VSドラゴン
親玉相手に悠長な手は取っていられない。
さっそくシオンは仕掛けることにする。詠唱、そして魔法の解放をものの三秒で済ませた。
「ミストウォール!」
その瞬間、シオンを中心として白い霧が発生した。何ということはない。単なる目隠しの魔法であり、攻撃力は皆無である。ともあれ小手調べにはもってこいだ。
シオンは駆け出し、素早く親玉へと肉薄する。
霧を切り裂くようにして軽く跳躍。有象無象のドラゴンたちの頭上を飛び越えて、親玉の背後に回る。
そして着地するより先に魔剣を振るった。狙うはその首筋、生き物ならばたいていの場合は急所となる箇所である。
「ふっ……!」
狙いは違えず、タイミングも完璧。
だがしかし、その剣先は――恐るべき硬度をほこる鱗によって弾かれてしまった。
「なっ!?」
「グルァッ!」
目をみはった次の瞬間、ドラゴンの尻尾がシオンを襲った。
直撃である。シオンは勢いよく吹っ飛ばされて、大きな岩に叩き付けられる。岩が砕けて破片が舞い、色濃い砂埃がもうもうと上がる。
奇しくもそこは、プリムラが隠れていた岩陰のそばで――。
「し、シオン!?」
プリムラが砂埃をかき分けて、慌てて駆け寄ってくる。
「っ……!」
そうして彼女は砕けた岩の残骸のただ中で、倒れたシオンを見つけ出した。
それを目の当たりにしてハッと息をのむ。しかし次の瞬間、だらんと投げ出されていた腕がぴくりと動き……シオンはあっさりと起き上がってプリムラに苦笑を向ける。
「あ、ごめん。びっくりさせちゃって。プリムラにケガはない?」
「嘘でしょ!? 私は大丈夫だけど……なんで無傷で済んでるわけ!?」
プリムラの驚きももっともだろう。常人なら今ので間違いなく即死だったと、さすがのシオンも理解している。
服はややボロボロになったが、シオンが負ったのは軽い擦過傷ばかりである。
どうやら魔法や剣の腕だけでなく、耐久力も常人離れしているらしい。
口元ににじむ血をぬぐいつつ、シオンは魔剣を見下ろす。
「さすがは親玉だなあ。他みたいに一筋縄じゃいかないか」
【当然だろう。長く生きた個体というのは、それだけ力量を秘めているものだ】
ダリオが鼻を鳴らして相づちを打つ。
しかしすぐにニヤリと笑うようにして続けることには――。
【つまるところ、汝の相手にとって不足なし! さあ行けほら行け、ぶちかませ! 我が弟子よ!】
「師匠、完全に観客気分ですね?」
もしくは賭場で全財産を突っ込んだチンピラめいていた。
師へツッコミを入れるシオンに、プリムラが怪訝な顔をする。ダリオの声はシオンにしか聞こえないのだ。
「シオン、今誰かと話してた……? ひょっとして頭を打ったせいで幻聴とか!?」
「ああ、気にしないで。それよりも――」
「へ?」
そこで言葉を切って、プリムラの手をぐっと引き寄せて後ろに跳ぶ。
その瞬間、彼女が立っていた場所に青白いビームが突き刺さった。広範囲にわたって地面が凍り付き、氷柱が屹立する。
抱き寄せたプリムラの耳元で、シオンはそっと囁いた。
「離れて。きみを巻き込みたくはないから」
「わ、わかった……!」
プリムラはこくこくとうなずいて、素早く走り出す。
しかし少し距離を取ったあと、シオンの方を振り返った。気遣わしげな目をしていたものの、その顔にはワクワクしたような笑顔が浮かんでいる。
「なんだかよく分かんないけど……それだけメチャクチャなシオンなら、あいつにだって勝てる気がするわ! 頑張って!」
「もちろん!」
その声援が、シオンにさらなる力を与えた。
次の瞬間、またも凍てつく波動が襲い来る。今度はそれを魔剣で弾いた。
ちょっとした賭けではあったが、ビームは魔剣の切っ先に触れた瞬間にあらぬ方向へと曲がってしまう。シオンは軽い歓声を上げた。
「おお、さすがは伝説の魔剣! ビームも斬れるんですね!」
【当然だろう。そいつは我が愛用した剣だぞ】
ダリオが自慢げに笑う。
【それ相応の腕前があれば、形なきものを斬ることも可能だ。おまけに丈夫ときた。そうそう折れることもないゆえ好きに使うがいい。我も昔は相当な無茶をしたからな】
「ああ。師匠、大昔泥酔して、この剣で岩山に大きなトンネルを掘ったらしいですね」
【なんだ、そんなことまで後世に伝わっているのか。いやはや懐かしい。目的地への近道が欲しくてな、一晩でやり遂げたんだ】
「あの逸話本当だったのか……」
眉唾物の伝承だと思っていたが、あっさり肯定されてしまって辛い。
と、そんな話をしている間にも親玉の猛攻は続いていた。
シオンの眼前に轟音とともに降り立って鋭い爪を振り下ろす。それをシオンは剣でいなして、返す刀で斬りかかった。しかし結果は先ほどと同じ。硬質な鱗にわずかな傷を刻むばかりで、ダメージらしいダメージを与えられずにいた。
(強くなったとはいえ……まだまだ修行が必要、ってことかな)
シオンは胸の内で独白する。
とはいえ落胆はまるでなかった。むしろ心が沸き立つ思いだ。
まだ学ぶべきことがあるということは、まだ上があるということだ。
もっと強くなれるということだ。
誰もが持つはずの才能を持たなかったはずの自分に、明確な可能性が見えたのだ。
胸が躍らないはずはなかった。ワクワクはそっくりそのままシオンの闘志に変換された。
大きく跳んで距離を取り、素早く呪文を唱える。
「剣が無理なら……フレイムバースト!」
「ギァッ!?」
燃えさかる紅蓮の炎が渦と化し、ドラゴンに襲いかかった。苦悶の鳴き声を上げながら、巨体をくねらせもがき苦しむ。
炎は氷に打ち勝つ。その読みはどうやら当たっていたらしい。
しかし決定打には至らなかった。炎はじわじわとドラゴンの身を焼き焦がすものの、抵抗を受けて次第に勢いが弱まっていく。
「これで足りないなら、イチかバチか……!」
シオンはもう一度呪文を唱える。連打のダメ押し、というわけではなかった。別の一手をひらめいたのだ。かざした左手に、新たな炎が渦を巻く。
「炎よ! 剣に宿れ!」
仕上げの呪文はオリジナルだ。炎が剣に吸い込まれ、銀に輝く刀身が紅蓮に染まる。
その瞬間、シオンは地面を蹴りつけて垂直方向に飛び上がる。
躍り出た先は親玉のすぐ目の前だ。
裂帛の気合いとともに放つのは――入魂の一刀。
「っ、やああああ!」
「グルァァァァアアアアア!?」
炎を伴う斬撃が、ドラゴンの親玉を真っ二つに切り裂いた。
山を揺るがすほどの断末魔がこだまする。
やがて地面にドサッと落ちたその死体は、まるで魚を捌いたかのように、綺麗に三枚におろされていた。心なしか、焼き魚のようないい匂いが漂ってくる。
そこに至って、ダリオが感心したように唸ってみせた。
【ふむ、魔剣に炎を宿して斬るとはなかなか考えたものだな。我もよく使った手だ】
「ありがとうございます。ちょうど師匠のその逸話が浮かんだんですよ」
かつてダリオは魔剣にあらゆる魔法を付与し、さまざまな立ち回りを行ったという。
剣で岩山を掘ったという伝説を思い出したため、そちらの逸話もついでに脳裏に浮かんだのだ。
伊達に英雄オタクをやっていない。
そんな話をしている間に、他のドラゴンたちが一目散に逃げ出してしまっていた。親玉がやられたことで、敵わないと踏んだらしい。
ともあれ今回の目的は計三匹の討伐だったため、シオンもはなから見逃すつもりでいた。
人間相手に痛い目を見れば、一般人を襲うこともなくなるだろう。
飛び去っていくドラゴンの群れを見送りながら、シオンはふと眉を寄せる。
「やってから聞くのも何ですが……師匠、今の熱くなかったですか?」
【剣に神経が通っているわけなかろう。なんともないわ】
「よかったあ……」
無我夢中でやってしまったが、ダリオに被害がなくてホッとする。
ともかくこれでノルマクリアだ。剣を鞘に収めて、改めて親玉の亡骸を見るとその実感がじわじわと湧き上がってきた。シオンは小さく吐息をこぼす。
「これでFランク試験突破か……すごいな、こんなところまで来るなんて」
ここは、つい少し前までの自分が、心の底から憧れていた場所だ。
そして今、シオンはそこに立っている。
感慨に浸っていると、明るい声が耳朶を叩いた。
「シオン!」
「ああ、プリムラ。無事でよかっ、うわっ!?」
振り返ってすぐに、勢いよく体当たりを受けた。
なんとか踏みとどまるものの、プリムラがシオンの首に腕を回してぎゅうぎゅう抱きついてきたので息が詰まった。真っ赤になるシオンにはお構いなしで、彼女はキラキラした笑顔で言う。
「すごいわ! まさか本当に主を倒しちゃうなんて! 見ててハラハラしちゃったけど、とにかくすっごい戦いだった!」
「あ、ありがとう……」
その心からの賞賛に、シオンはドギマギとお礼を言うことしかできなくて。
華々しい勝利と、それを祝してくれる女の子……英雄に付きものの二点セットを、顔を赤く染めながら噛みしめるしかなかった。
続きはまた明日更新します。
ブクマや評価、まことにありがとうございます!
本章はあと四話。その後は次の章となります。この章か、次の章までは毎日更新のつもりですが、追いつかなくて休載することもあるかと思われます。その際はのんびりお待ちいただければ幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。お暇つぶしになれば嬉しいです!




