師、ブチギレる
【なんだ、このむさ苦しい筋肉ダルマは】
「へ? 何って師匠じゃないですか」
たしか、現代に伝わる肖像画を元に、精巧に描かれたものだったはず。
そう説明すると、ダリオは【ほう】と軽い相づちを打ってみせた。
【ほうほう、なるほどなるほど。これが我、か。ははは、ははは】
ダリオはしばらく乾いた笑い声を上げ……すっと声を低くする。
【おい、バカ弟子】
「な、なんですか、師匠」
【この本の作者と絵師、ならびにその一族郎党まとめて根絶やしにしろ。一人たりとも逃がすなよ】
「嫌ですよ!? なんでそんな大量虐殺に手を染めなきゃいけないんです!?」
【なんでもクソもないわこの愚か者!】
「うわっ、あぶなっ!?」
シオンの手の中で魔剣が跳ねる。
どうやら相当ご立腹らしい。
新手の大道芸と間違われてコインが投げられたが、必死になだめるシオンには否定する余裕もない。
ダリオはぎゃーぎゃーとわめく。
【これが我ぇ!? この筋肉ダルマが音に聞こえし大英雄、ダリオ・カンパネラだと!? 本気で言っておるのか貴様!?】
「ええ……何が不満なんですか。あ、ひょっとして師匠、もっとムキムキだったとか?」
【言うに事欠いて貴様ぁ……! 我がこんなオッサンのはず…………うん?】
そこでダリオはぴたりと凍り付く。
おそるおそる、といった調子でシオンに尋ねることには――。
【おい、シオン。汝の中で、我の外見はどんなイメージだ……?】
「ぶっちゃけると、この絵のイメージですけど……?」
【そうかそうか、ははは、ははは……ははははははは!】
「し、師匠?」
ダリオは壊れたように高笑いを上げる。
これまで聞いてきた中で一番怖い笑い声だった。
シオンがハラハラしていると、師はすっと声を落として死刑宣告とばかりに告げる。
【ゴミ弟子、汝は今日限りで破門だ。この魔剣も利子をつけて返せ】
「嘘でしょ!? さっきいい感じで師弟の絆を確認したばっかりじゃないですか!?」
【やかましいわボケ! だいたい我のこの声を聞いて、どうしてそのような姿が浮かぶ!?】
「いや、そう言われましても。この絵のイメージぴったりの、めちゃくちゃダンディで渋い声に聞こえますし」
【っ……そうか汝、我の本当の声を知らんのだな!? これは念話ゆえ、声は受け取る者のイメージに引っ張られる……つまりそういうことか!? これまでずっと汝は、我をこんな筋肉ダルマだと思って……!? は、腹立つぅ……!】
「そんなにショックなんですか……?」
人間だったら、頭の血管が切れてぶっ倒れそうなほどの憤慨っぷりだった。
長い付き合いにはなるが、ダリオがここまで怒ったところは見たことがない。
(師匠、ひょっとして線の細いイケメンタイプだったのかな……? それなら確かに、この絵はかけ離れているよなあ)
どうやら現世に伝わる肖像画は間違っていたらしい。
その絵を目標に憧れてきたシオンとしては複雑な思いでは合ったが、とりあえずダリオに頭を下げておく。
「えっと、なんか色々すみません。でも師匠って実際どんな姿だったんです?」
【っ、それはもちろん絶世の…………ああいや、待てよ】
勢いよく語り始めたダリオだが、途中で何かに気付いたように黙り込んだ。
シオンが首をかしげていると、師は含み笑いを堪えるようにして続ける。
【言葉を並べるよりは……うむ、そうだな。ちょっとばかし時間をもらおう】
「はあ。何をするつもりなんですか?」
【それは後のお楽しみよ。ふんっ、我は賢者とまで呼ばれた傑物だ。オリジナルの魔法をちょちょいっと創り上げるくらいわけはない。首を洗って待っておれよ、シオン!】
「えっと、とりあえず分かりました……?」
よく分からないなりに、シオンは師へとエールを送った。ダリオはそのままブツブツと怪しい呪文を紡ぎはじめる。そうとう集中しているのか、シオンが話しかけても無反応だった。
「うわ、めちゃくちゃ本気だ……そんなに嫌だったのかな、この絵」
途方に暮れるような気持ちで、シオンは本を眺めるしかない。そんな折である。明るい声が背後からかかった。
「シオンくん!」
「あっ、レティシア」
続きは明日更新します。
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