでやるからな!」
「いいけど、ノノちゃんも一緒でいい?」
「ぐっ……好きにしろ!」
「また明日ねー、ノノちゃんにシオン!」
「ま、また明日なの!」
こうして、最後はノノも笑顔で彼らに手を振った。
これにて前半終了です。後編はまた来月か再来月にでも更新予定。
その間、書籍一巻や、その他さめの著作もよろしくお願いします。




