天色の襲撃者
デトワール山の頂上は、雲を見下ろすほどに高い。
そのため山頂付近ともなれば空気も薄く、生息する動物も数少ない。植物もまばらで、ゴツゴツした岩肌がむき出しになっている。一言で表すとするならば殺風景な場所だった。
シオンはあたりを見回して首をひねる。
「どこにもいないなあ……強そうなモンスターなんて」
ここにたどり着くまでの間、シオンはあちこちを探索して回った。
試験の課題であるブルードラゴンなるモンスターを見つけ出すためだ。
しかし出くわすのは弱いものばかりで――どれもこれもシオンがちょっとデコピンしたり、剣の鞘で小突いたり、弱い魔法を加減して使っただけでぶっ飛んでしまった。
そんなものをいくら倒そうとも、試験を合格できるとはとても思えない。
そういうわけで探索を続け……そうこうするうちに、とうとう山頂までたどり着いてしまったのだ。
ダリオも訝しげに唸るばかりだ。
【ひょっとすると、よほどレアなモンスターを指定されたのかもしれないな。どうする、そろそろ時間だぞ】
「うーん……とりあえずこのあたりを確認してみます」
今日の夕刻までが期限のはずだが、太陽はすでに沈みかけている。猶予はあと一時間あまりと見ていいだろう。
シオンはざっとあたりを見回してみる。
周囲には大きな岩がゴロゴロと転がり、起伏も激しい。おまけに深い霧も立ちこめて、ひどく見通しが悪かった。冷たい風が吹きすさぶ音以外、何も聞こえない。
それでもシオンが目をこらし、遠くの方を確認しようとした、そのときだ。
「うん? この、声は……」
耳がかすかな声を拾い、シオンは手近な岩へと登る。
そこから急勾配の下り坂となっており、はるか眼前に細い小道が見えた。そしてその小道を必死に逃げるのは――シオンの知る顔だった。
「プリムラ!?」
試験会場で出会った少女、プリムラである。
血に濡れた右手をもう片方の手で庇っており、服も最初に会ったときとは比べものにならないほどボロボロだ。彼女は何度も小さな岩に転びそうになりながらも、必死の形相で逃げていた。
何から?
もちろん強大な脅威からである。
その姿を見て、シオンはハッと息をのんだ。
「ど、ドラゴンだ……!?」
それは、ひどく美しい竜だった。
全長およそ二十メートル。細いシルエットは蛇のようであり、尾は針のように細く、全身が銀細工のように細かな鱗に覆われている。薄氷のような羽は、向こうの景色が透けて見えるほどだ。
宙空を泳ぐように飛行して、プリムラの後を追うそのドラゴンは――太陽の光を受けて、青白く輝いていた。
ダリオが感嘆に近い声を上げる。
【おお、ひょっとしてあれがブルードラゴンというやつでは? 青いし。よかったではないか、念願の獲物が見つかって】
「そ、それはそうですけど……っ!」
シオンはごくりと喉を鳴らし、逃走を続けるプリムラへと目を向ける。
ちょうどそのタイミングで、彼女は出っ張った岩肌に足を取られて躓いてしまった。
「きゃぅっ……!」
悲鳴とともに地面に転がるプリムラ。
その瞬間、ドラゴンがその目をかっと見開いた。
獲物を追い回して遊ぶのにも飽きたらしい。
体をまっすぐ伸ばし、矢のように空を切り裂きプリムラめがけて突進する。絶体絶命の窮地。恐怖に顔を凍り付かせた彼女には、それを脱する術はひとつもないだろう。
「まずい!」
考えている暇もなかった。シオンは足下の巨岩を蹴りつける。
青白く輝くドラゴンの頭上に躍り出て、素早く魔法を紡いで放つ。
「《パラライズ》!」
まっすぐ伸ばした指先から電撃が打ち出され、ドラゴンの頭を打ち据える。山にいたどのモンスターも、この魔法一発で昏倒した。
しかし電撃はドラゴンの鱗にぶつかった瞬間、ばぢっと音を立てて消えてしまった。残ったのは薄い焦げ跡だけである。
(っ、弾かれた……!?)
奇襲は失敗。しかし幸運なこともあった。
「ル……ウウゥウウ」
ドラゴンが空中でぴたりと動きを止め、シオンに目を向けたのだ。
動かなくなった獲物より、突然の闖入者に興味を引かれたらしい。
プリムラには目もくれず、低いうなり声を上げて落下するシオンを睨め付ける。
ゆっくりと開かれていく口の奥からは、凍てつくような冷気が迸った。いわゆる竜の波動――ドラゴンブレスを放つつもりなのだろう。
【どうやら他の有象無象とはレベルが違うらしいな! さあ、どうする?】
「だったら……大技で押し切りますよ!」
楽しげな師へ、シオンもまたニヤリと笑みを返してみせた。
自由落下に身を任せ、瞬く間もなくドラゴンとの距離が縮まっていく。先に仕掛けたのは向こうからだった。
ドラゴンの喉の奥で青白い光が十字に瞬いた次の瞬間、青白いレーザー光線がシオンめがけて放たれた。
空気中の水蒸気を氷の粒に変えながら、宙空を白に染めていく。そしてその光が眼前に迫ったとき、シオンの呪文も完成した。
「《サンダーブレイズ》!」
その手のひらから放たれるのは、先ほどの電撃とは比べものにならないほどの暴雷だった。神の鉄槌と称しても遜色ないほどのそれが荒れ狂い、レーザー光線ごとドラゴンの体を打ち据えた。
「ウ――!?」
光が弾け、ドラゴンの声なき断末魔が響きわたる。
光の嵐が収まったあと、そこには黒焦げになったドラゴンの遺骸が転がっていた。
あたりの岩肌もズタズタに焼け焦げており、ひどい熱気が満ちており、威力のすさまじさを物語る。
そんな中、プリムラはドラゴンの前でぽかんと座り込んでいた。
シオンは軽く着地して、彼女へ声をかける。
「大丈夫!? プリムラ!」
「し、シオン……?」
プリムラの目が驚愕に見開かれる。
かすれた声で言葉を続けようとするものの――。
「なんであなたが、こんなとこ……に……」
「プリムラ……!?」
プリムラの体がぐらり揺れる。
あわてて駆け寄れば、シオンの腕の中に倒れ込んでしまった。どうやら気絶してしまったらしい。彼女を担ぎ上げて、シオンは小さくと息をこぼす。
「どこかで休ませないと……他のドラゴンが来るとまずいし、まずはこの場所を離れますね」
【おいおい、汝は正気か?】
ダリオが呆れかえったような声を上げる。
【課題はそのドラゴン三匹のはず。もう残り時間はあとわずかだし、この場にとどまってあと二匹を探すのが効率的だろう。それに、何より――】
そこでダリオは言葉を切る。
今は剣の姿ではあるものの、シオンの脳裏にはプリムラを指し示す師の姿がまざまざと浮かんだ。
【そもそもその女も、汝が無神紋と分かって離れていくような薄情者ではないか。助けてやる必要などあるのか?】
「それはそれ、これはこれですよ。師匠」
【ふん、お人好しめ。おぬしはそうほざくと思っていたわ】
シオンがあっさりと断言すると、ダリオは鼻を鳴らすようにして笑ってみせた。
嘲るような台詞だが、彼の声はあからさまに弾んでいた。なんだかんだと言いつつも、お人好しの弟子を好ましく思ってくれているらしい。
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