ダリオとクロガネ
襲撃を受けた次の日、竜人族の里は後片付けなどに追われていた。
あのときクロガネが言ったように被害は最小限で済んだようだが、ゼロだったわけではない。
最初の先制攻撃はシオンらのいた謁見の間だけでなく、里のあちこちに被弾していた。
死者こそ出なかったようだが居住スペースが少し崩れて負傷者が大勢出た。
そして何より彼らの頭を悩ませたのは湖に浮かぶドラゴンの死骸だった。
初夏の日差しは容赦なくその腐敗を早め、異臭をあたりにばらまく。早く対処しなければ貴重な水源が汚染され、あたりの動植物に疫病をまき散らす恐れがあった。
しかし、竜人族は鼻がいいらしい。臭気に当てられて彼らは死骸に近付くことができず、湖のまわりに集まって途方に暮れていた。
よって、シオンが名乗りを上げたのだ。
「よいしょ、っと」
丁寧に下ろしたものの、死骸はずしんっと重い音を響かせた。
その音に驚いてか、背後の森から多くの鳥たちが飛び立っていく。
最初はどうやって運ぼうか迷ったが、結局一番簡単な手を選んだ。湖の一部を凍らせて、徒歩で岸まで運搬したのだ。ついでに亡骸も凍らせたので異臭も減った。
竜人族の手を借りるまでもなかったので、全部ひとりで終わらせた。
「あとはどうしたらいいですか? 竜人族の弔い方というのがあるのならお任せしますけど」
「えっ!? あ、ああ、そうだな……」
振り返って確認すると、竜人族のひとりがハッとして答える。
ほかにも十名ほどが集まっていたが、他の者たちは全員ぽかんとして死骸を見上げていた。
竜人族はしどろもどろになりながらも、ぽつぽつと言葉を紡ぐ。
「一度は袂を分かった者とはいえ、この者も一端の戦士であったゆえ……我らの流儀で天へと返そう」
「そうですか。それじゃ、後のことはお任せします。また何かお困りのことがあったら呼んでください」
「う、うむ。手を煩わせて悪かったな」
竜人族はしっかりとうなずいてくれたが、結局最後までシオンと目を合わせなかった。
彼らに別れを告げて、シオンは谷へと足を向ける。
その背中越しに、ひそひそと小さな声がいくつも聞こえた。
「族長様、どこであんなバケモノを拾ってきたんだ……?」
「さあ……」
「ほんとに人間なのか、あれ……」
どれもこれもドン引きといった声色だった。
シオンはこっそり首をひねる。
先日、ひょんなことから強くなったせいで元いた町でも似たような反応をされた。
だがしかし、あの町とここでは決定的な違いがある。
「俺くらいの強さのやつなんて、竜人族にとってはありふれた存在なんじゃないのかなあ……なんであんなに遠巻きなんだろ」
【なに、本気で分からんのか】
シオンの独り言に、ダリオは呆れたようにツッコミを入れる。
【たとえばの話。汝は一匹の蟻が屈強な戦士をボコっているのを見たらどう思う?】
「えっ、そうですね……うーん」
ちっぽけだと思っていたはずの存在が、もしも常識外れに強かったら――。
シオンはしばし考えてから、はきはきと答える。
「一回その蟻さんとお手合わせしたいな、ってワクワクします!」
【……汝のような馬鹿はそうでもな、普通は『近付かないでおこう』となるものなのだ】
ダリオはやや言葉に詰まってから、ため息まじりに諭してみせた。
ぶつぶつと【育て方を間違えたか……?】などとぼやいていたものの、気を取り直すようにして淡々と続ける。
【そもそも昨日汝がぶった斬ったドラゴン、あれは齢八百をゆうに超えていたと見える。竜種の中でも相当な実力者であっただろう。それを蟻にも等しい人間が一撃で屠ってみせたがゆえのドン引き。理解できたか?】
「まあ、一応は……でも、あのドラゴンあんまり強くなかったですよ」
【だから何度も言っているだろう、己を基準にするなと。汝はこの英雄ダリオが直々に鍛えた弟子なのだぞ。ここの者ども基準でも規格外に決まっておろうに】
首をかしげるシオンに、ダリオはふんっと鼻を鳴らす。
小馬鹿にするような物言いだが、台詞自体は得意げだ。
分かりやすいツンデレっぷりにシオンは苦笑を浮かべるものの、ふと眉を寄せてしまう。
「なるほど……でも、俺がちょっと戦っただけでこれなら師匠が実体化して出てきたら、今以上に驚かせちゃいますね。師匠、そのときはちゃんと大人しくしてくださいよ」
【くっくっく……それは保証出来んなあ。何しろ我、派手好きゆえ】
「分かってた返答だ……でも、本当にいつ出てくるんです? てっきり昨夜のうちに乱入するものかと思ったんですけど」
【うむ、あの宴席で出て行っても良かったのだがな】
昨夜はレティシアともども、クロガネの屋敷に泊めてもらった。
そこで贅を尽くした食事で歓迎されたのだが、食に目がないはずのダリオが一向に出てこなかったのだ。
ダリオはニタリと言う。
【お披露目なら、もっといい機会があるだろう。我はそれを待っているのだ】
「そんな勿体ぶらなくても……あっ」
そこでシオンはダリオの宿る魔剣をまじまじと見つめる。
昨日の襲撃でうやむやになったものの、クロガネはこの剣のことを知っていたようだった。
「ひょっとして……師匠ってクロガネさんとお知り合いなんですか?」
【なんだ、バレたか】
ダリオはあっさりと肯定してみせた。
師が生きていたのは千年もの大昔。だがしかし、竜人族などの長命種ならば生き残っていても不思議ではない。
【そうとも、あいつは我の知人だ。ずいぶんと様変わりしておるがな】
「へえ……クロガネさんってやっぱり長生きなんですねえ」
人間としての見た目は二十代くらいのため、なんだか不思議な気持ちだ。
とはいえそれを言い出すと、この魔剣に入った師はもっとでたらめな存在だし……そこでシオンはハッとする。
ダリオと、この地に住まう千年前の知人。
このふたつから連想されるものなんて、ひとつしか考えられなかった。シオンはおそるおそるその疑問を口にする。
「まさか師匠……クロガネさんと千年前に」
噂の邪竜を討ったのか、と聞こうとした。
しかしダリオはあっさりとこう答えたのだ。
【もちろん食ったが? 性的な意味で】
「っ~~、そういうことを聞きたかったんじゃありませんよ!?」
思わず大声で叫んでしまって、グルドの亡骸を運ぼうとしていた竜人族がぎょっとして振り返った。
続きは明日更新します。
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