仲裁
クロガネは一同をじろりと睨め付けてから、シオンに仕掛けた者をその鋭い目でまっすぐ射貫く。
「あたしの客人にずいぶんなご挨拶じゃないか。手出しするなと言ったはずだけど?」
「ぐうっ……し、しかし族長様! こいつは人間です!」
大きく息をのんでから、男はシオンを指さした。
「里の一大事という時期に他種族……しかも人間を招き入れるなど、いったい何を考えておられるのですか! 掟に反する行為です!」
他の者たちも、彼と同じ主張を瞳で物語っていた。
クロガネはやれやれと肩をすくめてみせる。
「……まあね、そいつは否定しないよ。だが、おまえらだって本当は分かってるんだろ。昨日の窮地をくぐり抜けることができたのは、紛れもなくこいつのおかげだ」
「それは結果論に過ぎません! 里の総力を挙げれば、やつらなど――」
「ああ、そうだろうね。おまえたちはうちの主戦力だ。生半可な力は有しちゃいない。全員でかかれば十分に勝てただろう」
その場の顔ぶれを見回して、クロガネは鷹揚に首肯する。
シオンも彼女と同意見だ。
この場に居並ぶ戦士たちは決して弱くはない。昨日のドラゴンたちを相手取ったとしても、惨敗を喫することはなかっただろう。
クロガネはニヤニヤと笑っていたが――そこでふと、その笑みを取り払う。
冷え切った目でもってして、彼女は声を荒げた戦士に問うた。
「だが、その後は?」
「その後……ですか」
「たしかにあの勝負には勝てただろうさ。だが、決して無傷では済まなかったはずだ。そこを他の勢力に突かれてみなよ。最悪、一気にここは崩されていた」
戦士は言葉を失ってしまう。残りの者たちもそうだった。
誰ひとりとして反発の声を上げなかったのは、指摘されるよりも前から、全員うっすらと分かっていたことなのだろう。
「今がまだ小競り合いで済んでいるのは、向こうの連中がうちの戦力を測り切れていないからだ。隙を見せれば一気にかかってくるよ」
そう言って、クロガネはシオンの肩にぽんっと手を置く。
「今回は結果的に、シオンっつー不確定要素が盤面を引っかき回してくれたおかげで助かった。ひとりでドラゴンの集団を追い返す人間だよ? よほど血に飢えた戦闘狂でも、当分様子見しようってなるさ。つまり、当分うちは平和ってことだ」
「し、しかし人間などの手を借りるなど、竜人族としての矜持が……」
「くっくっく、粘るねえ。だが、こいつは本当にただの人間かね?」
「えっ?」
「は、はい?」
クロガネの台詞に、戦士どころかシオンまでもが目を丸くしてしまう。
戸惑う場の面々をよそに、彼女は戦士に顔を近付けて声をひそめて言うことには――。
「世の中には、喰らった相手の毒を蓄える変わった生物がいるらしい。シオンもあれほどの強さだよ? ひょっとしたら……あたしらのようなドラゴンを食って、力を付けたバケモンなのかもしれねえぞ」
「ひっ……!」
「してませんよ、そんなこと!」
慌ててシオンは否定するが、突っかかってきた戦士どころかヒスイを含むその場の全員が数歩引いて距離を取った。彼らの顔には『マジでやってそうだ……』という色濃い納得が読み取れる。
「つーわけで、こんな危険物にはお触り厳禁。分かったね? 分かったら任務に戻りな」
「はっ、はい! 失礼いたします!」
しっしとクロガネが手を振ると、彼らは素早く敬礼を取って散っていった。
こうして無事に揉め事は去った。
しかしシオンは眉を寄せるしかない。
「ちょっとクロガネさん、助け船を出していただいたのは感謝しますけど……今のはいったい何なんですか」
「ふふ、どうせ何言ったって納得しないんだ。だったら脅した方が早いだろ」
「そんな乱暴な……」
おもわず真顔になってしまうシオンをよそに、ヒスイがきびきびとした足取りで近付いてくる。何かと思えば、彼女は規律正しく主に頭を下げてみせた。
「申し訳ございません、御屋形様。私の監督不行き届きでした」
「いいってことさ。不満が出るのは分かってたことだ」
それをクロガネは軽く流す。
シオンのことをちらりと見やり、高々とそびえる里へと目を向ける。
「おまえも色々と思うところはあるだろうが……あいつらのフォローと、里の警固は任せたよ。何しろうちに反感を覚える数ある勢力の内の、たったひとつが潰れたに過ぎないんだからね」
「承知しております。では、私も任務に戻りますが……人間よ」
「は、はい。なんで……!?」
呼びかけられてハッとするが、すぐにシオンは目を丸くしてしまう。
ヒスイがあろうことか、自分に向かって頭を下げたからだ。
きちんと揃えられた手足からは、ただひたすらに真摯な気持ちだけが伝わってくる。
「今のは先に手を出した我らに非がある。本当にすまなかった。やつらには後でキツく言い聞かせておく」
「そんな……! こちらこそお騒がせしてしまって申し訳ないです! 顔を上げてください!」
シオンはあたふたするしかない。
その言葉が功を奏したのか、すぐに彼女は頭を上げてくれるのだが――。
「そのかわりと言っては何だが……」
「はい?」
きゅっと眉を寄せ、困ったようにヒスイは続ける。
「あいつらを食べるのだけは、どうか勘弁してもらえないだろうか。血の気は多いが、私にとっては大事な部下たちなんだ」
「ヒスイさんまで!? だから食べませんって!」
いわれのない濡れ衣に、シオンは裏返った声で叫ぶしかない。
そんななか、ダリオは気楽な調子で相槌を打った。
【ちなみに、ドラゴン肉は高純度の魔力の塊だ。普通の人間なんぞが食えば、魔力中毒になって最悪死ぬ。だが、そこそこ生きたドラゴンは脂が乗って美味いんだなあ、これが。熟成したドラゴン肉を厚切りステーキにすると、香ばしい脂の匂いがもーたまらん】
(食べたら死ぬって言ってるのに、食べたことあるような感想ですね……)
【ドラゴンに並ぶ程度の魔力量があれば食っても死なんわ。汝もそれだけ力を付けたのだから、たぶん食えるぞ。今度狩りにでも出かけるか?】
(そこそこ魅力的な誘いなのが始末に悪いです)
師とドラゴン狩りとバーベキューなんて、楽しいに決まっていた。
しかしそれを実行してしまったが最後、竜人族からはこの先ずっとドン引きの眼差しを受けることになる。長居するつもりはないとはいえ気まずい話だ。
「ちょっとクロガネさん! いい加減に何とか言ってくれませんか!?」
「わはは、食わねえようにあたしが見張ってるさ。安心しな」
「そういうことじゃなくって、根本的な否定をですね……!?」
「はっ、よろしくお願い申し上げます」
それを聞いて安心したのか、ヒスイは真顔で去っていった。
続きは明日更新します。
後一週間くらいは毎日更新できそうです。書籍版一巻発売中!よろしくお願いします。




