謝罪と仲直り
巨大な岩陰を見つけてプリムラを休ませれば、しばらくして目を覚ました。
岩に腰を落としたまま、深い息をこぼしてシオンの顔を見やる。
「びっくりしたあ……まさかこんなところでシオンと再会するなんてね」
「俺も驚いたよ。ひょっとしてプリムラの課題も、あのドラゴンだったりする?」
「そ、そんなわけないじゃない。あたしのミッションはこれよ」
プリムラは胸元をごそごそと漁り、紐で縛った草の束を取り出した。
小ぶりな白い花を咲かせており、爽やかな香りがする。
「冠月草っていう薬草なの。この山の中腹に生えているんだけど、意外と見つけにくいんだから」
「中腹……? だったらなんでプリムラはこんな山頂にいるんだよ。試験をクリアしたんだったら、とっとと山を下りればよかったのに」
「うっ……あたしもそのつもりだったんだけど……」
プリムラは気まずそうに顔を背けてから、がっくりと肩を落としてぼそぼそと打ち明ける。
「山を下りるつもりが、山道をまったくの逆方向に進んでいて……気付いたときには山頂に出てて、引き返そうとしたときにあのドラゴンに見つかっちゃったのよ」
「そういえば試験会場でも『道に迷って遅れた』って言ってたね……」
どうやら彼女、筋金入りの方向音痴らしい。
シオンが苦笑していると、プリムラはキラキラした笑顔を浮かべてまっすぐに告げる。
「でもとにかく本当に助かったわ、ありがとう。あなたは命の恩人よ」
「ど、どういたしまして……」
シオンはそれに笑みを返したが、少々どもってしまったのはご愛敬だ。
何しろプリムラもかなりの美少女なのだ。太陽のような笑顔がまぶしい。宝石のような大きな瞳には溢れんばかりの好意に満ちていた。そんな美少女から笑顔を向けられて軽くいなせるほど、シオンは経験を積んでいなかった。
ダリオが【やるではないか、色男】と茶々を飛ばしてくるので、ますます顔が赤くなる。
しかしそのプリムラから笑顔が消えた。
彼女はどこか申し訳なさそうに肩を落とし、しゅんと頭を下げてみせる。
「でも、さっきはごめんなさいね。無神紋って知って、よそよそしくしちゃって……」
「へ? ああ、いいよ別に。気にしてないって」
たしかに先ほどシオンが神紋を持たないと知って、プリムラと距離ができたことを感じた。
とはいえ、正面切って見下されることの方が多いため、あの程度の反応ならむしろ優しい方だ。
しかしプリムラはしょんぼりしたまま続ける。
「あたしの生まれた故郷では、無神紋って『前世で大きな罪を犯した証』って言われているの。それでちょっと怖くなっちゃったのよね……おまけに初めて見たし……」
「へえ、そんな説があるんだ」
前世がどうとかシオンには一切自覚はないが、そうした俗説があるのなら周囲の目もある程度は仕方ないのかもしれない。
(師匠が言ってた、聖堂教会ってのが流した教義が残っているのかもしれないなあ……)
神紋を崇めていた大昔の宗教団体。
ダリオの手によって壊滅したという話だが、現世に渡ってもその影響が残っているらしい。
そんなことを考えつつもシオンは手をぱたぱた振る。
「慣れてるから気にしなくていいよ。むしろちゃんと謝ってくれただけでも、俺はすっごく嬉しいからさ」
「シオン……」
プリムラは目を潤ませてシオンのことをじっと見つめる。そうしてかぶりを振ってから――さっぱりと笑ってみせた。
「あたし、間違っていたわ。あなたみたいな人が、悪い人なわけないものね。もしシオンがよかったら……これからも仲良くしてくれると嬉しいんだけど……ダメ?」
「そんなことないよ、大歓迎だよ! よろしくね、プリムラ」
「うん!」
ふたりは再び握手を交わす。
試験会場でも行った挨拶だが、あのときよりもずっと彼女との距離が近くなったのを感じた。
「仲直りできてよかったわ。まったく、無神紋の噂なんてあてにならないもの……あれ?」
「うん? どうかした?」
ホッとしたようにため息をこぼしていたプリムラだが、不意にその眉が寄せられる。
そうかと思えばシオンの顔を穴が開くほどに凝視するのだ。
「ちょっと聞きたいんだけど……シオンって無神紋なのよね? 何の才能も持たないっていう」
「ああ、うん。そうだよ。剣も魔法も昔は全然できなくてさ」
「でもあたしの記憶違いじゃなきゃ、シオンってばあのドラゴンを倒しちゃったわよね?」
「そうだけど?」
シオンが軽く答えると、プリムラは絶句する。
目を丸くしたまま彼女はかすれた声をこぼした。
「嘘でしょ……あいつらってこの山の主なのよ?」
「あ、そうなの?」
「そうなの、って……軽いわねえ。Cランクの冒険者でも手こずるはずの強敵なんだから」
プリムラの話では、あのドラゴンはこの一帯に生息する中では最強と謳われるモンスターらしい。
この山の頂上を住処としているものの、ときおり山を下りて荷馬車を襲ったりする。
そのためギルドには常に討伐依頼が出されているものの、並の冒険者では束になっても敵わないため誰も手を出そうとしないという。
そこまで説明してみせて、プリムラはじーっとシオンを凝視する。
その目に浮かぶのはありありとした猜疑の色だ。
「何の才能も持たない人が易々と倒せる相手じゃないわ。ほんとにシオンって神紋を持っていないの? いえ、そもそもほんとに新米冒険者? 実力を偽って試験を受けに来た熟練とか、そんなのじゃないの?」
「そんなまさか。普通の新米冒険者だよ」
「でも神紋もなしに、どうやってあんな強くなれるっていうのよ」
「それはもちろん、人の何倍も地道に努力したからとしか」
「えええ……努力で強くなるって言ったって限度があるでしょうよ」
プリムラはいまいち信じられないのか、あごを撫でて思案顔を作る。
うさんくさい説明だとシオンも理解していたものの、真実を打ち明けるわけにもいかないので曖昧にしておくのが吉だった。
そこでふと思いつくことがあった。
悩み続けるプリムラの顔をのぞき込み、シオンは尋ねる。
「話は変わるけどさ。ひょっとしてプリムラって、さっきのドラゴンに詳しかったりする?」
「えっ? まあ、多少は詳しいけど……なんで?」
「じゃあ、あいつらの巣も分かったりする?」
「そんなの当然よ、だってあいつらの生息区域はそっくりそのまま立ち入り禁止区域だもの。この辺の人たちはみーんなそこを避けて山を越えたりするんだから」
「ならよかった!」
求めていたとおりの返答に、シオンは相好を崩す。
プリムラの手をもう一度ぎゅっと握って頼み事を告げる。その内容はもちろん――。
「あいつらをあと二匹、倒さなきゃいけないんだ。よかったら、その巣まで案内してくれないかな」
「危険地域って言ったはずなんだけど!?」
プリムラの悲鳴のようなツッコミが岩陰に響き渡った。
続きは明日更新します。
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