判明した勘違い
「ブルードラゴンだって!?」
受験者たちが一斉にどよめいた。
グスタフもまた顎を撫でて「ほう」と感心したように唸ってみせる。
「ブルードラゴンか。動きが素早く、そのかぎ爪から繰り出される連撃は熾烈そのもの。ルーキーにとっては最初の難関となるモンスターだな」
「はい。俺もひとりで倒せたのは初めてです」
青年も誇らしげに笑う。
そんな彼へと、他の受験者やギルドの職員などが惜しげもなく賞賛のまなざしを向けた。
「マジかよ、俺があの課題になってたら合格できた気がしねえわ……」
「やるじゃない! 同期として誇りに思うわ!」
「あ、ありがとうございます!」
青年は彼らへと一礼し、わっと喝采が起こる。
試験会場があたたかな空気に包まれた一方で――。
「…………」
【…………】
シオンだけでなく、ダリオも口をつぐんだまま凍り付いていた。
魔剣のダリオはともかくとして、シオンは顔面蒼白だ。
「ブルードラゴン……あれ、が……?」
「ああ、このあたりでは手強い方だな」
隣のフレイが感慨深げに補足してくれる。
彼もあのモンスターについてはよく知っているらしい。
「Fランク試験の課題はランダムだが、まさかあれを引いてクリアできる者がいるとはな。いやはや、今年はやはり豊作のようだ。シオンもうかうかしていられないぞ」
「いやいやいや同期が優秀みたいで俺も嬉しいですけど!?」
シオンはうろたえながらも、ビシッとブルードラゴンを指してみせる。
どこからどう見ても竜には見えないし、そもそも全身黄緑だ。ブルー要素も、ドラゴン要素も皆無である。
「全然ドラゴンっぽくないし、青くもないじゃないですか! なんでブルードラゴンなんて名前なんです!?」
「あいつは血液の色が目の覚めるような青色でな。そこから名付けられたらしい」
「もうちょっと外見で分かる名前を付けてくださいよ!?」
「いや、私が名付けたわけではないしなあ」
「どうかしたの、シオン。おなかでも痛いの?」
プリムラが不思議そうに首をかしげるものの、シオンは頭を抱えることしかできなかった。
この展開はマズい。非常にマズい。
(嘘だろ!? あれがブルードラゴンなら……俺が倒してきたのってなんなんだよ!?)
【どうやら『人違い』ならぬ『魔物違い』だったようだな……】
(や、やっちゃったああああああ!?)
つまりシオンは試験の内容にまったく関係のないモンスターを倒してきてしまったことになる。
ダリオも珍しく気まずそうにしているし……瞬く間に顔から血の気が引いていくのが分かった。
しかし現実は非情なもので。
打ちひしがれるシオンに、グスタフの怒声が飛ばされる。
「さあ! おまえで最後だ! 無神紋のシオン・エレイドル!」
「っ……!」
その声に応じ、全員の注目がシオンに集まった。
赤獅子ことフレイが直々に推薦する無才――矛盾をはらんだシオンの実力を、誰もが気にかけていたことは明白だった。
だがしかし、グスタフだけは違う。
下卑た嘲笑を隠そうともせず、シオンを笑いものにできる瞬間を、今か今かと待ち構えている。そのついでにフレイの顔に泥を濡れるのだから、それはそれは楽しみなことだろう。
(まずい……! どうする……!?)
シオンは必死になって考える。
しかしもう一度山に入って本当のブルードラゴンを倒してきたとしても、すでにタイムリミットは過ぎており……名案などひとつたりとも浮かばなかった。
「さあさあ、シオンの番よ! あっと驚かせてやりなさい!」
「ちょ、ちょっと待って……!?」
その上、プリムラに背中を押されてしまえば、衆目の前に立つほかなくなってしまう。もはや打つ手はゼロだった。
「さあ、おまえの成果を見せてみるがいい。シオン・エレイドルとやら」
グスタフはニヤニヤと笑いながらシオンを促す。
「この試験は冒険者の登竜門。無才の者が突破できるほど、生半可なものではない。おまけにたしか貴様の試験内容は……」
そこで懐から一枚の紙を取り出して、わざとらしく読み上げる。
「なんと、貴様の課題もブルードラゴン、しかも三匹とは。Fランクどころか、Eランク相応の難易度だな」
端からシオンには無理だと言いたげな口ぶりだ。
だが、彼は穏やかな声色で――そのくせとびきり色濃い嘲りをはらんでいた――問うてくる。
「どうだ、シオン・エレイドル。この課題はクリアできたか?」
「…………です」
ブルードラゴン一匹なら、山に入ってすぐ倒した。
だがしかし、そのあとすぐに逃がしてしまったために証拠は何もない。
倒した獲物はまったく異なる魔物らしいし、それを提示しても無意味だろう。
それゆえシオンは深くうつむいて、次の言葉を口にするしかなかった。
「ブルードラゴンは……倒せていません」
「くっ、ぐぶぶぶ……!」
グスタフが痙攣したように肩を震わせる。
汚泥が泡立つような水音を喉の奥からこぼし、やがてつばを飛ばして哄笑を上げた。
「ははは! これはお笑い種だ! フレイどのが目をかけるからどんなものかと思えば……やはり無能は無能だというわけだな! 赤獅子の目は相当曇っておられるようだ!」
「……」
安い挑発を受けながらも、フレイはただじっとシオンを見つめるだけだった。
その目には失望や落胆といったものは一切浮かんでおらず――むしろ『何か理由があったのか』と気遣うようなものだった。
それがかえってシオンの心に突き刺さる。信じて背中を押してくれた彼の期待を裏切ってしまったのは事実だからだ。
ほかの受験者たちもざわつき始める。
「おいおい、赤獅子の推薦って話はどうしたんだよ」
「いやでも、ブルードラゴン三匹なんて俺たちでも無理な課題だろ……」
「どうやっても合格させるつもりはないってことか……なんか、それはそれで胸くそ悪いなあ」
彼らは様々な目をシオンに向けてくる。
侮蔑、憐憫、好奇……それらははみな、かつて何の力も持たなかったシオンに注がれていたものと全く同じものだった。
だが、弁明の余地はない。
シオンはただ拳を握って、息を殺すことしかできなかった。
(くそっ……せっかく強くなれたっていうのに、俺は先へ進めないのか……!)
【シオン……】
ダリオが言葉を詰まらせる。
その場の空気はひどく冷ややかなものとなり、それが澱のようにシオンにまとわりつく。強く握った指先の感覚がなくなっていった。無力感が絶望と化し始める。
しかし、その空気が一変することになる。
「えっ、シオンの試験課題ってブルードラゴンだったの!?」
そのきっかけになったのは、場を切り裂くように放たれたプリムラの声だった。
彼女は目を丸くしたまま、続けて叫ぶ。
「だったらなんで神竜なんて倒したわけ!?」
『は……!?』
その場の全員が一斉に言葉を失った。
続きは明日更新します。
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