子供のけんか
「そういえば、クロガネさんが言ってたな……竜人族の領土はここ最近侵略されているって」
昔ほどの影響力はない、とも彼女は言っていた。
先日、シオンが謀反一派を返り討ちにしたとはいっても、まだまだこのあたりは予断を許さない状況なのだろう。
「……それならますますちゃんと確認しておかなきゃな」
シオンは立ち上がり、声の方向を目指す。
五感にかけているリミッターを外せば、もっと離れた位置からでも声の判別はつくのだろうが、森の中は小動物や虫が大量にいる。声だけを仔細に聞き取れる自信はなかった。
(まだまだ訓練が必要だなあ……)
そんなことを考えて歩くうちに、木々が途切れて視界が拓ける。
そこには一面の原っぱが広がっていた。中央に向かうにつれて地面が隆起して、小高い丘を形成している。丘の上には大きな木が生えており、四方に力いっぱい枝を伸ばして日の光を存分に浴びていた。
そして、その木の周りには幾人もの子供たちがいた。
もちろん全員竜人族だ。彼らはひとりの女の子を睨みつけ、心ない言葉を浴びせていた。
「ふんだ! おまえみたいな落ちこぼれ、誰が仲間に入れてやるもんか!」
「早く帰れ! 俺たちと遊ぼうなんて千年早いんだよ!」
「そうよそうよ! ノノちゃんと遊んだってつまんないわ!」
「そんなあ……」
やり玉に挙げられて、女の子は涙目になってたじろぐしかない。
ひどく心の痛む光景だったし――それは、シオンの知る女の子だった。
「ノノちゃん……?」
「へっ……あ、おにーちゃん」
シオンに気付き、ノノが顔を上げてこちらを見る。
他の子供たちも突然現れた見知らぬ人物にざわつきはじめた。
「なんだ、あいつ……鱗も尻尾もないなんて変なやつだな」
「あっ、ボク知ってるよ! このまえ里に来た人間だ!」
「ひょっとして……あの、グルドを倒したっていう!?」
ざわめきは驚愕の熱を帯びて広がっていく。
しかし、それはすぐに静まった。
子供たちはじっとシオンのことを見つめてから、顔を見合わせてひそひそと話す。
「全然強そうに見えないな」
「ねえ、ぱっとしないわよね」
「うぐっ……子供は素直だな」
シオンはがっくり肩を落とすしかない。
とはいえ、怯えられるよりはずっとマシだろう。
そう割り切って、ノノの顔を拭いつつ彼らに話しかけてみる。
「きみたちも里の子かな。こんな遠くまで来て大丈夫なの? 大きな獣がうろついてるみたいだけど」
「へっ、魔狼族のことだろ。あいつらなんか怖くねーし」
子供たちのひとり――いかにもガキ大将といった活発な少年が鼻で笑う。
どうやら彼らのリーダー格らしい。まっすぐ北を指さして得意げに言う。
「あいつら、この先の森を抜けたところに住んでるんだ。こっちに来てもウロウロするだけですぐ帰って行くし、怖くもなんともないぜ」
「でも、他の魔物だって出るかもしれないじゃないか」
「それがどうした。俺たちは竜人族だぞ」
心配するシオンをよそに、少年はふんぞり返って言い放つ。
他の子供たちもそれに同調して口々にまくし立てた。
「そーだそーだ! リュートの言うとおりだ! まだ竜にはなれないけど……俺たちだって強いんだ!」
「しかも、あたしたちはもう魔法が使えるんだから! たとえば……えいっ!」
ひとりの女の子が指を振る。
すると宙空に、広場を覆うほどに巨大な水球が現れた。水は弾けて大量の雨粒となり、辺り一帯に降り注ぐ。全身で水滴を浴びて、大木が枝を揺らして歓喜した。
シオンはその技に素直な拍手を送る。
「おお、やっぱり竜はすごいなあ」
「ふふん、当然よ。人間なのに物わかりがいいのね」
女の子は得意げに鼻を鳴らしてみせた。
人間ならばあれだけの魔法を使うのに、相当な素質と修行が必要となる。
それを、こんなに幼い子供があっさりと使いこなしたのだ。やはり人間とは根本的に似て非なる存在なのだと実感する。
(そういやクロガネさん言ってたな……子供のうちから訓練するって。こんな大きな力を持つ以上、当然のことかもな)
納得しつつ、シオンは子供たちの顔を見比べる。
「そっかそっか。やっぱりみんな、子供とはいえ強くて誇り高い竜人族なんだね」
「そのとおりだ!」
「それじゃ……」
「へ?」
ノノを彼らの前へずいっと押し出す。
シオンは子供たちに有無を言わせぬ笑顔を向けた。
「そんな竜人族が、仲間はずれなんて卑怯な真似をするはずないよね?」
「おにーちゃん……」
「……ちっ」
リュートと呼ばれたガキ大将が渋い顔をして、他の子供たちも顔を気まずそうに黙り込んだ。
子供たちのことに口を出すなんて大人げない行為かもしれない。
だが、シオンは黙っていられなかった。
(俺も昔はこうやって虐められたもんなあ……)
世にも珍しい無神紋の無能。それでいて英雄になるという目標を掲げていたものだから、それはもうこっぴどくやられた。そんな苦い思い出が、見て見ぬ振りを許さなかったのだ。
そしてシオンの説得は効果てきめんだったらしい。
竜人族の気位の高さはこの数日でよく学んでいたので、突っぱねるはずがないと読んでいた。
しかし、リュートは不意にニヤリと笑う。
「いや、いいぜ。ノノを混ぜてやっても」
「そうか。分かってくれて――」
「ただし!」
リュートが吠えると同時、猛烈な突風が吹き付けた。
ノノを庇ってシオンは顔を伏せる。次に目を開けたとき、まず視界に飛び込んできたのは大きな影だった。空に浮かぶのはリュートならびに竜人族の子供たちだ。
彼らの背には、体に不釣り合いなほど大きな翼が生えていた。
「俺たちに追いつけたらの話だ!」
「あはは! 待ってるよー、ノノちゃん!」
「まあ無理だと思うけどね! ケガしないうちに帰りなさいよね!」
そんな揶揄するような台詞を投げかけて、子供たちははしゃぎながら空を駆け、あっという間に森の向こうへと消えていった。
その鮮やかな飛行ぶりにシオンは少しぽかんとしてしまう。
すぐにハッとしてノノを促すのだが――。
「ほら、ノノちゃん! 今すぐ、みんなを追いかけて――」
「……無理なの」
ノノは深くうつむいて、力なくかぶりを降るだけだった。
空を見上げるのが辛いとばかりに、地面にぽつぽつと言葉を落とす。
「ノノ、みんなみたいにお空を飛べないの……魔法も、全然使えないし」
「えっ……そう、なんだ」
「うん。たくさん練習しても、全然ダメダメなの」
ノノはぽつぽつと言葉を重ねた。
それは風の音にかき消されそうなほどにか細いもので、彼女の心の痛みが推し量られた。
シオンはしゃがみこみ、彼女に頭を下げる。
「ごめんね、ノノちゃん。辛いこと言わせちゃって」
「ううん、ありがとなの。またおにーちゃんに、助けてもらったの」
ノノは少しだけ顔を上げてかすかに笑う。
その折れてしまいそうな笑顔に、シオンは胸が張り裂けそうだった。
(この子は……とことん昔の俺と同じなんだな)
才能がないなりに、シオンはずっと走り続けてきた。だが、思い悩んだことは一度や二度ではない。師と出会えていなかったら、そのうち折れてしまっていたかもしれない。
今のノノは昔の自分だ。
だからどうにかして、彼女に本当の笑顔を取り戻してあげたかった。
シオンはしばし悩み――ぽんっと手を叩く。
「そうだ! いいこと思いついた!」
「いいこと?」
首をかしげるノノににっこり微笑んで、シオンはこそこそと耳打ちする。
続きは明日更新します。ひとまず明日で前半終了。後半はまた後日更新します。




