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彼女は知らない

 足下に目線を落とし、レティシアはぽつりと言う。


「ここなら何かを思い出すんじゃないかな、って」

「思い出す……?」

「ふふ。こんなこと打ち明けるの、シオンくんが初めてですよ」


 レティシアはくすりと笑ってから、ため息をこぼす。

 そうして打ち明けた言葉は――想像もしないものだった。


「私……一年前より昔のこと、何も覚えていないんです」

「えっ、それってまさか記憶喪失……?」

「はい。たぶんそういうことなんだと思います」


 今から一年前、レティシアはとある町で倒れているところを発見された。

 親切な老夫婦に助けてもらったものの、目を覚ましたときにはすべての記憶を失っていた。

 自分の名前も、故郷も、家族の顔も何一つ思い出せず、レティシアと名乗っているのも、老夫婦が昔失くしたという娘の名を貸してくれただけに過ぎないという。


「だから私はあちこち旅して回っているんです。見覚えのある景色とか、私を知っている人を探すために」

「そうだったんだ……だからこの街を見てまわったんだね」

「ええ。でも、ここもダメでした」


 レティシアはゆっくりとかぶりを振る。

 口元には薄い苦笑いが浮かんでいて、これまで多くの街でそうした落胆を覚えてきたのだろうと予感させた。


(そんな大変な事情を抱えていたなんて……)


 自分の話をしなくて当然だ。何も覚えていないのだから、話せることなど何もなかっただろう。

 彼女はたったひとりで苦しんで、悩んで、ここまで来たのだ。

 ならばシオンのできることなどたったひとつだった。彼女の手を握ったままでいた手のひらに力を込める。


「だったら俺にも協力させてよ」

「へ」

「ひとりより、二人の方が効率的じゃん。俺もあちこち見て回りたいし、これからも一緒に旅をしよう。それできみの失われた記憶を取り戻すんだ」


 なんでもいい。彼女の力に、支えになりたかった。


「何の才能もなかった俺に、レティシアは優しくしてくれた。だから……今度は俺が、きみの力になる番だ」

「シオンくん……」


 レティシアは瞳を潤ませ、シオンのことをじっと見つめる。

 だが、彼女はすっと目を逸らした。かぶりを振って、シオンの手をそっと放す。


「そこまで甘えるわけにはいきません。これ以上一緒にいたら、シオンくんに迷惑をかけてしまいます」

「迷惑だなんて思わない! 一緒に旅をするだけなら、今までと何も変わらな――」

「そうじゃないんです」


 シオンの言葉を遮って、レティシアは己の手を胸の前でぎゅっと握る。力を入れすぎているのか、みるみるうちにその手から血の気が引いていく。


「私がシオンくんに……神紋を持たないあなたに近付いたのは、偏見がなかったからじゃありません。一緒にいて、楽だったからです」

「ら、楽……?」

「はい。あなただけは、私の力が及ばないはずだから。だからそばにいたかった。ただ、それだけなんです」

「どういうこと……? レティシアの力は白神紋のはずだろ」


 回復魔法に長けた白神紋。

 その力が無神紋のシオンにも効果を発揮することは、これまでのことで証明済みだ。


(いや、レティシアはこの前言ってたじゃないか……切り札があるって)


 それが、その力なのか。

 シオンはごくりと喉を鳴らす。たった今直面している事柄は、決して触れてはならない禁忌なのだと予感があった。


 それでも、退くわけにはいかなかった。

 レティシアが苦しんでいるようにしか見えなかったからだ。

 乾いた舌を無理矢理動かし、なおも尋ねようとするのだが――。


「レティシア、きみは一体――」

「おい」


 そこで、荒っぽい声が響いた。

続きは明日更新します。

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