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河原の邂逅

 小川はゆるいカーブを描き、それに沿って真っ白な砂利が広がっている。

 水面は泡立つこともなく穏やかに流れ、火の光を反射してキラキラと輝いていた。あたりに響くのは細流のせせらぎ、小魚が跳ねる音、そして――。


「ぐぁ……!」

「ガハハハハ! もうおしまいかぁ!?」


 人を殴りつける音。くぐもった呻き声。そして、それを嘲笑うような男たちの声。

 静かなはずの河原で繰り広げられていたのは、戦闘とも呼べない一方的なものだった。


 複数人の男らがひとりを取り囲み、手酷い暴行を加えていたのだ。

 しかも彼らはみな、人間とは似て非なる見た目をしていた。肌の半分ほどを覆う細かな鱗と、こめかみから生えた角、太く大きな尻尾。

 人ならざる種族――竜人族の証だった。


 砂利に倒れたひとりの髪を乱暴につかみ、男が下卑た笑みを浮かべて言う。


「くくく、最初の威勢のよさはどこにいったんだ? 黒金様よぉ」

「ぐっう……」


 無理矢理に引き起こされたのは、ひどく端正な顔立ちの女だった。

 歳の頃は二十半ば。整った目鼻立ちに、匂い立つような色香を有する美女である。


 彼女もまた男らと同じ竜人族の特徴を有していた。

 その髪も目も、鱗も尾も、何もかもが夜空より深い黒色。

 尾は男たちのものを遥かに凌ぐほど太くて立派で、それでいて右の角は根元から失われてしまっていた。アンバランスさがひときわ目を引く。

 血や泥に塗れてしまった装束も、幾重にも布を折り重ねた上等なものだ。


 そんな美しい彼女に、男らは舌なめずりをして言い放つ。


「頑張ってくれよ、クロガネ様よ。まだまだあんたに死なれちゃ困るんだ。これまでの恨み、たっぷり返させてもらわねえと」

「……はっ」


 クロガネと呼ばれた女は、血の混じった唾を吐き捨てて、目の前の敵たちをギロリと睨む。

 その鈍い眼光を受け、彼らは一様にどよめいた。

 しかし、クロガネはふっと表情をゆるめておどけたように言ってのける。


「まったく、呆れるほどに小さい男だねえ。だからあいつに愛想を尽かされるんじゃないのかい?」

「ぐっ……! 俺たちが離縁することになったのは、てめえが余計な口を挟んだからだろうが!」

「おいおい、責任転嫁はよくないね。ありゃ、おまえさんが酒浸りでぷらぷらしてたのが悪いんだろ」


 クロガネは大仰に肩をすくめ、小馬鹿にするようにくすくすと笑う。


「あたしは背中を押しただけ。おまえさんと別れることを決めたのはあいつさ。まあでもいいじゃないか、あいつの新しい旦那はおまえと違って真面目でいい奴だよ。おまけにねえ……ナニもおまえさんとは比べものにならないらしい! おかげで会う度に礼をされるよ!」

「貴様ぁ……! 殺す! おまえだけは絶対に殺してやる!」

「はっ、やれるもんならやってみな!」


 気色ばむ男の手を振り払い、クロガネは軽く跳躍して距離を取る。

 口元に滲んだ血を乱暴にぬぐい、彼女は腰を低くして拳をかまえてみせた。


「お友達が一緒じゃねえと喧嘩もできねえタマなしが……一丁前に吠えるじゃないか。そろそろ本気で相手してやるよ」

「っ、舐めやがって……!」


 男が吠えると同時、その体から紅蓮の炎が湧き上がった。

 莫大な熱量のせいで足元の砂利が溶け、川の水がぼこぼこと沸き立ち始めた。一触即発。しかしその炎が爆ぜるより早く、山を揺るがすような怒声が轟いた。


「やめろ!!」

「っ……!」


 男がびくりと見をすくめ、炎がかき消える。


 背後の茂みが揺れて姿を表すのは、これもまた竜人族の男だった。

 大柄で口髭を蓄えており、体のあちこちに古傷が刻まれている。背には巨大な刀を担ぎ、大きな麻袋を手にしている。

 炎を生じさせた男をジロリと睨み、低い声で告げる。


「忘れたのか? そいつを殺すのはこの俺だ」

「す、すみません、お頭……」


 男は青い顔で縮こまった。他の者たちも威圧感に息を呑む。

 しかしそこでクロガネが躊躇うことなく大柄な男へ飛びかかった。


「グルド! おまえ……!」

「甘い」

「ぐっ……!」


 それを、グルドは片手を振るうだけでねじ伏せた。砂利に倒れた彼女のことを、他の男たちが慌てて拘束する。

 それを見下ろして、グルドと呼ばれた男はくつくつと喉の奥で笑ってみせた。


「くくく……無様だな、クロガネ。かつて名を馳せた蛮勇がここまで落ちぶれるとは」

「御託はいい! おまえさんはこのあたしが殺してやる!!」

「はっ、そう吠えるな。お望みのものはこれだろう?」


 男は無造作に麻袋を逆さにした。中から転がり出てくるのは――。


「きゃんっ……!」


 小さな竜人族の女の子だった。

 見た目の年齢は七つほど。

 黒髪、そして黒い尾。瞳だけが血潮を思わせる紅色。地面にべちゃりと落とされて女の子は小さな悲鳴を上げる。

 しかしすぐにハッとして顔を上げ、クロガネを見つけて掠れた声で叫んだ。


「おかーさん……!」

「ノノ!!」

「おっと、そこまでだ」

「うっ……!」


 立ち上がり、駆け出そうとした少女のことをグルドは乱暴に捕まえてみせた。

 地に伏せたクロガネを見下ろしてニヤリと嗤う。


「感動の再会ってやつだな、クロガネ様よ」

「ふざけんな! その薄汚い手でノノに触れるんじゃないよ!!」

「はっ、口の利き方ってものがなってねえな」


 男は巨大な刀を抜き放ち、その切っ先をノノへと突きつけた。

 少女を見下ろす目は、どす黒い光をたたえている。


「せめて子と一緒にあの世へ送ってやろうと思ったが……気が変わった。先におまえの目の前でガキを殺してやるよ」

「いっ、いや……! おかーさん……! たすけてなの……!」

「やめろ! くそっ! 離せクソどもが!!」

「まあまあ大人しく見てろよ、クロガネ様。いい見せ物だろ」

「はっ、お頭も性根が悪い。元からその手筈だったっつーのに」


 クロガネは死に物狂いで暴れるが、竜人族たちの拘束はわずかにも緩まない。


「悪く思うなよ、ノノ。恨むなら母親と……忌み子として生まれた己の運命を恨め!」


 グルドは哄笑とともに刃を振り下ろした。

 ノノが息を呑み、クロガネが悲痛な咆哮を上げ――その刹那、疾風が駆けた。


「ぐはっ……!?」


 濁った悲鳴が河原に響き渡る。

 砂利には血潮の花が咲き、生ぬるい風が臭気を散らす。

 だがしかし、誰ひとりとして声を発しなかった。


 クロガネを含めた全員が目を瞠ったまま固まってしまっている。少女を襲った惨劇に言葉を失った……からではない。

 ノノに刃を向けていたはずのグルドにかわり、その場に立っていたのが見慣れぬ人間だったからだろう。


 もちろんシオンだ。

 怯えて縮こまるノノに優しく声を掛ける。


「安心して。もう大丈夫だよ」

「っ…………へ?」


 ノノは恐る恐る顔を上げ、シオンと目が合うなりぽかんと言葉を失った。

 そんな彼女にやわらかく微笑めば、ダリオが堪えきれないとばかりに笑い出した。


【くっ、ふふふ……見事なヒーローぶりだな、シオン】

(お褒めいただいて光栄です、師匠)


 それにシオンは軽くうなずいて返す。

 最初は藪の中から様子を見守るだけにするつもりだった。

 だがしかし、この展開は見過ごせない。思わず飛び出して、今に至るというわけだ。


【だがいいのか? こいつらは竜人族だ。へたに禍根を作ってしまえば、情報を引き出すのはことさら困難となるぞ】

(それは重々承知の上ですよ)


 彼らは紛れもなく竜人族。シオンは彼らの族長に話を聞くためここまでやってきた。

 もしもこの一連の行為が罪人の処刑といった、彼らからしてみれば正当なものであった場合……決定的な断絶を生んでしまう。

 そうした計算くらい、シオンにも簡単にできていた。しかし、そんなことは足を止める理由にはならなかった。


(困っている人は助ける。他のことは後で考える。今できるのはそれだけです)

【ははは、いいぞ。損得抜きでバカをやらかしてこそ英雄だからな。いやしかし……だ】


 そこでダリオは言葉を切る。

 ぽかんとしたノノ、倒れたクロガネ、その他の男たち。そうした光景をじっくりと見聞するようにしてから、弾けんばかりの高笑いを上げてみせた。


【なんと愉快な光景だろうか! くくく……千年の時を超えて、はるばる現世に舞い戻った甲斐があるというものだな!】

(えっ、そんなに笑うところあります……? そこそこシリアスな場面だと思うんですけど)


 ウキウキと声を弾ませるダリオに、シオンは首をひねるしかない。

 とはいえ、師の情緒はいつもよく分からないところで乱高下するので気にしても無駄だろう。

続きは明日更新します。

書籍版第一巻今週末発売予定です!どうぞよろしくお願いします。

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