誰かの墓
「じゃ、邪竜って……」
「うん? 汝も知っているだろう、邪竜ヴァールブレイムだが?」
「その名前を出すのはやめっ――ぐうう!?」
クロガネが魔力で強化した拳を振るってダリオに襲いかかるものの、あっさり手の甲で流されて関節を極められる。
世界の半分を手に入れようとした、伝説の邪竜。
一騎打ちの末に封印したはずの超存在の名を、ダリオは世間話の延長のようにして口にした。しかもそれがクロガネを示すものだから、シオンは大いにうろたえてしまう。
「そんなまさか! クロガネさんみたいないい人が邪竜だなんて……信じられません!」
「そうは言っても事実だぞ」
ダリオは抑え込んだクロガネへと横柄に言ってのける。
「あの当時、こいつは相当なヤンチャ者でな。領土は荒らすし、宝は奪う。それで我に討伐依頼が舞い込んだのだ」
「じゃあ、ヴァールブレイムってのがクロガネさんの本名なんです……?」
「いんや。竜人族に古くから伝わる言葉で、たしか『黒天に座す王者』みたいな意味だったか? なあ、クロガネよ」
「やめろぉ……マジでやめろ……んなもん真顔で解説すんじゃねえやボケぇ……」
「何を言う。あの当時、自信満々に名乗っていたのは貴様だろう」
「若気の至り的なあれなんだ……」
邪竜の話を振る度に、彼女が顔をしかめていた理由が判明した。
思っていたのと大幅に違う。
情報量の多さに遠い目をするシオンをよそに、ダリオはクロガネを解放してぼやく。
「伝承というのは尾鰭が付き物だからな。そもそも我はこいつを封印なぞしておらぬ。我と戦ってからぱたっと悪事を働かなくなったゆえ、そういう話が流れたのだろうな」
「それじゃ逆に、近ごろ邪竜が復活したらしいって噂は……」
「この近辺がきな臭くなったから、憶測を呼んだんだろ」
「蓋を開けてみると、噂はしょせん噂ってことですね……」
シオンはがっくりと肩を落とす。
ここに来たのはレティシアの秘密を調べるためだが、封印された邪竜という存在にワクワクしていたのも本当のことだ。それなのに、明らかになった真実はひどく地味なものだった。
「まあ、邪竜なんて呼ばれていたのは千年も前の話だ」
クロガネも気まずそうに頭をかきつつぼやく。
「あれからあたしも色々あってね。あのころの力はもう出せないのさ」
「えっ……? そ、そうなんですか?」
「ああ、今じゃダリオどころかシオンにすら足下にも……って、おい、どうしたシオン」
「い、いえ、おかまいなく……」
シオンはがっくりと膝をついてうな垂れるしかない。
邪竜とのバトルという夢は露と消えた。
(戦ってみたかったなあ……全盛期の師匠とタメを張ったっていう伝説の邪竜……)
その背をダリオが芝居がかった調子でぽんぽんと叩く。
「哀れよなあ、シオン。邪竜と一戦交えるのが夢だったというに、当人がこの体たらくとは」
「あー……なるほど。そいつは悪いことしたねえ」
「いっ!? いえ! こちらこそ失礼な態度を取ってすみません!」
頬をかくクロガネに、シオンはばっと体を起こす。
そのままぺこぺこと頭を下げた。
自分がいかに勝手なことを言っているのか気付いたからだ。
「クロガネさんにも色々事情がおありでしょうし……本当にすみません」
「なに、そこは気にするんじゃないよ」
クロガネはからりと笑って言う。
「力は失ったが、あたしは後悔しちゃいないよ。守りたいものは守れたからね」
「……ひょっとして、それってノノちゃんのことですか?」
「さあな。そこは秘密ってことにさせておくれよ」
「くくく……汝に娘ができるとは。子を作ってもいいと思えるような雄に出会えたのだな」
「余計なお世話だっての」
茶々を入れるダリオを睨み付けてから、クロガネはちらりと小屋を見やる。
ため息まじりに絞り出したその声は、これまで以上に固いものだった。
「それよりダリオ。万神紋のお嬢ちゃん……ありゃ、おまえが見つけてきたのかい?」
「いいや。見つけたのはシオンだ。しかも、我と出会う前から懸想していてな」
「そりゃまた……因果なこともあるもんだねえ」
「うむ」
ふたりは目配せし合い、小さくうなずく。
その反応に、シオンは胸騒ぎを覚える。レティシアに関わることなら、ちゃんと知っておきたかった。
クロガネをまっすぐ見据えて頼み込む。
「改めて……聞かせてください、クロガネさん。万神紋とは一体何なんですか」
「まあ、こうなったら喋ってやってもいいけどね。それならおまえの師匠に聞いた方が早いと思うよ」
「へ……? たしかに色々ご存知でしょうけど……あんまりまだ詳しく教えてもらっていないというか」
「ふうん。ま、そうそう話せる話じゃないよねえ。なんせ、ここにいた万神紋っつーのはよ……」
クロガネはまた小さな家へ、その片隅へと視線をやった。
そこはわずかに土が盛り上がり、小さな石碑のようなものが立っている。
誰かの墓だ。そしてそれもやはり、シオンには見覚えがあった。ダリオと出会ったあの空間にあったもの――それをそっくりそのまま小さくしたような形だったのだ。
墓に気付いたシオンに、クロガネはあっさりと言ってのけた。
「そいつの、ダリオの姉貴なんだからさ」
続きは明日更新します。書籍版もよろしくお願いします!




