試験の審査
「遅いぞ! 馬鹿者が!」
「す、すみません!」
プリムラとともに試験会場に戻ると、いの一番で怒声が飛んできた。
もちろんグスタフのものである。彼は昼間よりも鋭い目でシオンを睨め付けて、忌々しそうに眉を寄せた。
グスタフは懐中時計を取り出して舌打ちする。
まだ夕日は沈みきっておらず、空には茜色が広がっている。時間の猶予は少しばかり残っていた。
「ふん、ギリギリまで粘ったか。こざかしい奴め」
彼は会場を見渡してから、最後にシオンを睥睨する。
あたりには疲労困憊といった受験者たちが勢揃いしていた。どうやら、ギリギリで戻ったのはシオンとプリムラの二人だけらしい。
それゆえシオンは恐縮してしまう。
「本当にすみません……お待たせしてしまって」
「バカを言え。誰が貴様のことなど待つものか」
グスタフは心底不愉快だとばかりに鼻を鳴らす。
そうして顎で示すのは、この場に集まった他の受験者たちだ。
「この場所に戻ってきた者から順に、すでに合否判定を下している。今回の者たちは非常に優秀だ。合格率は今のところ百パーセントとなる」
グスタフが示すように、たしかに他の受験者らは誰もが晴れ晴れとした表情を浮かべている。
Fランク試験は冒険者の登竜門だ。
それゆえ試験内容は比較的簡易なものとなるのだが、ここまでの合格率は滅多に見られるものではないという。
そうした内容を、グスタフはひどく誇らしげに話してみせた。合格者が多いことを心から喜んでいるようだ。
(この人、悪い人かと思ったけど、案外そうでもないのかも……?)
シオンがこっそりと彼のことを見直しかけた折、グスタフは胸を張って高らかに笑う。
「この成績を本部に報告すれば、それすなわち私の手柄になる! 中央への出世がますます近付くというわけだ!」
「は、はあ……」
どうやらただの野心から来るものだったらしい。
他の職員らに混じって様子を見ていたフレイが『やれやれ』とばかりに肩をすくめたのは、おそらくシオンだけでなく、その場にいた大勢が気付いたことだろう。
ともかくグスタフは気を良くしたのか、いくぶん穏やかな顔をしてプリムラを見やる。
「まあいい。それではそちらのお嬢さんから合否判定を下そうではないか」
「いえ、私よりシオンを先に見てもらってあげてください」
「そうはいかん。その無神紋は最後に物笑いの種として残して……いや、レディファーストというやつだ」
プリムラはこう言ったが、グスタフは頑として譲らなかった。
「俺は後でいいよ。先にどうぞ」
「そう……? まあ、シオンの後じゃ、あたしなんか霞んじゃうものね。お先に失礼するわ」
ウィンクひとつ残し、プリムラは肩で風を切るようにしてグスタフの元まで歩いて行った。
そのタイミングを見計らったのか、フレイがそっと近付いてきて片手を上げる。
「やあ、シオン。試験は無事にクリアできそうか?」
「もちろんばっちりです」
「それは何よりだ。まあ、おまえならやると思っていたがね」
フレイはわずかに相好を崩す。
そんな話をしている間にも、プリムラの審査は進んでいた。
どうやら誰が見ても分かるほどの好成績らしい。成果物を受け取り、検めていたグスタフは満足げにうなずいてみせる。
「うむ、間違いなく冠月草だな。保存状態も最高。文句なしの合格だ」
「ありがとうございます!」
「さすがは極彩色の射手……アスカ・フェイルノートの妹君。これからも精進するといい」
「あはは……姉さんに比べたらまだまだです。でも、お褒めいただいて恐縮です!」
比較的にこやかに審査は進む。
しかし周囲の者たちはグスタフとプリムラの話を聞いてざわつき始めた。
「そうか、どこかで見たと思ったら……フェイルノート家の子か」
「すげえ……今後はもっともっと上に行くだろうなあ」
「そりゃそうだろ、なんたってアスカさんの妹なんだからな」
誰もが期待のまなざしをプリムラへと注いでいる。
そんな周りの様子を見て、シオンはこそこそとフレイに問うのだ。
「あの、プリムラのお姉さんって有名人なんですか?」
「そうだな、西の国では特に。シオンもいつか出会うかもしれないな」
「フレイさんも会ったことがあるんです?」
「もちろん。一度や二度、顔を合わせた程度だがな。これがなかなかのくせ者で――」
フレイは苦笑しつつもプリムラの姉について語り始める。
しかし、それを最後まで聞くことは叶わなかった。
「お、遅くなってすみません!」
切羽詰まったような声が背後から上がったのだ。
その場の全員で振り返れば、山へと続く道から、大きな麻袋を担いだ青年が慌てて走ってくるのが見えた。彼は息を切らせて他の受験者たちの間をかき分け、グスタフの前までたどり着く。
荷物をどさっと下ろしてから、高らかに叫んだ。
「じゅ、受験番号五十二番、ゲイル……ただいま戻りました!」
「ふむ。貴様で最後だ。そして……」
グスタフがちらりと街の方へ目をやる。
すると、そこでちょうど鐘の音が鳴り響いた。
「悪運の強い奴め。時間ギリギリだぞ」
「ほ、本当に申し訳ありません……少々難易度の高い課題だったもので手こずりまして……」
「ほう、その口ぶりでは達成したようだな。どれ、成果を見せてみるといい」
「はい!」
グスタフの横柄な台詞にもかまわず、青年は溌剌と応えてみせた。
順番が終わったのでプリムラがこちらに戻ってくる。無事に合格したというのに、口を尖らせて心底腹立たしげだ。
「次はシオンの番のはずなのに。順番飛ばしなんてひどいわ」
「あはは……ここまで分かりやすいと笑うしかないね」
しかしその苦々しい笑みが一発で消え去る事態が起こる。
受験者の青年が麻袋を開いて――得意げな顔で言い放ったからだ。
「どうぞ、ブルードラゴン一匹です!」
「……へ?」
彼がブルードラゴンと呼んで、袋から取り出した獲物。
それは紛れもなく、シオンが山に入ってすぐに出会った、羽をむしられたニワトリに似た雑魚モンスターだったのだ。
続きは明日更新します。
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