一閃
凍り付いた場で、唯一プリムラだけが肩をすくめて笑う。
「ほら、これが普通の反応なんだってば。シオンは自分がおかしいことを自覚しないと」
「そう言われても、ほんとにこのドラゴンたちあんまり強くなかったしなあ」
「いやはや、あのステータスなら当然の結果なのだろうが……さすがの私も驚くしかないな」
やや落ち着きを取り戻したのか、フレイも苦笑いを浮かべて神竜の山を見上げてみせる。
そして、それが場の空気を変えるきっかけとなった。
ほかの冒険者たちが再びざわつき始める。ある者は顔を青ざめさせて、ある者は眉を寄せて、ある者はワクワクしたような笑顔を浮かべて――。
「お、おい……あいつ、マジで神竜を倒したのか?」
「そんな馬鹿な……神竜っていえば、モンスターの中でも最強クラスだぞ。無神紋が勝てるわけねえだろ」
「でもあいつ、あんなでっけードラゴンを担いできたぞ。あんなの普通の無神紋にできると思うか?」
「それじゃあやっぱりあいつが……?」
「す、すげえ……! 赤獅子の目は曇っていなかったんだな!」
半信半疑、というざわめきだが、誰もが目の前に起こっている事態に興奮しているようだった。
しかし、グスタフの一声がその騒ぎを切り裂いた。
「そ、そんな話、信じられるはずがないだろう!」
彼の顔からは、嘲るような笑みが消えていた。
かわりに浮かぶのは怒髪天をつくような憤怒の形相だ。血走った目でシオンを睨み付けながら、彼は吠える。
「おおかた同士討ちでくたばった個体を持ってきただけなのだろう! 貴様が倒したという証拠はない! もしくは赤獅子が裏で手を回したか! 卑劣なり!」
「ああ、なるほど。そういう見方もありますね」
「納得するんじゃないわよシオン! あなたが倒したって証明しないと!」
「いやでも的確なツッコミだなあと思って」
たしかにグスタフが言うように、死体だけならどうとでも用意できるだろう。
果たしてそんなことをする必要があるのかどうか、という点を抜きにして。
フレイも肩をすくめてグスタフへ渋い顔を向ける。
「私が手を回すのなら、そもそも最初からシオンの試験課題である、本物のブルードラゴンを用意するがね。神竜などわざわざ持ってこさせて何になるというんだ。パフォーマンスにしたって脈絡がなさすぎるだろうに」
「やかましい!」
まっとうなツッコミを意に介することもなく、グスタフはますますヒートアップしていく。
上着を脱ぎ捨てて右手をかざせば、そこに緑に輝く神紋が現れ、土中から鋭い根っこがいくつも生え伸びた。植物を操ることができる緑神紋の持ち主らしい。
「私もかつてはDランクまで上り詰めた冒険者だ。赤獅子の卑劣な策、今ここで貴様ごと叩き潰してやろうぞ!」
「えええ……俺と戦うっていうんですか?」
シオンは呆れる他ないのだが、グスタフの殺気は本物だ。
中年太りで衰えた体型ではあるものの、たしかにそこそこの実力があるらしい。
とはいえシオンの敵ではないだろう。ダリオも小馬鹿にしたような哄笑を上げる。
【わはは、バカがわざわざ死にに来たぞ。さあシオン、丁重にもてなしてやれ】
(うーん……いやでも、無駄な戦いは避けた方が……って、あれ?)
そこでシオンはふと気付く。
こちらにずかずかと近付いてくるグスタフに、片手の平をかざして制止を呼びかけるのだが――。
「あっ、グスタフさん。それ以上動かないでください。危ないですよ」
「ふんっ、小癪なことを! 何が危険だ!」
グスタフは気にせず足を進める。
一歩、二歩、三歩と距離を詰めた、その瞬間――彼の頭上に、巨大な影が差した。
「へっ……うぎゃっあああっ!?」
積み重ねられていたドラゴンの尾が動き、グスタフを彼の操る根っこごと叩き潰した。
そこそこの実力者でも歯が立たない、というプリムラの説明はどうやら正しかったらしい。
「グルァ、ぁ…………あ……!」
大量の血を滴らせながら、ゆっくりとドラゴンがかまくびをもたげる。
シオンが一刀両断にしたはずの親玉だ。
真っ二つになった体の断面からは菌糸のようなものが伸びており、肉体が修復されていくのが分かる。焼け焦げた鱗が剥がれ落ち、銀に輝く真新しい鱗が現れる。
「ひっ……! ふ、復活したあ!」
誰かが叫び、場の緊張が一気に高まる。
この場にいるのは、ほとんどがFランク試験に合格したばかりの新米だ。神竜の見た目の異様さも合わさって、全員が全員真っ青な顔で逃げ出そうとする。
だがしかし――そこに疾風が駆け抜けた。
「ごめん、半端に苦しませたね」
シオンである。
瞬時に剣を抜き放ち、魔炎を宿してドラゴンを切り裂いた。先ほどの一戦で、すでにコツは掴んでいた。刹那の瞬間に容赦なく幾重もの斬撃を浴びせかける。
「ッ、…………!」
今度の断末魔はひどく掠れたものだった。
ドラゴンの体は細切れとなり、辺り一帯にばらまかれる。剣先に付いた血を軽く払って、シオンはため息をこぼすのだ。
「びっくりしたあ。まさかあの状態から起き上がってくるなんて思わなかったよ」
「まあ、神竜って生命力も強いからね……それを倒しちゃうシオンもどうかしてるんだけど」
「いやはや、さすがとしか言いようがないな」
プリムラがやや引き気味に笑い、フレイは若干慣れたのか顎を撫でて軽くぼやく。
おかげで場もしーんとしてしまう。逃げようとしていた全員がシオンの手際を目撃したらしく、誰もが目を丸くしたまま固まっていた。
ひとまずシオンは倒れたグスタフを助け起こそうと手を伸ばす。
「すみません、お騒がせしました。もう大丈夫ですよ」
「…………」
「あっ、あれ……? もしもーし、グスタフさん?」
ゆすっても呼びかけても、グスタフが起き上がる気配はなかった。
どうやら昏倒してしまったらしい。ひとまず軽く回復魔法をかけて、あとはギルドの他の職員に任せることにした。
「あっ、ほかの皆さんもお怪我なんかは……み、皆さん……?」
そこで居合わせた一同を振り返り、シオンは目を白黒させてしまう。
居並ぶ冒険者が、みな真顔で黙り込んだまま、シオンのことを見つめていたからだ。
凝視に近い視線をいくつも浴びて、シオンはおもわず後ずさる。
(あっ、まずい……ラギとの一戦の後と同じ空気だ……)
無能で知られていたシオンがラギに勝利したあと、周囲の目は一変した。
それは好奇と畏怖のまなざしだった。
目の前で神竜を倒したシオンに彼らが向けるのは、きっと同じものだろう。
しかし、そこから先の展開はシオンの予想とまるで違っていて――。
「「「う……うおおおおおおお!」」」
「うわっ!?」
試験会場に、割れんばかりの歓声がとどろいたのだ。
続きは明日更新します。
読んでいただけてありがとうございます!
本章は明日でラスト、明後日からは次の章になります。そこそこ長くなりそうですが、そこで第一部完となり、キリは良くなるはず……!




