理外の力
はっとして顔を上げれば、ふたりが座るベンチの前――数メートルほどの場所に何人もの男たちが立っている。
一言で言うのなら荒くれ者と称されるような連中だ。
だがしかし、そのうち二名はどこか他の者たちと空気が違っていた。左目に刀疵を負った体格のいい男と、ローブを纏った顔色の悪い男。
【……おい、シオン。あのふたりは注意しておけ】
「分かってますよ」
ダリオも異変に気付いたらしい。シオンは小声で師に返す。
様子をうかがっていると、刀疵の男が手元の紙とレティシアを見比べてニヤリと笑う。
「やっと見つけた。おまえが例の悪魔だな」
「っ……!」
レティシアがひゅっと小さく息を飲んだ。
瞬く間もなくその顔色からは血の気が引いていく。
男たちが何者なのか、先ほどの単語が何を指すのか、シオンには何も分からない。
だが、自分の成すべきことは理解できた。
腰をゆっくりと上げてレティシアを背中にかばえば、顔に傷を持つ男が目をすがめる。
「ああ? なんだ、てめえは。そいつの仲間か?」
「そうです。レティシアに何の用ですか」
「はっ、答える義務はないな」
刀疵の男は唇をゆがめて嗤う。
多勢に無勢。勝利を確信した獣の笑みだ。
ローブの男が手を振ると、それが合図であったのか他の者たちが一斉に散らばってシオンを取り囲む。身のこなしに無駄はなく、全員それなりの実力を有する者だとうかがい知れた。
刀疵の男が、腰の剣に手をかける。
「邪魔立てするなら容赦は――」
「抜きましたね」
「っ……!?」
その剣身がほんのわずかに顔を出したその瞬間。
シオンは剣を抜き放ち、素早く男たちの周囲を駆け抜けた。音よりも早い迅走で雑魚たちを峰打ち。いくつもの悲鳴が折り重なって、一斉に男たちは倒れ伏す。
刹那ののち、立っているのは刀疵の男とローブの男だけだ。
「なっ……! 全滅……!? あの一瞬で!?」
「すみません。売られた喧嘩は買えっていうのが、うちの師匠の教えでして」
うろたえるふたりの背後に回り、まっすぐ剣を突きつける。
「あなた方にも眠ってもらいます。でも、その前に……目的や、他にお仲間がいるかどうかだけでも聞いていいですか?」
何事も確認は大事だ。ブルードラゴンの一件で、シオンはしっかりそのことを学んでいた。
「し、シオンくん……」
「大丈夫、レティシア。俺に任せて」
雑魚たちが倒れたことで、周囲の人々が異変を察してざわつき始める。
ベンチの前に佇むレティシアも不安そうだ。
そちらに被害がないように気を配っていると――刀疵の男が肩を震わせはじめる。
やがて彼は広場一帯に響き渡るほどの哄笑を轟かせた。
「ふっ……はははは! おもしれえ……! こんなやべえのと戦えるなんざ、やっぱり志願して正解だったようだなあ! テルギア!!」
「その通りだ、ゴルディス」
「うわっ!?」
そこで初めて、テルギアと呼ばれたローブの男が口を開いた。
スッと手を掲げると同時、手の甲に灰色の神紋が輝く。その瞬間に昏倒したはずの手下たちが見えない糸で操られているかのように一斉に立ち上がり、シオンめがけて飛びかかってきた。
さすがのシオンもこれには少し驚いてしまう。
(他人を操る能力か……? でも、その程度なら術者を無力化すればどうとでも……っ!?)
簡単に対処できるはずだった。
そのはずなのに、刹那ゾッとするほどの悪寒が走る。それはかつてこれまでに味わったことのない、常軌を逸した気配だった。そのせいで反応が遅れた。
「シオンくん! あぶない……!」
レティシアが悲鳴を上げる。
それと同時に、彼女から未知の力が迸った。
大きな力が波のように押し寄せて――しかし、その波はシオンを素通りしていった。
(っ……!? な、なんだ、今の感覚は……!)
まったく感じたことのない力の気配だった。
師の殺気を苛烈な炎に例えるならば、今のはその真逆。深い海の底に横たわる氷塊のような、静かで強大なものだった。
だがしかし、直撃を受けたはずのシオンの体には何の異常もない。
「一体なにが……なっ!?」
そこで、あたりが静まりかえっていることにようやく気付く。
見渡す限り一面に、大勢の人が倒れていた。
シオンに襲いかかった雑魚たち、ゴルディスにテルギア。そしてその他の通行人たち。
誰も彼もが区別なく眠ってしまっているらしく、力なく地面に転がっている。立っているのはシオンだけだ。
いつの間にか周囲は濃霧に包まれていた。
そしてその霧と静けさは、大きな街全体を包み込んでいて――。
「うっ、うううっ……!」
「レティシア!?」
呆然としたところに呻き声が聞こえた。
レティシアだ。彼女は意識を失っていないものの、地面にしゃがみこんで胸のあたりを押さえて苦しんでいる。
シオンは慌てて彼女のもとへ駆け寄った。そして、言葉を失う羽目になる。
「レティシア大丈夫!? ひょっとして今のはきみが……!?」
「み、見ないで……」
かすれた声で懇願する彼女の体には、無数の神紋がびっしりと浮かび上がっていた。赤、白、青、黄、緑……それらが重なり合い、毒々しい黒色の幾何学模を生み出している。
神紋を有することが出来るのは、ひとりにひとつ。
この世界の原則を、完全に覆す光景だった。
続きは明日更新します。
明日で本章ラスト!それ以降も引き続き毎日更新予定です。お暇つぶしになりましたら幸いです。




