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癒しのひととき

 顔を上げれば、ローブの少女が慌てて走ってくるのが見えた。

 こちらも仲間のひとり、レティシアという少女である。


 走ってくるうちにフードが上がり、銀糸のような髪と海のような瞳があらわになる。

 誰もが目を奪われるような、柔らかな雰囲気の美少女だ。年はシオンよりひとつ下の十五歳。つい最近このパーティに加入した新米冒険者だった。


 レティシアは間近でシオンを見るなり、顔を真っ青にしてしまう。


「ひどい怪我です……すみません、私がモンスターを逃がしてしまったばっかりに」

「いやいや、大丈夫。これくらい大したこと……って!?」


 自主鍛錬やラギたちによる酷使によって、シオンは怪我など慣れっこだ。

 だから手をぱたぱた振って笑うのだが、ハッと気付いて声を上げる。

 

「レティシアの方こそ、怪我してるじゃないか!」

「えっ」


 彼女が杖を握る右手首には、薄く血がにじんでいた。

 シオンに言われて初めて気付いたのか、レティシアはそれを見てすこし目を丸くするが、すぐに慌ててかぶりを振る。


「私なんてかすり傷です。それよりシオンくんの方が――」

「俺は別にいいんだよ。女の子に傷なんか残ったら大変じゃないか。ほら、見せて」

「あ、あわわ……」


 戸惑うレティシア彼女の右手をそっと取り、シオンはてきぱきと治療を施していく。

 怪我は日常茶飯事なので、常に懐には包帯や薬草などを忍ばせていた。処置も慣れたものである。

 

「これでよし。たぶん、痕も残らないはずだよ」

「あ、ありがとうございます……」

 

 レティシアは顔を真っ赤にして俯いて、右手首に巻かれた包帯をさすってみせた。


「それじゃあ、私もお返ししますね。《ヒーリング》!」

「わっ!?」


 レティシアが指を組んで短い呪文を唱えると、その右手の甲に白い光を放つ神紋が浮かび上がる。

 怪我の治療などの白魔法を得意とする、白神紋だ。


 溢れ出た柔らかな光がシオンの体を包み込み、傷の痛みがあっという間に引いていく。光が収まったあと、シオンの体には傷一つ残っていなかった。火傷の痕もきれいさっぱり消えている。

 

「これで大丈夫のはずです」

「ありがとう……あ」


 頭を下げるシオンだが、そこですぐ己の失態に気付いてしまう。

 

「レティシアは治癒魔法が得意なんだし、わざわざ俺が手当てする必要なんてなかったよな……その包帯、外そうか?」

「いいえ、大丈夫です」


 シオンの申し出に、レティシアは首を横に振ってからにっこりと笑う。


「魔法で治すより、こっちの方がずっと嬉しいです。このままにしておいてもいいですか?」

「そ、そう? レティシアがそう言うなら、かまわないけど……」


 この世界では誰もが持つ神紋――ただし、シオンを除く――だが、中でもレアものが存在する。

 白神紋はその最たる例だ。


 レティシアは治癒魔法のエキスパートであり、先ほど気軽に使った魔法でも使える者は数少ない。

 そんな彼女の高度魔法と素人の応急処置。比べようもないと思うのだが……レティシアがなぜか嬉しそうにニコニコしているので、水を差すのはためらわれた。


 かわりにシオンは人差し指をぴんと立て、注意する。


「でも、怪我したなら無理しちゃ駄目だよ。この前だって足をくじいたのに、しばらく黙ってたじゃないか。ちゃんと言わないと」

「ですが……皆さんに迷惑はかけられませんし」

「迷惑かけたっていいんだよ。だって俺たち……仲間じゃないか」


 シオンが果たして、このパーティの『仲間』と呼べるかはさておいて。

 胸の内を押し殺して告げれば、レティシアはぱっと顔を明るくする。


「ありがとうございます。それより、またラギくんたちはお片付けしないんですか?」


 眉を寄せ、ラギたちが去った方をレティシアは睨む。


「今回もシオンくんに押し付けるなんて……みんなひどいです」

「あはは……まあ、俺は今回何の役にも立っていないからね。仕方ないよ」

「じゃあ、私もお手伝いします。手当てしていただいたお礼に!」

「平気だって。レティシアは血が苦手だろ」

「ちょっとくらいなら大丈夫です。早く終わらせないと、シオンくんの特訓の時間がなくなっちゃいますから」


 レティシアは胸の前でぐっと拳を握って言う。

 彼女だけはシオンの自主鍛錬を笑わず、さらに魔法のアドバイスもしてくれていた。

 シオンが神紋を持たないことを知っても、偏見の目を持たない数少ない相手である。


(このパーティに入ってよかったのは……この子に会えたことかなあ)


 その温かな思いが、シオンの胸をじーんとさせた。

 シオンは心からの笑顔を浮かべて彼女に頭を下げる。


「ありがと、レティシア。俺もまだまだ地道に頑張るよ。賢者ダリオを目指して、さ」

「ふふ、シオンくんは本当に賢者ダリオのお話がお好きですね。よかったらまたお話、聞かせてください」

「よろこんで! それじゃ、ダリオがたった一人で凶悪なダンジョンを踏破したときの話なんだけど――」


 ふたりはそんな話を繰り広げながら、片付けにかかった。

 倒した証明としてゴブリンの角を折り、それをギルドに提出すれば報酬がもらえる。

 今回のノルマは十匹だったが、ラギ達が倒したのはそれをわずかに上回っていた。クエストは無事に達成された。


 しかし拠点へ戻ったところ、予期せぬ事態が襲いかかった。

 ラギが興奮した様子でこう告げたのだ。


「ゴブリンの巣を見つけたんだ! 今から叩きに行くぞ!」

「はあ!?」

読者の皆様へ。

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[良い点] うぁ...尊い...レティシアさん尊い...
[良い点] いつもながら読みやすいです。 [一言] 頑張ってください。
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