悪魔の技術
本日はまた夕方にも更新します。
【我の生きていた千年前なら、神紋を持たない者はそう珍しい存在ではなかった。むしろ、神紋持ちの方が少なかったくらいだな】
「そうなんですか? あれ、でも師匠は神紋を持たないからって馬鹿にされたんですよね?」
そしてその怒りを原動力にして、ダリオは気の遠くなる修行を積んで強さを手に入れた。
だが無神紋がマイノリティでなかった時代なら、それほど揶揄されることもないはずだ。
シオンがそう尋ねると、ダリオは鷹揚に「そうだ」と肯定する。
そうしてため息交じりにこう続けた。
【我の幼少期は、無神紋への偏見はなかった。それが広まったのは我が長じてから……あの忌々しいゴミ集団、聖紋教会が現れてからだ】
ダリオはその単語を、ひどく苦々しい物でも口にしたように吐き捨てた。
それにシオンは少しだけ『おや?』と不思議に思う。
師の口が悪いことは百も承知だが、彼が何かを悪し様に言うときは揶揄するようなニュアンスが多分に含まれていた。
だがしかし、その『聖紋教会』に関しては違う。
憎悪でも、呆れでもない。
もう二度と関わりたくないという、辟易とした思いだけが伝わってきたのだ。
シオンはそれが気になりつつも、黙ってダリオの話に耳を傾けた。
【聖紋教会は表向き、神紋をあがめる宗教団体だった】
彼らは当時広まりつつあった神紋を『神より与えられた祝福』だとし、それを持たない者は『落伍者』であると説いた。
単にそれだけならば、民衆の反感を得るだけで終わっていただろう。何しろ当時の人間は大多数が無神紋だったのだから。
だが、聖紋教会はとあるひとつの切り札を持ってして、世界の隅々にまで広がっていく。
【教えを広めるために、奴らは何をしたと思う?】
「さ、さあ……」
【信者から金を巻き上げて……その額に応じた神紋を授けてやったのだ】
「えっ!?」
神紋を授ける。その突拍子もない言葉にシオンは仰天する。
誰しもが生まれながらに持つ神紋。
それを新たに得ようと思えば生まれ変わるか、もしくは――脳裏に思い浮かんだ最悪の単語を、シオンはごくりと喉を鳴らしてから発した。
「まさかそれって……神紋手術ですか?」
【その通り。その反応を見るに、この時代にも残っているようだな】
「残ってはいますけど……何処の国でも違法ですよ。受けても施しても厳しく罰せられるはずです」
【それはそうだろう。あんな危険な技術をのさばらせていいはずがない】
神紋手術。
それは文字通り、神紋を授ける魔法手術のことだ。
特殊なインクと針を用いて、体に直接神紋を刻み込むという。
それだけ聞けば夢の技術に聞こえるが、体への負担が著しく大きい。死亡率は三割を越え、運良く生き延びたとしても精神に異常を来したり、肉体が変質してしまう例もあるらしい。
シオンもそういう裏の技術があると、噂で聞いたことがあるだけだ。
【当時の技術でも、死亡率は七割を越えた。それでも民衆は有り金をはたいて神紋を買った。神紋があれば、それなりに稼げる仕事に就けたからな】
夢の技術に民衆はすべてを賭け、一部の幸運な者以外は死ぬか、廃人になって街の隅に転がったという。
聖紋教会は国や貴族に大金を握らせ、自分たちの活動を後押しさせた。神紋手術は規制されることもなく、野放しにされたという。
【そして……我の姉は、その手術のせいで命を落とした】
「っ……」
ダリオのあっさりとした告白に、シオンは小さく息を呑んでしまう。
山中を散策していた足も止まった。そんなシオンに、ダリオがかすかに笑う。
【何を動揺する。千年以上も昔の話だ。汝には何の関係もないだろうに】
「そ、そういうわけにはいきませんよ。だって、師匠のお姉さんですし……」
シオンは軽く瞑目し、魔剣を両手で掲げて頭を下げる。
「その……ご冥福をお祈りいたします」
【何を言い出すか。我もすでに故人ゆえ、祈られる側だぞ、どちらかと言うと】
それに、ダリオは呆れたように笑ってみせた。
声にいつもの明るい調子がすこしだけ戻る。師は、そのまま何でもないことのように続けた。
【まあ、それで我は誓ったのだ。我だけは神紋などという腐れた証を得ることなく……奴らが蔑む無能のまま、奴らをひねり潰してやろうとな】
「で、見事にひねり潰したってわけですか」
【そうだとも! あっ、もちろん表立ってはやっておらんぞ。奴ら当時はそれなりに信者がいたからな。闇討ちであちこちの支部を襲撃してやったものよ!】
「英雄じゃなくてアサシンだ……」
ともあれダリオの暗躍によって聖紋教会は壊滅。
神紋手術も下火となって、あとには無神紋への差別と、すこしだけ増えた神紋持ちが残ったという。
「でも、神紋手術はまだあちこちで行われているって言いますよ」
【そうなると、どこかに残党がいるのかもしれないな。もしくは技術だけかすめ取った愚か者か……ふむ、厄介なことだ】
ダリオは考えこむようにして口をつぐむ。
遙か昔の記憶を思い起こし、複雑な心境なのだろう。
だからシオンは明るい声を努めて言う。
「だったら簡単な話じゃないですか」
【む?】
「俺が師匠のかわりに、その残党をひねり潰しますよ」
【……その必要はない。我とやつらの因縁は千年前に終わったものだ】
「でも、師匠の敵は俺の敵でもあるじゃないですか」
渋るようなダリオに、シオンはニヤリと笑う。
「Sランクになることと、悪党をひねり潰すこと。その両方を無茶振りするくらいじゃなきゃ師匠らしくありませんって」
【はっ……バカを言え。我が本気で無茶振りしたら、汝なんぞ泣いて命乞いするに決まっておるわ】
ダリオは揶揄するようにくつくつと笑った。
本格的にいつもの調子が戻ったようだ。それにシオンはほっと胸を撫で下ろしつつも、先ほど聞かされたばかりの話を噛みしめる。
(師匠の過去に、そんなことがあったなんてな……)
軽く語って聞かされたものの、それは師がかつて抱いた感情を推し量るには十分すぎるものだった。
物思いに沈むシオンへ、ダリオはやいやいと声をかける。
【ほれ、ぼーっとしている暇はないぞ。Sランクや悪党退治もいいが、汝はまずブルードラゴンとやらを……】
そこでダリオがはたと口をつぐむ。
シオンもまた思考を切り替えて、呼吸を静かなものへと変えて気配を殺す。
ふたりが意識を向けるのは真正面に広がる藪――その向こうだ。そちらからは草がこすれる微かな音が小さく響いてくる。
「……何かいますね、師匠」
【その、ようだな……】
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