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悪霧の足音

 そんなことをぼんやり考えていると、プリムラはなぜか安堵したように柔らかく笑う。


「それならいいわ。シオンはたしか南東の出身だったでしょ。なら、こっちの方が安全だもの」

「安全って、なにが?」

「ほら、そっちの地方は一年ほど前にあの事件があったじゃない。例の悪霧事件」

「ああ……そういえばそんな事件もあったね」


 悪霧事件。

 それは、謎に包まれた怪事件の通り名だ。

 ある晴れた夜、ひとつの小さな村が濃霧に覆われ、住民が全員その一晩の記憶を失ってしまった。


 それだけなら、誰かが魔法を暴発させてしまった事故として片付けられたかもしれない。

 だがしかし、ことはそれだけで収まらなかった。

 事件後、記憶を失った住人たちは――しばらくの間、神紋の力を使えなくなるという奇妙な後遺症に悩まされたのだ。


 神紋の力を封じる術というのは存在する。

 だがしかし、こんな短時間かつ大人数ともなると既存のどんな技術でも不可能で……さまざまな有識者が調査に当たったものの、犯人の正体も、用いた技術の詳細も、依然として闇の中。


 しかもその村は、シオンが元々いた町からそれほど離れてはいなかった。

 おかげで当時はかなり騒がれて、冒険者だけでなく一般市民も戦々恐々とした。

 神紋の力というのは日常生活に根付いていて、それが一時的とはいえ失われるともなると困る人が大勢いたからだ。


【ふむ……?】


 そんな話を聞いて、ダリオが訝しげな声を上げる。

 だが、シオンはあっけらかんと笑った。


「大丈夫だって。あのときは確かにみんな大騒ぎだったけど、あれから何も変わったことはないし」


 事件が起きたのはあの一回きり。

 そのため次第に人々の口にも上らなくなったし、シオンも今の今まで忘れていたくらいだ。


 被害を受けた町民たちも、今では何の後遺症もなく神紋の力を使って暮らしているという。


 だが、プリムラの顔色は優れなかった。

 やや声のトーンを抑えて彼女は続ける。


「……ここだけの話よ。あの事件の後、そっちの地方では似たような症例を訴える人が何人も出たの。記憶を失って、神紋の力を使えなくなるっていう症状が」

「俺もそんな噂を聞いたことあるけど……でも、ただの噂だよね?」

「ところが、実際に姉さんの知り合いも被害に遭っているのよ」

「えっ?」


 シオンが目を瞬かせると、プリムラは頬をかいてぼやく。


「あまり素行の良くない人らしい、何かに首を突っ込んだんだろうって言われてるけど……そんな事件が、この半年で十件くらいは起こっているんだから」

「そ、そんなに……? 全然聞いたことなかったけど」

「一部の人しか知らないわ。パニックになるからって、今はまだ(かん)(こう)(れい)が敷かれているのよ」


 はばかるようにして、道行く人たちをちらりと見やる。

 そのまま真剣な表情でシオンの顔をのぞき込んだ。


「シオンは神紋を持たないから、被害はないかもしれないけど……その、これから待ち合わせする子にもきちんと教えてあげて。用心するに越したことはないから」

「うん、わかった。親切にありがとう」

「ううん。恩返しの一環よ」


 プリムラはにっこりと笑って、シオンとは逆方向に歩き出す。


「それじゃあまたね、シオン! 今度こそは私とデートしてもらうんだから!」

「ええっ!? デートって……本気で!?」


 慌てふためくシオンをよそに、プリムラはそのまま雑踏の向こうに消えてしまった。

 おかげでシオンは人混みの中でため息をこぼすしかない。


(女の子とデートなんかしたことないぞ……!? いや、そもそも俺はレティシアのことが好きなんであって……!)


 好きな子と、まっすぐ好意を寄せてくる子。

 シオンは両者の間でぐらぐらと揺れてしまう。


 しかし、そこでふとおかしなことに気付いた。こういうとき真っ先にからかってくるはずのダリオが無言でいたからだ。

 

「あれ、師匠? どうかしましたか?」

【…………む?】


 話しかけると、少し遅れてダリオが返事をした。

 しかしその声はどこか心ここにあらずといったトーンで、シオンは胸がざわついた。

 今日の昼間、師が凄惨な昔話を語ったときと似たような声色だったからだ。


「何か気になることでもあったんですか、師匠」

【ああ、いや。なんでもない。先の悪霧事件……すこし引っかかることがあってな】

「引っかかること?」

【……今はいい。また機会があれば話してやろう】


 それっきり、ダリオは黙り込んでしまう。

 シオンが首をかしげても何の反応も示さなかった。

 

(なんだろ……でも、ここで無理に聞いても悪いしな……)


 なんとなく、昼間聞かされた話に近いものだと予感があった。

 しかし師が口をつぐんだ以上、無理に話をせがむのもためらわれる。


(せめて元気を出してもらいたいけど……あっ)


 きょろきょろとあたりを見回して、シオンはハッとする。

 街頭に照らされた、とある店が目に入ったのだ。幸いにしてまだ待ち合わせの時間までは余裕がある。


「あの、師匠。ちょっと寄り道しますね」

【好きにしろ】


 ダリオはぶっきらぼうにそう言って、また物思いに沈んでいった。

 それが好機だった。シオンはさっと本屋に滑り込み、目当てのものを購入した。

 試験で神龍三匹を倒したため、その分の報酬がギルドから出たので、財布にはけっこう余裕があった。

続きは明日更新します。

ご感想やブクマに評価、まことにありがとうございます!

今後も頑張りますので、引き続き応援よろしくお願いいたします。さめは読者様の応援を食べて生きています。

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