襲撃
ずんぐりと太ったもの、大小様々な傷を持つもの、邪悪な覇気をまとったもの。
色も形も様々なドラゴンたち。その数およそ三十匹以上。それらが里の上空をぐるりと取り囲んでいた。
「グルドの軍勢か……!」
彼らに覆い尽くされた空を見上げて、ヒスイが忌々しげに舌打ちする。
あたり一帯は雨が降る直前のように薄暗くなり、眼下に続く里からはいくつものざわめきが聞こえてきた。
それらの声をかき消すようにして、空の一匹が哮り立つ。
『先ほどは世話になったな、族長どの』
獣の咆哮とともに、忌々しげな声が直接頭の中に流れ込んできた。
他のドラゴンたちも次々と吠え猛る。
『あれで勝ったなどと思わぬことだ! 今日こそ貴様の命運が尽きるとき!』
『人間などという下等生物と手を組むなど、竜の恥晒しめ!』
『オレ、オマエ、コロス!』
なおも吠え続ける彼らに、クロガネは「はっ」と小さく笑う。
「恥晒しねえ……グルドのやつ、あんなお粗末な計画であたしの首を取ろうとしといて、よくもまあ抜け抜けとほざけたもんだよ」
ひとり感心するクロガネをよそに、竜人族の兵士たちは顔を見合わせる。
「人間と手を組んだ……? やつらはいったい何を言っているんだ」
「かまうな! そんなことより、お屋形様とノノ様は奥へ! まずは私が出る!」
凜とした声で言い放つのはヒスイだった。
武具を放り出し、彼女は空を睨み挙げる。その目がトカゲのそれへと転じ、紫電が体を取り巻きはじめた。竜人族は人と竜、どちらの姿も自由に取ることが出来るのだ。
「待て、ヒスイ」
しかし、その変身をクロガネが静かな声で制して止めた。
空をざっと見回して、呆れたように肩をすくめる。
「あいつら……他の山から腕利きを引き抜いているらしいとは聞いちゃいたが、見る限りどいつもこいつも齢五百を超える古竜ばかりだ。いくらおまえたちでも荷が重いだろう。あたしも出るよ」
「っ、いけません! 今の御屋形様では……!」
「おいおい、あたしを舐めるなよ。これでも何百年と、おまえたちの頭を務めた女だぞ」
クロガネはせせら笑いながらそう言って、ノノを床に下ろそうとする。
そこにシオンが声を掛けた。
「あの、クロガネさん。ちょっといいですか」
「っ、口を挟むな人間風情が! これは我らの問題だ!」
「かまわないよ。どうしたんだい、シオン」
「これ……たぶん俺が首を突っ込んだせいだと思うんですよね」
ドラゴンと人間では、寿命も魔力量も桁違いだ。
そんな相手に撤退を演じたとあって、彼らは相当矜持を傷付けられたに違いない。
おまけにノノを人質に取るという作戦も失敗に終わった。その失敗が重なったせいで、敵陣突撃という強攻策を採ってしまったのだろう。
つまり、事態のきっかけを作ったのはシオンということになる。
「で、クロガネさんは里全体の士気を下げたくない。そういうことでいいんですよね?」
「は? まあそりゃ……まさか、おまえ」
「はい。そのまさかです」
何を言わんとしているのかクロガネは察したらしい。
シオンは彼女へ軽くうなずく。そこで、ひときわ強い風が巻き起こった。細かな破片が舞い上がり、空へと吸い込まれていく。
『覚悟しろ! 死に損ないめ!』
一匹のドラゴンが大きく口を開く。
その喉の奥で恒星のような小さく強い光が瞬いて、次第にその輝きを増していく。
尋常ならざる力が凝縮され、今にも放たれようとしているのが肌に伝わった。
(なんだかこの前の試験を思い出すけど……こっちの方がパワーは上だな)
先日、デトワール山の試験で戦った青いドラゴン。あのときの個体もなかなか歯ごたえのある敵だったが、こちらの方が格上だ。
それにシオンは――目を輝かせる。
(さすがは多くのドラゴンが暮らす黒刃の里……本場は違うな!)
そんなことを呑気に考えているうちに、相手のパワー充填は済んだらしい。
刹那、あれだけ荒れ狂っていたはずの風がぴたりと止まる。それが合図だった。
ドラゴンの体が大きく膨らんだように見えたかと思えば――喉の奥で光が十字に弾け、目のくらむような白光がまっすぐこちらへ打ち出された。
「御屋形様!」
「ひいっ……!」
ヒスイが叫び、ノノはクロガネへと抱きついた。
舞い上がった破片を灰も残さず灼き尽くす波動が、すぐ目の前まで迫り――。
「それじゃ、いきます」
シオンはあっさりと宣言して剣を抜いた。
そしてスキップを踏むように軽く跳躍。眼前に迫る灼熱の光線をまっすぐ見据えてただ一閃。
その斬撃は灼熱の光線を勢いよく押し返し、ドラゴンを斬り捨てた。
『グギァッッ!?』
魔剣の一撃を喰らったドラゴンは墜落し、湖へと落下。
崖の真上にまで届くほどの飛沫を上げた。
やがて湖面に浮き上がってきた巨体は、縦で真っ二つになっていた。青く澄んでいたはずの水にじわじわと赤が広がって、むせ返るような臭いが漂う。
空に震撼が走る。眼下の里も静まりかえった。
そんな中、シオンは跳んだときと同じくらいの軽さで床へと着地する。
崩れ落ちた縁のギリギリに立って、切先をゆっくりと空へと向けた。
そうして並み居るドラゴンたちへ告げるのは、己の名だ。
「俺の名前はシオン。わけあって一時的に、クロガネ様の傘下に入った者です」
そこで背後を振り返り、恭しくクロガネを示す。
当の族長本人ばかりかノノやレティシア、ヒスイたちまでもが全員言葉を失って固まっていたものの、シオンはかまうことなく胸に手を当てて続けた。
「あなた方ごとき、クロガネ様の手を煩わせるまでもありません。頭目のグルドさんはどこですか、この俺が直々に相手になりましょう」
しんと静まりかえった空に、その声はよく響いた。
ドラゴンたちは何の反応も示さない。突然出てきた闖入者に意表を突かれてしまったらしい。
そんななか、ダリオが不服そうな声を上げる。
【おいこら、シオン。汝は我が弟子であろう。忠誠を誓ってよいのは我だけだぞ】
(いいじゃないですか、師匠。これも方便ってやつですよ)
こうして上下をはっきり明示しておけば、シオンの手柄はそっくりそのままクロガネのものとなる。族長としての彼女の体面は、ある程度は保たれるはずだ。
(先制で相手の動揺を誘うのは成功したし……あとはクロガネさんとヒスイさんのサポートに回
ります。そのあと適当にやられたふりをして、ささっと退場しますよ。よそ者が悪目立ちするのはよくないですからね)
【ふん、こざかしい策を弄しおって。しかしどう説明されたところでやはり気に食わんぞ! 我の断りもなく、あやつの手下になるなどと!】
(だから、この場限りの方便で……うん?)
駄々をこねるダリオを宥めていて、シオンはふと気付く。
「……あ、あれ?」
空が、静かなままなのだ。
先制の挨拶は成功した。よって、次に彼らが取るのは怒り任せの突撃だと予想していた。
人間などという下等生物に、仲間のひとりがやられたのだ。ムキになってかかってくるのは目に見えていた。
それなのに、いつまで経っても空中のドラゴンたちは動こうとはしなかった。
爬虫類じみた顔立ちはのっぺりしていて、普通なら何を考えているのだか分からないはずだろう。それなのに彼らの顔から血の気が引いていくのが、シオンの目にも明らかだった。
やがて、その中の一匹がゆっくりと口を開く。
『お……』
「お?」
しかし、その口は雄叫びを放つでも、ブレスを打ち出すでもなかった。
引き絞ったようにこぼれるのは――悲鳴じみた鳴き声だ。
『お、お頭がやられたぁ!?』
「……へ?」
シオンはぽかんと目を丸くする。
その鳴き声に触発されるようにして他のドラゴンたちも喚きだす。先ほど高みから啖呵を切っていた者たちから放たれているとは思えないほど、その声はぴーぴーと弱々しかった。
『何だあの人間は!? 本当に人間か!?』
『あんなのがいるなんて聞いちゃいねえぞ……! 楽に落とせる里なんじゃなかったのかよ!』
『オレ、アイツ、コワイ……!』
「あ、あのー……」
『っ……!?』
お手本のような狼狽っぷりに、シオンはおもわず声を掛けてしまった。
ドラゴンたちがぴたりと口をつぐんで注視する。
その体から大粒の汗が滴って、湖にいくつも波紋を生んだ。
ドラゴンって汗をかくんだな……なんて学びを得つつ、シオンはおずおずと剣をかざして問うのだが――。
「えっと……皆さん、戦わないんですか?」
『イギャアアアアアアアアアアア!?』
それが合図となった。
ドラゴンたちは一斉にターンして、明後日の方角へと飛び去ってしまう。
あっという間に彼らの姿は山の向こうへ消えてしまい、太陽を遮るものはなくなった。ぽかぽかした日光が、湖に浮かぶ無残な死骸を照らし出す。
里も、ヒスイたちもしんと静まりかえったままである。
そんな中、ただひとりクロガネだけがゆっくりと歩み寄ってくる。
「シオン。おまえが軽々とぶった斬ったのはな……」
そこで言葉を切って、彼女はひょいっと湖をのぞき込む。
うわっと顔をしかめてから、シオンの肩をぽんっと叩いた。
「謀反を率いたグルド本人なんなだわ。さっき川で会っただろ?」
「いやその、ドラゴン形態だとどれが誰か分からなくって……先走ってしまってすみませんでした」
「何を言うんだ、おかげで被害が最小限で済んだよ」
クロガネはシオンの魔剣をちらりと見やる。
その目が物言いたげに揺れたものの――彼女はかぶりを振ってから、さっぱりと笑ってみせた。
「その剣のことはまた今度聞かせてもらうとして……ともかくありがとな、救世主さん?」
「あはは……どういたしまして」
【くっくっく、せっかく練った策が台無しだなあ。シオン?】
笑みを強張らせるシオンに、ダリオはニヤニヤとヤジを飛ばした。
続きは明日更新します。
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