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新たな旅立ち

 四人が椅子に腰掛けてから、フレイは静かに切り出した。


「ひとまず、悪霧事件。あれは事故ということになった」

「事故……ですか」

「ああ。被害自体はそれなりに大きいが、甚大というほどでもない。レティシアの話を聞けば最初の村一つが巻き込まれた事例は意図せぬ事故だし、あとの細々した事件も自衛のうちと十分判断できるようなものだった」


 そこまで言って、フレイはレティシアのことをちらりと見やる。


「だが、この件で問題なのは起こった現象より、彼女の持つ万象紋なる力のことだ。こんな力……私はこれまで聞いたこともなかった」

「ふむ、そうか」


 ダリオがそれに軽い相槌を打つ。

 フレイは万象紋について様々な書物を当たったものの、まともな手がかりは何一つとして見つからなかった。『そういう力が存在する』というのは都市伝説のようにまことしやかに語られていたが、まともに信じる者は誰もいなかった。


「その上、刺客を差し向けたのがどこの誰かも判然としない。手がかりはゼロだ」

「まったく、ギルドとやらも平和ボケしているようだな。せっかく我が弟子が捕まえた手がかりをみすみす消されるなど」

「ちょ、ちょっと師匠! あれはフレイさんのせいじゃないですよ!」

「……いや、かまわん。完全にあれはうちの落ち度だった」


 シオンがぶちのめしたゴルディスという男は、一度は投獄された。

 しかしその翌日、忽然と姿を消したのだ。シオンも捜索にかり出されたものの、気配は街外れの森の中でぷっつりと途切れていた。そして、そこにはかすかな血痕が残されていて――。

 フレイはため息をこぼし、切り替えるようにしてかぶりを振る。


「ともかく、裏で何かが動いているのは確実だ。よって、この事件は秘密裏に処理することが決定された。レティシアの名前も公表は避ける。明確な真相を知るのは、この場の四人と、この街のギルド長。今はこの五人だけだ」

「お爺さんお婆さんだけじゃなくて、迷惑をかけたすべての人に謝って回ろうと思ったんですが……危ないからダメだって言われちゃいました」

「まあ確かに、あんな力を持ってるなんて大勢に知られちゃマズいよね……」


 最悪、社会的なパニックを引き起こしかねない。

 一般市民は戦々恐々となるだろうし、ゴルディスのような悪人たちにとってはいいカモだ。

 フレイも強くうなずき、続ける。


「必要なのは、犯人である彼女を断罪することではない。次なる被害を防ぎ、悪しき者の手に落ちぬよう守ることだ」

「じゃあ、レティシアは今後どうなるんですか?」

「当面はギルドの監視下に置かれるだろうな。多少の不自由を強いることにはなるが、その引き換えとしてこちらで身元の照会をしよう。彼女がどこの誰かが分かるかも知れん」


 ただ、監視下に置くと言っても軟禁まではいかないらしい。

 それを聞いてシオンはほっとため息をこぼす。


「それじゃ、こうして外を歩くのも大丈夫なんだ」

「はい。牢屋も覚悟の上でしたけど……この街のギルド長さんも味方してくださったんです。本当に、優しい人に恵まれています」

「そっか、よかった……」


 レティシアが屈託なく笑うので、シオンの胸はほんのりと温かくなった。

 改めて、フレイに向き直って頭を下げる。

 

「本当にありがとうございます、フレイさん。レティシアの力になってくれただけじゃなく、わざわざ報告に来てくれるなんて」

「いや、何。ついでに用事もあったしな」

「用事ですか?」

「ああ。おまえにしか頼めない仕事を持ってきた」


 そう言って、フレイはいつぞやのように懐から一枚の紙を取り出す。

 広げてみせれば、それは地図だ。かなり広範囲を網羅したもので、デトワールの街が小指の先ほどのサイズしかない。そこから遠く離れた山岳地帯を指し示し、フレイはにこやかに告げる。


「レティシアを連れて、この場所に向かってくれ」

「……はい?」

「詳細は後で説明するが、万象紋とやらに詳しい人物がここにいるらしいんだ」


 意味が分からず目を瞬かせるシオンに、フレイは平然と続けた。


「こんな厄介な力だろう、あまり大っぴらに調査するわけにもいかん。最悪、ギルドの身内が関係している可能性もあるし……そういうわけで、少数精鋭だ。レティシアの力の調査と護衛、すべて合わせておまえに頼みたい」

「いやいやいや!? 俺はかまいませんけど……そんな重要な仕事、フレイさんみたいな高ランクの人がやるべきなんじゃないんですか!?」


 シオンはつい先日、というか昨日Fランクに昇格したばかりだ。

 レティシアの力になれるのは嬉しいが、こんな大それた仕事が新米に相応しいとはとても思えなかった。しかしフレイは皮肉げな笑みを口の端に浮かべ、肩をすくめてみせる。

 

「まったくその通りなのだがな、これはおまえ以外に適任がいないんだ」

「と、言いますと……?」

「暴発の可能性を考えると、彼女に同行するのは万象紋の影響を受けず、なおかつある程度の戦力を有した者がふさわしい。つまりおまえだ、シオン」

「ははは。本当に、我が弟子に来るべくして回ってきた仕事だな」

「あうう……す、すみません」


 からからと笑うダリオとは対照的に、レティシアは小さくなるばかりだった。

 たしかにそう説明されれば、この任務を受けられるのはシオンだけだ。

 こっそりとダリオに相談する。


(どうします? 師匠、ぶっちゃけ万象紋のことお詳しいですよね。その場所に行って話を聞いても無駄なんじゃ……)

(なに、現代の知識を得るのは必要だ。行こう)

(たしかにそうですね。分かりました)


 シオンはうつむくレティシアの手をそっと取る。

 

「それじゃ……またよろしくね。レティシア」

「いいんですか……?」

「もちろん。言ったろ、きみの力になりたいって」


 不安そうに揺れる瞳をのぞき込み、からりと笑う。


「一緒に探しに行こう。きみが誰なのか、その力が何なのか。ふたりなら、きっとすぐに見つかるはずだよ」

「……はい。よろしくお願いします、シオンくん」


 レティシアはふんわりと笑い、シオンの手をぎゅっと握り返した。

 そんなふたりを横目に、ダリオは地図をひらひらさせる。


「まあ、我も付き合ってやろうではないか。しかし黒刃の谷、か」

「ダンダリオン殿はこの場所をご存じなので?」

「ああ。知人がここに住んでいたはずだ」

「……まさかとは思うが、黒竜に知り合いが?」

「くっくっく……さあな」


 訝しむフレイにそれ以上応えることもなく、ダリオはくつくつと笑ってみせた。

続きは明日更新します。明日は第一部エピローグ。

明日で第一部完となります。二部再開は未定ですが、できたら年内には……!

以降は週一くらいの更新になるかと思いますが、お楽しみいただければ幸いです。

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