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期待外れ

「ダメだ、レティシア……!」


 レティシアの手を掴み、シオンは叫ぶ。


「あんなの嘘に決まってる! 行っちゃダメだ!」

「それでも、シオンくんが助かる可能性はあります」


 手を取って引き止めようとするシオンに、レティシアは苦しげにかぶりを振る。


「もうこれ以上、誰にも迷惑はかけたくないんです」

「これ以上……?」

「私の力は見ましたよね」


 レティシアは口元に薄い笑みを浮かべてみせた。それはシオンが初めて見る、彼女の自嘲気味な表情だった。


「私はあんな恐ろしい力を持っているんです。昔のことは何も覚えていないけど……もしかしたら、とんでもない悪人だったのかもしれない。たくさんの人を傷付けて、大切なものを奪ってきたのかもしれない。助けてくれたお爺さん、お婆さんだって、私のせいで……」


 記憶を失ったレティシアを介抱してくれた老夫婦。

 レティシアはしばらくの間、彼らと静かに暮らしていた。しかしある日、自分の神紋が何なのか気になって……軽い気持ちで力を使ってしまった。

 力は村一帯を覆い尽くし、倒れた村人たちと、自分の体に浮かび上がった無数の神紋を目にして恐ろしくなり、レティシアはそのまま村を去った。


 それが悪霧事件として知られる事件の真相だった。

 ゴルディスが唇を歪めて、皮肉げに嗤う。


「はっ、まさに悪魔じゃねえか。可愛い顔をしているくせに恐ろしいもんだな。だがあちこちであの力を使わせれば、今回の報酬よりもっと多くの金を稼げるんじゃ……」


 そのまま彼はぶつぶつと悪事の算段をし始める。レティシアの力があれば、ありとあらゆる生物を無力化できる。どんな犯罪だろうと思うままだろう。

 それが自分で痛いほどにわかるのか、レティシアは泣き出しそうなほどに顔を歪めて、かすれた声をこぼす。


「あんなに良くしてくれたおふたりに、私はお礼も言わず逃げたんです。卑怯者の悪人です。だから私は……誰かに助けてもらう資格なんて、ないんです」

「それは、違うよ」


 シオンは強く首を横に振る。

 レティシアの苦悩は分かった。未知の力に怯え、過去の自分が何者なのか苦悩して、ここまで来たのだ。


「仮にきみが償うべきだとしたら、その村の人たちだけだ。覚えてもいない罪まで背負う必要なんてない」


 記憶を失う前のレティシアがどんな人間であったか、シオンは知らない。それでも今目の前にいるレティシアがどんな子なのかは知っている。


「助けてもらう資格なんて必要ない。俺が助けたいのは、今のきみなんだ」

「でも、私は……私は、あんな恐ろしい力を……!」

「力なんて関係ないよ」


 嗚咽のような悲鳴をこぼすレティシアに、シオンは力強く断言する。

 たしかに彼女が有するのは凄まじい力だ。だが――それだけだ。


「持って生まれた才能なんかで、人の価値は決まらない。元無能の俺が保証するよ」

「シオンくん……」


 レティシアは息を飲み、シオンのことをじっと見つめた。その瞳はひどく揺れていたが、シオンの言葉は届いたようだ。

 ゴルディスの方に踏み出そうとした足は、それ以上動く気配を見せなかった。


「おい、いつまでごちゃごちゃと……いや、ちょっと待て」


 そこでゴルディスが声を荒げる。しかし、すぐにハッとして口をつぐんだ。

 信じられないものでも見るような目でシオンを凝視し、短剣を向ける。


「お前、なんでまだ喋れるんだ……? そろそろ体が痺れて動けなくなるはずなんだが……」

「ああ、さっきの毒ですか?」


 シオンはすっと立ち上がる。

 先ほどまでの目眩や動悸は、完全に消え去っていた。肩をすくめて平然と告げる。


「じっとしてたら、なんか平気になりました」

「『なんか平気になりました』だとぉ!?」


 ゴルディスがすっとんきょうな声を上げる。


「いや、初めてくらうタイプの毒だったんでちょっと無効化に時間はかかりましたけど……接種して三秒で死に至る毒なんかも師匠から受けたことありますしね。この程度なら優しい方ですよ」


 シオンは飄々と言うだけだ。

 戦闘訓練のついで、ありとあらゆる毒物を叩き込まれたことがある。何度も死にかけたが、おかげで毒への耐性は万全だ。


 相手が何か仕掛けてくることも読んでいた。

 それをあえてくらって、ピンチを装ったのには理由がある。

 ゴルディスがそれに気付いたのか、さっと顔を青ざめさせる。


「ま、まさかおまえ……! 今のをわざと食らったっていうのか!?」

「その通りです。優位を確信したら、ペラペラ情報を出してくれるタイプに見えたので」


 シオンは飄々と言いつつもため息をこぼす。


「でも期待外れでしたね。レティシアの本音が聞けたのはよかったけど、あなたはろくな情報を漏らしてくれなかったし……その分なら、雇い主の正体もよく分からないまま動いてるって感じですかね?」

「そ、それがどうした! 金さえもらえりゃ、俺はなんでもいいんだよ!」

「俺はそれじゃ困るんですよ。元凶を叩かなきゃ」


 彼女を狙うのが何者か、その情報が欲しかった。

 しかし敵は思った以上の下っ端だったらしい。このまま引き延ばしたところでまともな情報が出るとも思えなかった。時間の無駄である。


 シオンは軽い笑みを浮かべて、ようやく腰の魔剣をゆっくりと抜き放つ。


「情報を出してくれないのなら、もうあなたに用はありません。この辺で終わらせるとしましょうか」

「ふ、ふざけやがって……!」


 ゴルディスの赫神紋が輝きを増し、その巨体がさらに膨れ上がる。もはや小さな家をしのぐほどの大きさだ。男はその勢いのまま弾丸のように突っ込んで、短剣を突き立てようとする。

 しかし、それをシオンは軽く剣の柄で弾いてみせた。たったそれだけで巨体が数メートルほど後ろに下がる。

 そこにシオンは剣の峰で撫でるように畳みかけた。ゴルディスはその攻撃をガードするだけで手一杯だ。その顔に焦りの色が初めて浮かぶ。


「なぜだ……! 俺は力を手にしたんだぞ……!? 無神紋ごときが敵うはずはない……!」

「ダメですよ、ズルしちゃ」


 シオンは淡々と告げ、相手の剣を弾く。その衝撃で毒々しい剣身は粉々に砕けてしまった。

 ゴルディスの体勢が完全に崩れ、赫い神紋が目の前に来る。

 剣をくるりと回して持ち直し、大きく踏み込み斬り上げる!


「ちゃんと努力して得た強さじゃないと……いざってときに役に立ちませんからね!」

「なっ……!?」

 

 赫神紋を剣先がかすめる。その瞬間、ガラスが割れるような音を立てて紋様をかたどる線がかき消えた。

 別れる直前、ダリオがこっそり耳打ちしたのは事実だったらしい。


『その剣は特別製でな、偽物の神紋を破壊できるのだ。試しにやってみるといい』


 驚愕に目をむくゴルディスに、シオンは剣を翻しふたたび一撃を放つ。


「はい。それじゃ終わりです」

「がぼぉっ!?」


 バットのように横薙ぎに振るった剣は、ゴルディスの腹を直撃した。巨体は爆音とともに一直線に吹き飛んでいった。建物をいくつも破砕し、辺り一帯にすさまじい砂埃が舞い上がる。

 あとには大通りまでまっすぐ続くトンネルができていた。

 道のど真ん中にゴルディスがぶっ倒れており、ぴくりとも動かない。峰打ちなので死んではいないと思うが、当分目覚めることはないだろう。


「ふう、少しはすっきりした。あっ、でもしまったな……俺も師匠のこととやかく言えないか」


 ちゃんと人の気配がない場所を狙って打ったので人的被害はないだろうが、それなりに建造物への被害は甚大だ。

 あとで修復魔法で直して回らなきゃ……とため息をこぼした、そのときだ。

 背後で見守っていたレティシアがほう、と小さく息をつく。

 見れば彼女はすっかり目を丸くして固まってしまっていた。


「ま、まさかこんなにお強いなんて……シオンくんには驚かされてばっかりですね」

「あはは。ありがと、レティシア。師匠に鍛えてもらったおかげだよ」

「……その分、たくさん頑張ったんですよね」


 レティシアはシオンのことをじっと見つめて、自分の爪先に視線を落とす。


「力で人の価値は決まらないって、シオンくんおっしゃいましたよね。それなら私も……こんな私でも、いい人間になれるんでしょうか」

「何言ってるんだよ、レティシアは元からいい子じゃないか」


 シオンはその手を取って、彼女の顔を覗き込む。


「その力とか、記憶のこととか、不安だと思う。でも何があっても絶対に俺が支えるから。だから、勇気を出して欲しい」

「……はい」


 レティシアはシオンの手をぎゅっと握り返す。

 まっすぐこちらを見据える目には、強い光が宿っていた。


「今回もたくさんの人に迷惑をかけましたし……私、逃げずにちゃんと謝ります。悪霧事件で迷惑をかけた、お爺さんやお婆さんにも」

「うん。そうこなくっちゃ。俺もよければ付き合うよ」

「はい!」


 レティシアは真面目な顔でうなずいてみせる。自信なさげな表情から一転、何か吹っ切れたように見えた。


「それじゃ、これから冒険者ギルドに行きます。ちゃんと私から、自分の口で説明して……あっ!?」

「え、なに、どうかした?」


 レティシアが途端にハッとする。

 首をかしげるシオンに、真っ青な顔で言うことには――。


「師匠さんは大丈夫でしょうか……!? 今からでも助けに行った方がいいんじゃ……!」

「ああ、師匠なら心配ないって」


 慌てふためくレティシアとは対照的に、シオンはしれっとしたものだった。

 ダリオが相手取るのは、人々を操る神紋。

 一般市民を盾にされれば、かなり立ち回りにくい相手になるだろう。

 だがしかし、シオンは何の心配もしていなかった。遠い目をしてぼやく。


「たぶんあれくらいなら……師匠、歩いただけで倒せると思うし」

「あ、歩いただけ……ですか?」

続きは明日更新します。あと本章三話くらい?


もともと解毒剤をチラつかせる展開だったのを変えていたんですが、結局悩んで元の展開に直しております。

感想ツッコミ大歓迎なのでなんでもお書きください。今後どんな展開が読みたいとかも遠慮なくどうぞ!

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― 新着の感想 ―
[良い点] ししょー怖っ...そのうち...スーパ○サイア人にでもなるんじゃ...髪黄色くなってないですよね???wwwwww
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