穴底での邂逅
「っ……うわあ!?」
意識を取り戻し、シオンは慌てて跳ね起きた。
バクバクとうるさい心臓を落ち着けるうちに――違和感に気付く。
「あ、あれ、生きてる……なんで?」
体をあちこち触ってみるが、怪我は軽いかすり傷くらいのものだった。骨ひとつ折れていない。
悪い夢を見たのかと思うのだが……あいにく、辺りには吊り橋の残骸が転がっていた。
間違いなく、あの出来事は現実だ。
ラギによってシオンは地獄に通じているという《終わりの洞》に落とされた。
「どうして俺は助かって…………は?」
顔を上げて、シオンは言葉を失ってしまう。
そこにはおかしな光景が広がっていたからだ。
目の前に続いていたのは、見渡す限りの草原だった。
遙か頭上からは太陽の光が燦々と降り注ぎ、蝶がひらひらと舞う。
シオンが落ちたはずの《終わりの洞》はかなりの大きさがあったものの、こんなふうに地平まで続くほどではなかったはず。
そして何より目を引いたのは、草原のただ中に立てられた大きな石碑だった。
その正面には――ボロボロの布をまとった人物が座っているのが見えた。
シオンは慌ててそちらへ駆け寄る。
「あ、あの、ここは一体…………っ!?」
声をかけようとして、シオンはハッと気付く。
布をまとっていたのは古びた骸骨だったのだ。
その遺体は完全に風化しており、歳月の経過を窺わせる。胸に抱くのは大ぶりの剣で、彼(彼女かもしれない)はそれにもたれかかるようにして永久の眠りに就いていた。
シオンはその人骨と石碑を見比べて、ごくりと喉を鳴らす。
(ひょっとして……ここはお墓なのか? でも、いったい誰の……?)
そんな考えに思い至った、そのときだ。
「グルルルウウウウ……」
「なっ……!?」
背後で、地の底から響くような低いうなり声が聞こえた。
慌てて振り返れば、そこにはあのゴブリンキングの姿があった。
地に伏せたその体には、シオン同様目立った怪我はない。
手下のゴブリン達も似たようなもので五体満足だ。
彼らもまた今し方意識を取り戻したらしく、かぶりを振って起き上がろうとする。
シオンは腰の剣に手をかけ、逡巡する。
(ど、どうする……!?)
戦うか、逃げるか。
シンプルな二択だ。
しかしシオンは、そのどちらも選べなかった。
剣にかけたはずの手をだらんと下ろし、その場に膝をつく。
「ダメだ、俺には……無理だ」
何をしても無駄だと悟ってしまったからだ。
相手はラギでも歯が立たなかった強敵だ。
ゴブリン一匹も倒すことができないシオンに、為す術はない。
おまけにこんな見晴らしのいい場所では逃げることも不可能。
死の運命は、どんな奇跡が起ころうとも覆されない。
今まさに、ゴブリンキングがのっそりと立ち上がった。
その赤い目で捉えられた瞬間、シオンの全身から力が抜ける。
悪寒も恐怖も何もなかった。彼の心を満たしたのは悔しさだけだ。
(俺は、こんなところで死ぬのか……賢者ダリオに近付くこともできないまま……)
シオンは諦観をかみしめながら、目をつむる。
残された命をせめて大事にしたかったからだ。
だがしかし――運命はシオンに微笑んだ。
チャキ……。
「……へ?」
シオンの背後で、金属がかすれるような小さな音が響いた。
ハッとして目を開き、石碑の方を振り返る。
そうして彼は完全に凍りついた。ゴブリンキングのことなど一瞬で頭から吹き飛んだ。
なにしろ……ボロ布をまとった骸骨が、剣を携えてゆっくりと立ち上がったからだ。
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