忠告からの前言撤回
本日ラスト!
シオンが胸を叩いて決意を語れば、なぜかフレイは眉根にしわを寄せて黙り込んでしまう。
やがて彼はかぶりを振って、右手を覆うガントレットを撫でた。
「このことは、あまり他人に話さないように決めているんだが……仕方あるまいな」
そう言って、ガントレットをゆっくりと外していく。
フレイがそれを取る姿を、シオンは初めて見た。
白い前腕があらわになって思わず目を丸くしてしまう。フレイの右手首から肘の辺りまでに、稲妻のような痛ましい傷痕が刻まれていたからだ。
「フレイさん、その、腕の傷は……」
「私は十年ほど前まで、君たちと同じ冒険者のひとりだった」
フレイは目を細めて静かに語った。
当時の彼は剣の腕が立ち、冒険者としてそれなりに名を馳せていたという。
向かうところ敵無しで、凶暴な魔物にたったひとりで立ち向かい、見事に勝利を収めたこともあった。
だがしかし、その慢心が徒となった。
ある日、フレイはダンジョンで魔物を深追いした結果、窮地に陥った。
幸いにして命を落とすまでには至らなかったが……深手を負って、二度と剣が握れない体となってしまったのだ。
その顛末を語り終え、フレイは無事な左手でシオンの肩を優しく叩く。
「冒険は胸躍るものだ。だが、常に危険と隣り合わせだということを忘れてはいけない。己を知り、自重せねば、いつか自分に返ってくるぞ」
「……はい。気をつけます」
シオンはその言葉を噛みしめ、重くうなずいた。
(そうだよな……ラギを倒した程度でいい気になってちゃダメだ。世の中には師匠みたいな人が、まだたくさんいるかもしれないんだから)
先ほどダリオが言っていた『ダリオを恨んでいるであろう面々』などが最たる例だ。
彼らにシオンの力がどこまで通じるかはわからない。
気を抜いてかかったが最後、命の保証はないだろう。
シオンはそのことを肝に銘じ、深々と頭を下げる。
「ありがとうございます。俺、あらためてフレイさんと話せてよかったです」
「なに、迷える若者を導くのも年長者の仕事のうちだ」
フレイはどこか遠くを見るようにして目を細め、吐息混じりに口を開く。
「かつて私は……おまえに残酷な事実を突きつけてしまっただろう。神紋がないという事実を。あれからずっと、おまえのことが気になっていたんだ」
「そんな……俺に神紋がなかったのは本当のことなんだし……フレイさんが気に病む必要はありません!」
「む? 誰がそんなことを言った。私が『気にかけていた』というのは良い意味でだ」
「へ?」
フレイはいたずらっぽくウィンクし、懐かしむように言う。
「あのとき、神紋を持たないと分かっても、おまえの瞳からは輝きが失われなかった。ひょっとしたらこの子は大物になるんじゃないかと……密かに期待していたんだ。私の目に狂いはなかったようだな」
「い、いやいや、俺なんかまだまだですよ!」
「なあに、謙遜するな。先ほどのラギとの一戦、あれは私も溜飲が下がったぞ。立場上おおっぴらには言えないがな。よくやった!」
「フレイさん……」
そう言って、フレイはからからと明るく笑う。
シオンは言葉を詰まらせる他なかった。
(期待してくれていたんだ……神紋も持たない、無能の俺なんかを)
ラギに勝利したときよりも、よほど胸にじーんとくるものがある。
そんな思いを噛み締めていると――ふと、フレイの右手の傷が目にとまった。
「ところでフレイさん……その右手の傷、治さないんですか?」
「ああ、そうしたいのはやまやまだがな。魔法医を何人当たっても駄目だった」
今の技術では、こうしたガントレットのような補助器具を用いて、ペンを握るだけの握力を出すことがやっとだという。そうした理由で、彼は冒険者の道を諦めてギルドの職員に就いたらしい。
フレイが肩をすくめて言うその言葉に、悲愴感は一切ない。
とうに吹っ切れてしまっていることがうかがい知れた。
だが、シオンは少しでも恩人の力になりたかった。
「えーっと……よかったらその傷、ちょっと見せてもらえませんか?」
「かまわないとも。若者の教訓になるのなら本望だ」
朗らかに笑いつつ、フレイが右手を差し伸べた。
シオンはそっとその手に触れて傷の具合を確かめる。彼の言う通り、怪我のせいでほとんど力が入らないらしく、指先はかすかに痙攣していた。
その怪我に――シオンはあっさりと魔法を使った。
「《ヒーリング》」
「っ……!?」
いつぞやレティシアに使ってもらったのと同じ回復魔法だ。
白い光がフレイの右手をふんわりと包み込み、傷痕の中に染み込んでいく。光が完全に消えたあと傷は完全に消え去っており、フレイは大きく目をみはった。
その右手の指は、今や自在に動くようになっていたからだ。
「う、腕が動くだと……! ガントレットも無しに……!?」
「良かった。何度も死にかけたから、回復魔法は特に得意なんです」
シオンはほっと胸を撫で下ろす。
四肢が吹き飛ぶような致命傷も、自分で無理やり治して戦った。そのめちゃくちゃな修行が功を奏したようだ。
「忠告していただいたお礼です。フレイさんの言う通り、俺も強くなったからって慢心せず謙虚に――」
「……シオン」
「はい?」
フレイはシオンの肩を両手で力強くがしっとつかみ、完全な真顔でこう告げた。
「先ほど私はああ言ったが、やはりおまえは自重などせずにガンガンやれ。その力を出し惜しみする方が世界の損失だ」
「前言撤回が早すぎませんか!?」
ギルド長執務室に、シオンのツッコミが響き渡った。
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