試験会場にて
本日ラスト!
「遅いぞ! 馬鹿者めが!」
「す、すみません!」
シオンが試験会場にたどり着いたとき、すでにそこには大勢の人が集まっていた。
受験予定らしき若い冒険者たちの正面には、ギルド職員の制服を着た面々が立ち並んでいる。
その中から、でっぷり太った小柄な中年男性がシオンへ怒号を飛ばした。
どうやらギルドでそれなりの地位にいる男のようで、上等な衣服に身を包んでいる。
シオンは彼にぺこぺこと頭を下げて、冒険者の中に紛れ込む。
デトワールの冒険者ギルドに行くと、試験は別の場所で行われることを知った。
それで、慌ててこの試験会場――デトワール山のふもとに広がる広場まで走ってきたのだ。急いだものの、どうやらギリギリだったらしい。
(うう……試験前から幸先悪いなあ)
周囲の冒険者たちからは、嘲るような笑い声がちらほら聞こえてくる。
どうやらライバル達に自信を付けさせてしまったらしい。しかし、そんな中。
「ねえ、あなた大丈夫?」
「えっ」
ハッとして顔を上げれば、すぐ側にいた女の子が心配そうにこちらを見ていた。
赤い髪をツインテールにした、活発そうな出で立ちの少女だ。背中には大きな弓矢を背負っている。年のころはシオンとさほど変わらないように見えるが、彼女もこの試験を受けるということは冒険者としてそれなりの実力を有しているのだろう。
周囲が白い目を向ける中、少女はシオンに笑いかけてこそこそと声をかける。
「あたしも道に迷って遅刻ギリギリだったのよ。だからそんなに気にすることないわ」
「あ、ありがとう。俺、シオンっていうんだ。君は?」
「あたしはプリムラ。お互い頑張りましょうね、シオン」
「うん、よろしく!」
プリムラはそう言って右手を差し出してくる。
その手をぎゅっと握り返せば、気持ちがすっと落ち着いた。
(いい人もいるんだなあ……)
シオンがしみじみと人の温かさに感じ入っていると、先ほどの太った中年男が舌打ち混じりにかぶりを振る。
「まったく、最近の若い奴らにはほとほと呆れるばかりだ。ともかくまずは出欠を取る。名前を呼ばれたら返事をするように」
そのまま彼は書類の束を取り出して、おざなりに名前を読み上げていく。
あちこちから威勢のいい声が響き、ついにシオンが呼ばれた。
「シオン・エレイドル」
「は、はい!」
「なんだ、遅刻した貴様か。貴様の名前と顔は覚えておくとして……む?」
中年男はシオンのことを睨みつけるものの、不意にその目がすがめられる。
じっと紙の束を見つめ、やれやれとかぶりを振る。
「ちっ、書類も不備があるではないか。おい貴様、前に出ろ」
「はい?」
言われるままにシオンは人垣をかき分けて前に出る。
この試験の受験許可証を発行してくれたのはフレイだ。
真面目な彼が、そうそうミスをするとも思えなかったのだが……首をひねっている間に、中年男性は手早く呪文を唱えた。
「旧き精霊達よ、この者の祝福をここに示せ」
呪文によって生じた光がシオンの右手を包み込む。
何度見たかも分からない、神紋を判定する魔法である。
しかし当然ながらシオンの右手には何の印も浮かび上がることはなく、光はすぐに霧散してしまう。
「なに!? 無神紋……だと!?」
「「「なっ……!?」」」
その結果を目の当たりにして、中年男性のみならず、居合わせた全員――先ほど声をかけてくれたプリムラまでもがどよめいた。
「神紋の欄が無記入であった故、不備かと思ったが……無神紋だったとはな。それでよくこんな場所に顔を出せたものだ」
「あはは……」
蔑むような中年男性の物言いに、シオンは苦笑する。この反応もよく見たものだ。
だからこ臆することなく胸を張り、彼らに向けて言葉を投げかける。
「たしかに俺は神紋を持ちません。でも、必死に修行して――」
「話にならん!」
「なっ……!」
シオンの言葉に耳を貸すこともなく、男が紙の一枚を破り捨てる。
風に散らばる紙片にはシオンの名前が書かれているのが見えた。おそらくフレイが手配してくれた書類だろう。
呆然と立ち尽くすシオンへと、男はしっしと追い払うように手を振った。
「神紋を持たぬような無才なら、試験の結果は目に見えている。時間の無駄だ。とっとと帰るがいい」
「ど、どうしてですか!? 許可ならちゃんといただきました!」
「それだ。いったいどこの馬鹿が無神紋などに受験許可を与えたのか……」
男はぶつぶつと文句をこぼしつつも、シオンのことを睨みつける。
「ともかく貴様は不合格だ。これ以上とやかく言うつもりなら、うちの職員をもってして排除させてもらうぞ。他の受験者達の邪魔になるからな」
「そ、そんな……!」
「シオン……」
プリムラも青い顔で何か言いたそうにしていたが、周囲の様子をうかがって口をつぐんだ。
男だけでなく、プリムラをのぞく全員がシオンに白い目を向けていた。
それは故郷の街でシオンが受けていたものより、数段強い侮蔑の眼差しだ。
(そういえば聞いたことがあるな……都会ほど、無神紋への差別が激しくなるって)
都会には神紋ごとの養成学校があったりと、神紋に対する意識が非常に強い。
それゆえ、のんびりした田舎とは比べものにならないほどに、神紋を持たない者への差別が横行しているという。
話には聞いていたものの、思っていた以上のようだ。
緊迫の空気が満ちる中、ダリオはさも愉快そうにくつくつと笑う。
【ほう、これはまた面白い挑発だな。この場の奴らを蹴散らしてやれば、簡単に汝の力が示せるのでは?】
(ダメですよ! 事を荒立てたら試験を受けるどころじゃなくなります!)
かと言って、この場を打開するような手は見つからなかった。
(い、いったいどうすれば……!)
シオンがぐっと拳を握り、逡巡したそのときだ。
「待ってもらおうか」
そこで、よく通る声が響いた。冒険者の人垣がざっと開いて現れるのは――
「なっ……レオンハート!?」
「久方ぶりだな、デトワール支部長どの」
にこやかな笑みを浮かべた、フレイの姿だった。
また明日も朝と夕方更新します。
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