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竜人族を探して

 シオンは軽くため息をこぼしつつ、食器の準備を始める。

 レティシアの調理した鍋からは謎の刺激臭が漂うが、食わねば男が廃る。

 よそってもらった食事をもそもそゆっくり食べながら、シオンは改めて切り出した。


「それじゃ……これを食べたら探索を本格的に開始しようか」

「はい。フレイさんが紹介してくれた方を探すんですよね」


 レティシアはこくりとうなずいて、懐から書状を取り出す。

 手紙を封じる蝋には冒険者ギルドの刻印が刻まれている。

 相当な立場ある者からの手紙であるとひと目でわかる代物で、一般社会ではほとんどの相手に効力を発揮する。

 しかし、レティシアは不安そうに眉を寄せる。


「本当に会っていただけるでしょうか。竜人族の族長さんですし、すっごく偉い方なんですよね?」

「しかもアポなしだからねえ……」


 シオンも苦笑するしかない。


 竜人族。

 読んで字の如く、竜種のひとつだ。

 人間とドラゴン、どちらの姿も取ることができ、莫大な魔力や気が遠くなるほどの長命を有している。


 滅多に他種族には干渉せず、秘境の奥地などに集落を作って静かに暮らす。まれに里を抜けて一般社会に溶け込む変わり者がいるとは聞くが、シオンは一度たりとも見たこともない。


 そして、この黒刃の谷は彼ら竜人族が多く住まう地域だという。

 この谷の実質的な支配者であり、その他の魔物は竜人族へと忠誠を誓うらしい。

 そんな大物を訪ねて、ふたりははるばるこの地にやって来たのである。


「フレイさんの話だと、この谷には大昔から竜人族が暮らしているそうなんだ。でも、最後に彼らが人間の前に姿を現したのは百年くらい前の話だとか」

「つまり……今もこの谷にお住まいかどうかすら、分からないんですね」


 レティシアが小さく吐息をこぼし、その顔にうっすらと影が落ちた。

 だからシオンは慌ててまくし立てる。


「で、でも、手がかりがゼロってわけじゃないでしょ。もし竜人族が住処を移していたとしても、痕跡から居場所が辿れるかもしれないし」

「……そうですね」


 シオンの想いが通じたのか、レティシアはふっと表情を和らげる。

 そうして小さく頭を下げてみせた。


「ありがとうございます、シオンくん。私ひとりだったら、ここまで来ることもできずに挫けてしまっていたと思います」

「お礼なんていいよ。付き合うって約束したからね」


 シオンはそれに笑いかける。

 ここにやって来たのは、レティシアの持つ力――万神紋について調べるためだ。あらゆる神紋の力を奪い、己がものにできるという脅威の力。

 その力の正体と、彼女の失われた記憶。

 それらを調べるためにここに来たのだ。

 とはいえ前途洋々というわけにはいかないようだ。


「あのフレイさんですら、ここの族長さんが何か知ってるかもってことくらいしか調べられなかったんだよ。それくらいきみの力は謎に包まれてるんだ。あんまり気を張りすぎても、真実にたどり着く前に疲弊しちゃうよ」

「そ、それは困ります。私がどこの誰かも分からないままなんて……」

「でしょ? だから今は焦りは禁物だよ」


 シオンはさじをくるりと回し、にっこりと笑う。


「一歩一歩、着実に進んでいこう。俺はいつまでだって、どこまでだって付き合うからさ」

「シオンくん……」


 レティシアはじーんとして目元をぬぐう。

 支えになれたことにシオンはホッとするのだが、胸の温もりは一瞬で消え去ることとなる。レティシアがおたまを握って意気込んでみせたからだ。


「それなら、今はたくさん食べて体力を付けるべきですね。ほら、シオンくんもおかわりしてください!」

「うっ、いや、俺はもうお腹いっぱいで……」

「遠慮しないでください。あっ、それともお口に合いませんでしたか……?」

「そ、そんなことないよ! 俺も大好きな味だから! なんて言うかこう、この独特の甘みと苦味と酸味のハーモニーがたまらないよね!」

「よかったあ。それじゃ、たくさんよそってあげますね!」

「わあーい……ありがとー……」


 心を無にしてやっと完食した食器の中に、無慈悲にも新しい謎スープが注がれた。

 レティシアも二杯目をもりもりと平らげているので、拒否する道はない。

 覚悟を決めてさじを口へ運んでいくと、ダリオがくつくつと笑う。


【くくく、汝も女を口説くのがずいぶんと上手くなったものだなあ。さすがは我の弟子よ】

(お褒めに与り光栄ですが……そんなところを見習った覚えはないんですけど……?)

【何を言うか。汝は英雄に憧れているのだろう、英雄にハーレムは付き物だぞ】


 ダリオは心底理解できないとばかりに唸ってみせる。

 そうして声を弾ませて歌うように続けた。


【我も全盛期のころ、それはもう多くの美女を抱いたものよ。いいぞー、女は。柔らかいし、いい匂いがするし、寝所で上げる声も心地よいし】

(あの、かねがね気になってたんですが……師匠って男の人はお嫌いなんです?)

【女の方が抱き心地がいいからなあ。そもそも我の本性を知って口説いてくるような男はいなかったし】


 平然と言ってのけるダリオである。

 真の姿はけっこうな美人なので、黙っていれば相当言い寄られたことも多いだろう。そんな男たちの前に本性を表し、ちぎっては投げ、ちぎって投げてカツアゲする師の姿が脳裏に浮かんだ。


 シオンはため息をこぼしつつもスープをすする。


(まあ、師匠の好みは置いておくとして……師匠も教えてくれるんですよね、万神紋について)

【……時が来ればな。まずはその族長とやらに会うがいい】


 ダリオは少し言いよどんでから、きっぱりと言ってみせた。

 そもそも万神紋という名を教えてくれたのが師、当人なのだ。

 もっと他にも知っていることは明白だったが、ダリオは唸るようにして言う。


【我も千年もの間眠っていたゆえ、いまいち現世のことが分からん……この世界の情報を得てから、改めて話したいのだ。よって、しばし待て】

(分かりました。でも、さっきもレティシアと話しましたけど、竜人族の族長さんなんて、そんなに簡単に会えるものですかね……)

【なあに、気楽に構えるがいい。汝は我が弟子。不可能を可能に変える程度のこと、朝飯前だろう】

(師匠……)


 からからと笑う師の声を聞いていると、本当に楽勝な気がしてくる。

 レティシアをああ言って励ましたはいいものの、シオンも少し不安だったのだ。

 心にかかっていた薄もやが、師と話して簡単に晴れてしまったのを感じた。

 シオンはじーんとするのだが――ダリオは続けてニヤニヤと笑う。


【それに竜人族はいいぞ、気の強い美人が多い。おまけにあちこちデカいときて……あの豊満さで窒息するかと思ったことは一度や二度ではないな!】

(おかしい……話を変えたはずなのに、また同じテーマに戻ってきたぞ……)


 どれだけ女性が好きなんだ、この人。

本日から半月ほど毎日更新いたします。

一巻は3/5発売!イラストは植田亮先生です。

また、本作はコミカライズも決定しております。書籍と合わせて、どうぞよろしくお願いします!

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