試験に向けて
本日はまた夕方にも更新します。
その次の早朝。
シオンとレティシアのふたりは、デトワールの街に到着した。
近隣一帯でもっとも大きな街というだけあって、すでに街の入り口から人通りが多かった。シオンたちが乗ってきた乗合馬車もほぼ満員で、後から後から人が降りてくる。
どの建物も背が高く、そうした建造物が表通りにずらっと並んでいる様は圧巻だった。
あちこちで屋台が出ているし、まるでお祭り騒ぎだ。だが、これがこの街の日常なのだろうと人々の様子から読み取れた。
「噂には聞いていたけど、ほんとに大きな街だなあ。初めて来たよ」
「そうだったんですか。私は……私も、たぶんこの街は初めてですね」
レティシアは街のすぐ後ろにそびえる山を見て、小さなため息をこぼす。
灰色がかった巨大な山だ。山頂は雲に隠れて見えず、大きく両手を広げるようにして山裾が続いている。
「あんな大きなお山、見たことありません」
「ああ、デトワール山脈だよ。なんでも強い魔物がたくさん住んでいるとか」
それゆえ、この街には腕に覚えのある冒険者が集うという。近隣地方で最も大きな冒険者ギルドが置かれているのもそのためだ。
「それじゃ、一緒にギルドへ行こうか。パーティの募集を探すんだよね?」
「その前に、私はちょっと用事があるんです。今日はそちらを済ませてしまいますね」
「そっか。じゃあここでいったん別行動だけど……ひとりでも大丈夫?」
先日、宿屋の前でナンパされていたことは記憶に新しい。
心配するシオンだが、レティシアはにっこりと笑ってみせる。
「平気です。今日は人通りの多い場所を歩くつもりなので」
「それでもなあ……あっ、そうだ」
そこでぽんっと手を叩き、シオンは明るく提案する。
「何か危ない目に遭ったら、めいっぱい大声を出して俺のことを呼んで。そしたらどこにいたって駆けつけるからさ」
修行の結果、シオンの五感は尋常でないレベルまで研ぎ澄まされた。
最初の内は気配に酔って吐いてしまうこともあったが、いつの間にか五感を常人レベルに落とすことを覚えていた。
だが、レティシアの声を聞き付けられるよう、気を張り続けることは可能だ。
そう説明するのだが、レティシアはぽかんとしてからくすくすと笑う。
「ふふ。シオンくんったら冗談がお上手なんですから。この街、一日じゃとても回りきれないほど大きいんですよ?」
「いや、わりと本気なんだけど……?」
「分かりました。それじゃ、何かあったら呼びますね」
結局本気にはしてもらえなかったが、気に留めてもらうだけでもよしとした。
レティシアは自分の荷物を担ぎ、表通りを目指して歩き出す。
「それじゃあ行ってきます。シオンくんも、Fランク試験頑張ってくださいね!」
「うん。ありがとう、レティシア。あっ、別れる前にもう一つだけ」
「? なんですか?」
シオンは足を止めた彼女に駆け寄って、その手をぎゅっと握りしめた。
「本当に、困ったことがあったらなんでも言ってね。俺は絶対にレティシアの味方だから」
「……」
レティシアは少しだけ息を飲み、その表情がかすかにこわばる。
しかし彼女は小さく息を吐いてから、シオンの手をやんわりと離した。
「……ありがとうございます。それじゃ、また後で」
そうして今度こそ背を向けて歩き出し、人混みの向こうに消えてしまった。
そんな彼女を見送ってから、ダリオが「ふむ」とうなる。
【やはり訳ありのようだな、あの娘】
「……師匠もそう思います?」
シオンはがっくりと肩を落とす。
「でもあの様子じゃ、打ち明けてもらえそうにもありませんね……」
【なに、気にするな。そのうちチャンスは巡ってくるだろうよ】
そんな弟子のことを、ダリオは軽い調子で励ました。しかしそうかと思えばくつくつと喉の奥でこぼすような笑い声を上げてみせる。
【くくく……それにしても意中の女子と同衾して指一本たりとも触れんとは。予想通りといえば予想通りだが、汝はもう少し遊びを覚えた方がいいのではないか?】
「ぐっ……! いいでしょう、別に! 俺はこういうことは堅実に進めたいんです!」
【ウブよなあ。我なら寝所に忍び込んできた娘は片っ端から食ってやったが。それこそ礼儀というやつでは?】
「師匠は逆に場慣れしすぎなんですよ!!」
顔を真っ赤にしてツッコミを入れる。
さすがはかつて伝説を築いた英雄だった。流した浮名は数知れないらしい。
もちろんそんな爛れた生活、シオンにはまるで経験がない。女子とただ同じベッドで眠るだけなのにガチガチになる始末なのだ。
(師匠みたいになるのは遠いな……いや、この場合は目指さなくていい気もするけど)
見習うところは見習って、あとの部分は反面教師にしよう。
そんな決意をこっそり固めつつ、半笑いをダリオに向ける。
「でも、それだけ多くの女の人に手を出したなら、師匠の血を引く子孫なんてのも世界のあちこちにいそうですね……」
【はあ……?】
話のついでの軽口だ。
だがしかし、それにダリオはおかしな反応を見せた。思いっきり唸ってから、訝しがるようにして続ける。
【我に子孫なんぞいるわけないだろう。我は生涯独り身だったぞ】
「それは本にも書いてたから知ってますけど……その、ワンナイトラブを楽しんだ女の人たちが師匠の子をこっそり産んでた、とかあるんじゃないですか?」
【なんでそうなる。汝はアホか? 我が女と寝て、子供などできるはずないだろうが】
「はい……?」
そのきっぱりとした断定に、シオンは首を捻るしかない。自身に隠し子がいる可能性を、完全にゼロだと確信しているようだった。
(師匠、わりと雑な人だと思ってたけど……意外と女の人たちに気を配ってあげたりしたのかな……?)
だから誰も自分の子を生んでいるわけがないと断言できるのだろうか。しかし、シオンがバカにされる理由はまるで分からなかった。
シオンが目を白黒させていると、ダリオは話題に飽きたのか「そういえば」と話を変える。
【あの娘のことも気になるが……汝は試験を受けるのだよな?】
「ああ、はい。Fランク試験です。でもまさかこんなに早く受けることになるなんて夢にも思わなかったなあ……」
【そんなに重要なものなのか。そのランク、というのは何だ?】
「あれ、師匠はご存じないんですか?」
【知らんな。我の時代にはそのような制度はなかった】
ダリオが生きていたのは、今からおよそ千年も昔の時代だ。それだけの時間があれば制度も色々と変わるだろう。
シオンはかいつまんでランク制度を説明する。
冒険者の格を表すものであり、試験を受けて認められれば昇格する。
ランクはFから始まりAまで上がる。その試験を受けるにも、それなりの実績が不可欠で……ざっと解説すると、ダリオは「ふむ」とうなる。
【なるほど、Aランクというのが最上の称号というわけか】
「一応、この上さらにSランクっていうのがありますけどね。なろうと思ってなれるものじゃないんです」
Sランクには試験が存在しない。広く世界に貢献し、あまたの冒険者からの尊敬と畏怖を集めた者だけに送られる称号だ。
これまでの歴史上、Sランクを与えられた数は十に満たない。
「ちなみに過去の偉人にも与えられる称号なんです。師匠もSランクのはずですよ」
【ふん、当然だろう】
ダリオはどうでもよさそうな相槌を打ち、そうかと思えば声を弾ませる。
【よし、ならば汝もそのランクとやらをとっとと上げて、我に並ぶSランクとなれ。当面の目標はそれだな】
「いつものことだけど無茶言うなあ……でもまあ、いい目標かもしれませんね」
物心ついたころから、賢者ダリオのようになる、という漠然とした目標を抱いて生きてきた。そこに『Sランク』という具体的な指標が加わっただけにすぎない。
(俺がSランク……なれたらどんなに嬉しいだろう!)
道のりは険しく遠いはずだが、シオンの胸は非常に高鳴った。ぐっと拳を握り、意気込みを語る。
「だったら、まずは最初のFランクに上がらないといけませんね。試験頑張ります! 見ていてくださいね、師匠!」
【うむ、意気込むのはいいことだが……汝はもう少し声を落とした方がいいぞ】
「あっ……」
溌剌とした独り言が多いシオンのことを、往来の人々は怪訝そうな目で見つめていた。ダリオの声が他人には聞こえないことをすっかり忘れていた。
また夕方にも更新します!
【さめからのお願い】
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