一触即発?
バッと勢いよく飛びのいて、クロガネはシオンの背中を盾にして隠れてしまう。そのまま彼女はガタガタと震えて裏返った声で叫んでみせた。
「待て待て待て! なんであいつがここにいる!?」
「わはははは! これこれ! 我はこれを見たかったのだ! 顕現を先延ばしにして正解だったというものよ!」
「だ、大丈夫ですか、クロガネさん」
彼女を宥めるシオンをよそに、当のダリオは腹を抱えてひーひーと笑い転げるばかりだった。
(そういえば、出て行くタイミングを窺ってるとか言ってたなあ……)
つまり、これを狙っていたのだ。
性格が悪いなあ……としみじみしていると、ダリオはニヤニヤ笑ってシオンの隣に並ぶ。
肩を組んで頰をつんつんしながら、誇らしげに言うことには――。
「で、こいつは我の子孫などではない。我が唯一の弟子だ」
「弟子でーす……」
「なっ……あ!?」
シオンがおずおずと挙手すると、クロガネは雷に打たれたような衝撃を受けた。
完全に言葉を失ってしまって、しばらく凍り付いたのちにふっと軽く笑う。
「これは夢だな。悪い夢だ。間違いない。なあ、シオン。あたしの目が覚めるように、ちょっくらぶん殴っちゃくれないか」
「はい!? 無理ですよ! 女の人を殴るなんてできません!」
「いいんだよ竜人族は丈夫だから! 頼むから今すぐあたしをこの悪夢から救い出しておくれよぉ!?」
「ちょっ……落ち着いてくださいクロガネさん!?」
クロガネはわんわん泣いてシオンにすがりついてくる。
王者の風格はどこへやら、非力な女性のような怯えようだった。
そのギャップにドキドキしたし、何より物理的な接触がすごい。スタイル抜群なのは外見から明らかだったが、五感すべてで味わうそれは、とてつもない破壊力を秘めていた。肉感的な体はどこもかしこも柔らかく、異国情緒漂う香の匂いがくらくらする。
(いやいやいや落ち着け俺……! 俺にはレティシアがいるし……人妻にときめくのはマズいだろ! 師匠じゃあるまいし!)
そのダリオはといえば、わざとらしく目元をぬぐって泣き真似をする。
「千年ぶりの再会だというのに、つれなくされて我は悲しいなあ。幾度も寝所で情交を重ねた間柄だというに」
「っ……! あれはおまえが無理やり――」
「はあ? 毎度合意だっただろう。最初は嫌がりつつも、そのうち興が乗って『もっともっと』と可愛く泣きついてきたではないか」
「ぎゃああああっ! やめろ! マジでそれ以上言ったらぶっ殺すからなあ!?」
「俺、何も聞いてませんから……」
可能なら、今すぐすべてを忘れたかった。
しかしそんな魔法は知らないので、シオンは明後日の方向に顔を背けるしかない。
クロガネは頭を抱えてうずくまってしまう。
「ぐうう……この気配……夢じゃねえみたいだな……なんでこの悪魔がここにいるんだよ……」
「えっと、少し長くなりますが……俺が説明しますね」
シオンは彼女をなだめながら、ダリオとの出会いをかいつまんで説明した。
最初は動揺しっぱなしだったクロガネも、話を聞く内に落ち着いた……というより、事態を受け入れる覚悟を決めたらしい。渋面を浮かべながらもじっくりと聞いてくれた。
ただし、その眉間に寄った眉は、しばらく痕が残りそうなほど深い。
シオンが説明を終えると、彼女は肺の空気すべてを吐き出す勢いでため息をこぼし、ダリオを睨む。
「つまりおまえ……転生もせず魂のままで、ずっと千年も居座ってたっていうのかい」
「その通り。後継者がほしくてな」
「こっっわ!? その気長な計画、長命種の発想だからね!?」
そう叫んでから、クロガネはシオンの両肩をがしっと掴む。
「シオンもシオンだよ。こいつとそれなりの付き合いができたってことは、横暴さが嫌というほどに理解できただろ。今からでも遅くはねえ、弟子入りなんてやめときなよ」
「いやでも……師匠はたしかに性格に難がありますが、悪い人ではないですし」
「バカ野郎! だからって人生棒に振る理由にはならないだろ!」
「ずいぶんな言い草だな。久方ぶりの飼い主との再会、もう少し喜んでもいいのでは?」
「誰がペットだ! 誰が!」
力いっぱいに吐き捨てて、クロガネは軽く飛び退いて距離を稼ぐ。
そのまま重心を落として両手に魔力を集中させ、臨戦態勢を取った。
「千年前におまえから受けた恨み……今ここで晴らしてやってもいいんだぞ」
「ふん、おもしろい。貴様なんぞが我に勝てるわけないだろうが」
「ちょっ、ふたりとも落ち着いてください」
クロガネの挑発に、ダリオはニヤリと笑うだけだった。
言葉の通り、両者の力の差は明確だ。
だからシオンはふたりを落ち着かせようとするのだが――。
「千年前のことはそもそも汝が悪いのだろう。かつて世界を脅かした邪竜よ?」
「……うん?」
ダリオが肩をすくめて続けた言葉に、目を丸くすることとなる。
続きはまた明日更新します。書籍版もよろしくお願いします!




