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竜の秘所

 彼女の背中を見送ってクロガネはからからと笑う。


「あいつは昔からバカが付くほど真面目でねえ。おかげでからかい甲斐がある」

「はあ……それにしたって、やっぱり酷いじゃないですか。あれじゃあ、みなさんからの印象がますます悪化しますよ」

「何言ってんのさ、元はといえばおまえが里をウロチョロするから目を付けられたんだろ?」

「うっ……」


 それについては返す言葉もない。

 シオンが黙り込んだのを見て、クロガネは芝居がかった調子で肩をすくめる。


「まったく、おまえもお嬢ちゃんも……ここで歓迎されてねえことくらい分かるだろ。大人しくしてりゃいいものを」

「そういうわけには……って、レティシアもそうなんですか?」

「ああ。あっちこっち回って、怪我人を看てくれているよ」


 ニヤリと笑うクロガネだった。

 回復魔法が得意なレティシアなら、たしかにこんなとき大いに人々の役に立つだろう。

 しかしシオンは胸騒ぎを覚えるのだ。


「大丈夫でしょうか? 俺も治療所を手伝おうとしたんですが、門前払いでしたよ」


 この里でのよそ者への当たりが強いのは嫌というほどに理解できた。

 怪我人の治療など任せてくれるはずもない。

 だが、クロガネはあっけらかんと言ってのける。


「たしかに最初は追い返されたようだが、さっき見たら引っ張りだこになってたよ」

「へ? そうなんですか?」

「うちでも回復魔法を使えるやつは限られるからねえ。お嬢ちゃんの人柄もあってか、ガキどもにすっかり懐かれていたよ」

「そうですか……よかったあ」


 シオンはほっと胸を撫で下ろす。自分がどれだけ冷遇されようがどうでもいいが、レティシアが受け入れられているのが心の底から嬉しかった。

 クロガネは心底おかしそうに、肩を震わせてくつくつと笑う。


「つくづく物好きな連中だよ。まあでも……番は似るって言うものねえ。お似合いだよ、おまえたち」

「……はい?」


 ほっと和んでいたシオンだが、その台詞でぴたりと固まってしまう。

 番。あまりにストレートな単語で、思わず頬が緩みそうになる。

 しかし、ここはきちんと訂正しておくべきだろう。

 シオンはおずおずと手を挙げる。


「いえ、あの……クロガネさん。俺とレティシアはですね、けっしてそういう番なんて親密な関係ではなくてですね……」

「はあ? ああ、たしかあれだね。人間どもは番になるのに、ややこしい手順をいくつか踏むんだったか。交際だの婚姻だのと。竜人族はビビッときたら即番うからねえ」


 クロガネはどこかズレた納得をして、今度はまっすぐ問いかけてくる。


「で、おまえらはどの段階なんだい?」

「どこでもないですかね……」

「あ? なんだそりゃ、なぞなぞか?」


 真っ赤になって黙り込むシオンを前にして、クロガネは首をかしげるだけだ。

 ダリオはダリオで【だーっはっはっはっはっ! どの段階かときたか! まさか何一つとして進展しておらぬとは思いもせぬよなあ!】なんてヤジを飛ばしてくるし、頭を抱えるしかなかった。

 ドキドキする胸を押さえつつ、シオンはヤケクソ気味に叫ぶ。


「そ、そんなことよりクロガネさん! ノノちゃんは今日一緒じゃないんですか!?」

「ノノだって?」


 クロガネがきょとんと首をかしげる。

 おかげで話題は有耶無耶になったが、口にして改めてシオンの胸には不安が過ぎる。


「ノノちゃん、今朝から見てないですよね。昨日の今日ですし、探しに行った方がいいんじゃ……」

「なあに、問題はないよ。あいつなら今日は館でひとり修練だからね」

「修練ですか?」


 シオンはきょとんとしてしまうが、クロガネはあっけらかんとしたものだ。


「竜人族なら普通だよ。竜としての力を使うために必要なんだ。昨日勝手に出歩いた分、今日はしっかりやるんだとさ」

「へえ、ノノちゃんは偉いですね」

「ふふふ、もちろんだよ。なんたってあいつはあたしの娘だからね」


 クロガネはにっと笑ってシオンに背を向ける。

 指し示すのは竜人族の里――ではなく、湖畔に広がる森の向こうだ。


「それじゃ、そろそろ行こうか。ついて来な」

「行くって……どこへです?」

「おまえに見せたい場所があるんだよ。ゆっくり話もしたいしね」


 そう言って、クロガネは軽い足取りで森へと向けて歩き出した。

 シオンは慌てて後を追う。

 森は広大で鬱蒼とした緑が茂っており、目印らしきものは何もない。

 そんな中をクロガネはかすかな獣道を辿って進み続けた。


 やがて里が見えなくなるほど歩いたころ、目立たない場所にぽっかり開いた洞窟へと辿り着く。入り口は呪符まみれの縄が何重にも張り巡らされており、簡単な結界が施されていた。


 しかし、クロガネはその縄をひょいっと軽く越えて先を行く。

 シオンもそれにならいつつ、きょろきょろとあたりを見回す。

 ゴツゴツした岩壁には何も変わったところは見つからなかった。


「入っても大丈夫なんですか? この洞窟、あからさまに封印されてるんですけど」

「ここはあたし専用の瞑想場だ。他の奴らは立ち入り禁止にしてあるのさ」

「そんな大事な場所によそ者なんかが……って、うわっ!?」


 突然、視界に目がくらむほどの光が溢れた。

 シオンはおもわずまぶたを閉ざしてしまう。


 しかし、本当に驚いたのは目を開けた後だった。

 目の前に広がる光景は、薄暗い洞窟などではけっしてなかった。

 クロガネはいたずらが成功した子供のようにほくそ笑む。


「瞑想場っつーのは真っ赤な嘘。驚いたか?」

「ここ、は……」


 シオンは言葉を失うしかない。

 目の前には一面の草原がどこまでも続いていた。その只中には小さな家がぽつんと立っており、窓からうかがう限りではごくごく普通の民家に見える。


 まるで洞窟の中から一瞬で外にワープしたような現象だ。

 だがしかし、シオンはこれとよく似た場所を知っていた。


(同じだ……! 師匠と出会った、あの空間と同じ仕組みだ!)


 世界から隔離された異空間。ダリオが後継者を取るために待ち続けていたあの場所と、まったく同じ空気を肌で感じていた。

さめが体調不良だったため数日お休みしておりました。本日から再開いたします。

書籍版もよろしくお願いいたします。

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