一千年越しの再会
【……ふん】
当のダリオは面白くなさそうに鼻を鳴らす。それっきり黙り込んでしまったので、シオンは色々と聞きたいところをぐっと堪えた。この様子では何も答えてくれないだろう。
ひとまず無知なふりをしてあたりを見回す。
「ここは……いったいどこなんですか?」
「現実世界から切り離された亜空閑さ」
クロガネは肩をすくめてみせる。
「言ったろ、昔万神紋を持つやつがいたって。そいつがここで一時期暮らしていたんだよ」
「ひょっとして……クロガネさんがその方を匿ったとかですか?」
「いいや、あたしは主犯じゃないよ。ただ見張りを任されただけさ」
彼女は小さな家を睥睨し、ちっと忌々しげに舌打ちする。
「ちっと長い話になるが……大昔の知り合いにろくでもねえ奴がいてね」
「ろ、ろくでもない奴とは?」
「そりゃもう外道のクズさ。あたしはまあ、色々あって……そいつに目を付けられちまった」
彼女に言わせてみれば、それが運の尽きだったという。
その『外道』はクロガネを散々叩きのめしたあと、彼女の持っていた宝をすべてぶん奪って、何かというと呼び付けてはパシリ扱いしたという。
やれ幻の酒を探せと言われ、不眠不休で三日ほどあてもなく飛び回ったり。
やれ大喧嘩を繰り広げるから加勢しろと言われ、何万という魔物の軍勢を相手取ったり。
やれ暇だ手合わせしろと言われ、半生半死のボコボコにされたり。
例として挙げる出来事は、どれも相当な狼藉だった。
「そ……それは災難でしたね」
「だろ? 何様だって文句を言ったら半殺しだ。おまけにそれだけじゃ飽き足らず……」
クロガネはさらに恨み言をこぼそうとする。
しかしそこではたと口をつぐんだ。彼女は頬をかすかに赤らめて、ぷいっとそっぽを向いてしまう。
「いや、なんでもない。とにかくクソな野郎だったのさ」
「あはは……そ、そうですか」
シオンは目を逸らしつつ相づちを打つしかなかった。
野郎などとは言っているが、心当たりはひとりしかない。
(師匠だ……間違いなく師匠の話だ、これ……)
シリアスめいた話の連続で忘れかけていたが、彼女とダリオの関係は先ほど聞かされたばかりだ。ツッコミを入れたかったが、重要なのはそこではない。
「その人が万神紋の方をここへ連れてきたんですね……? ほかの竜人族の皆さんは反対したりしなかったんですか」
「当時、ここはまだ誰の物でもない荒れ地だったんだよ。その件がきっかけで、あたしがここに住み着いて、はぐれの竜人族が集まって里ができたのさ」
「なるほど……だから無神紋についてはクロガネさんしかご存じない、と」
「そういうことだね。こんなつまんない話、酒席の肴にもなりゃしないし……誰にも話したことはないよ」
クロガネは自嘲気味に口角をつり上げてから、すっと笑みを取り払う。
じっとシオンを見据える瞳には強い光が宿った。
「で、ここをきちんと見せる前に……おまえに聞かなきゃならないことがある」
「……なんでしょうか」
「分かってるはずだろ。もちろんその魔剣のことさ」
彼女は目をすがめつつシオンの剣を指し示す。
そうして発するのは昨日とまったく同じ質問だった。
「おまえ、それをどこで手に入れたんだい。拾ったなんてナンセンスな答えはナシだよ?」
「これ、は……」
どんな誤魔化しも効かないと直感する。
ゆえにシオンは口ごもりつつも、ダリオへ問いかけてみるのだが――。
(師匠、どうします。ほんとに言っても……師匠?)
ダリオからの返事はなかった。魔剣はうんともすんとも言わない。
それにシオンは首をひねる。
単に反応がなかったからではなく、気配が感じられなかったからだ。
「言いにくいのなら当ててあげようか」
黙り込んだシオンに何を思ったのだろう。
クロガネは小さく鼻を鳴らしてから、シオンにまっすぐ人差し指を向けた。
「おまえは……あのクソ野郎の、ダリオの子孫なんだろ!」
「……はい?」
シオンは目を瞬かせるしかない。
だが、クロガネは意にも介さずシオンの肩をばしばしと叩く。
「おいおい、今更しらばっくれてもムダだよ。まあもっとも、あたしがもしおまえの立場でも、そんな不名誉なことは隠し通そうとするだろうがね」
魔剣とシオンに目を向けて、彼女はニヤニヤと笑う。
「その魔剣はダリオが使ってた代物だ。それにその強さ……あいつの血筋だって言われれば納得する。なあ、いい加減素直に吐いたらどうだい?」
「いやあの、クロガネさん。そうではなくて、俺は……」
弟子なんですと白状しようとした、そのときだ。
ふたりの背後で、突如として気配が生まれた。軽く草を踏む音がする。
「よう」
「は……?」
クロガネが振り返ったそこには、満面の笑みのダリオが立っていた。
「久方ぶりだな、クロガネ」
「…………っっっ!?」
気楽な笑みが一瞬で凍りついた。
あっという間に顔から血の気が失せて、脂汗が滴り落ちる。
ひゅっと小さく喉を鳴らした、刹那――。
「ぎゃああああああああああああ!?」
「うわっ」
耳をつんざくような悲鳴を轟かせた。
続きは明日更新します。書籍版もよろしく!




