強者と弱者
本日はあと一回更新します。
「げっほ、げほっ……やっぱりそうだ、間違いねえ!」
人混みをかき分け、ラギが吠える。
多少口の端に血がにじんでいたものの、さほどダメージにはなっていないようだった。
シオンが全力で手加減したからだが、ラギがそれに気付く気配はない。つばを飛ばしてシオンを睨む。
「シオンてめえ! レティシアあたりに、強化魔法か何か掛けてもらってやがるだろ! なんか変だと思ってたんだ!」
「ラギ。それは違うぞ」
それを静かな声で制するのはフレイだった。
ガントレットの右手で顎を撫でつつ、唸るように言う。
「一般的な強化魔法は、その者が持つ神紋の効果を高めるものだ。神紋を持たないシオンが、いくらそうした魔法を掛けても何の意味もない。また、そうした魔法の気配も一切感知できなかった」
「じゃ、じゃあ何かよ、フレイさん……!?」
ラギは目を丸くして、シオンを凝視する。
その瞳は焦りと不安で、見るもわかりやすく揺れていた。
「あの無能野郎が……実力で俺に一撃くらわせたっつーのかよ!?」
「うむ……そうなるな」
「っ、バカ言え! そんなのまぐれに決まってる……!」
考えこむフレイをよそに、ラギは口の端を拭って乱暴に吠え猛った。
それに呼応するようにして、周囲の空気がゆらりと揺れる。
野次馬達が慌てて距離を取る最中、ラギの右手には真紅の神紋が浮かび上がり始めた。
彼の神紋は赤。炎の力を宿した聖なる印だ。
瞬く間に炎が溢れ、ラギの周囲を紅蓮の炎が渦巻いていく。
「無能ごときが……俺に敵うはずがねえんだよ!」
咆哮とともに地を蹴る。炎の噴出力も借りた、まるで砲弾のような突進だ。
だがしかし、やっぱりそれもシオンにとっては退屈きわまりないもので――なぜかというと猪突猛進が過ぎた。軌道もタイミングも完璧に読めた。
「よっ」
「ガ……ッ!?」
ラギの剣を掌底で弾いてそらし、鞘を首筋へと振り下ろす。
それはまさに一瞬の出来事で、傍目から見れば、シオンの軽いかけ声とともにラギが地面に転がったように見えたことだろう。
それでも攻撃を受けた当人は瞬時に飛び起きて、その勢いのままに剣を振りかざそうとする。
しかし、シオンにそれを待つ義理はなかった。
「今度はこっちからいくよ、ラギ」
「なっ、ぐっ……!?」
剣を抜くことなく、鞘を振るってラギの剣を弾く。
そのままシオンは先ほどのラギ同様、矢継ぎ早に鞘での斬撃を繰り出していった。それをラギは必死の形相で受け止めていく。
剣戟の音が折り重なるにつれ、ギャラリーたちからは驚愕の声がいくつも上がった。
神紋を持たないはずのシオンが、ラギを相手に善戦するどころか押しているのだ。レティシアもぽかんと目を丸くしている。
(レティシア! ちゃんと見てくれているんだ……!)
彼女と刹那、視線が交わって、胸が熱くなって――シオンはちょっと加減を間違えた。
「ぐあっ!?」
「あっ、ごめん」
気付いたときにはラギの剣を弾き飛ばし、容赦なく地面に叩きつけていた。
地面に転がり呻く彼へ、シオンは慌てて右手を差し伸べる。
「ちょっとやりすぎた。ラギ、大丈夫?」
「くっ、そ……! ど、どうなってやがるんだ、てめえ……! 本当にあのシオンか!?」
地面に腰を落としたまま、ずりずりと後ずさり、ラギは得体の知れない物を見るような目をシオンに向ける。
そんな中、ダリオはぼやくように口を挟んだ。
【手ぬるいぞー、シオン。そもそも何故剣を抜かんのだ】
(いやだって師匠、鞘だけでもここまで追い詰めることができるんですよ。抜いたら最後、怪我させるどころじゃ済みませんって)
【何を言う、相手は汝を殺そうとしたクズなのだぞ。手加減は無用だ】
(……たしかにそうかもしれませんけど)
シオンは小さくため息をこぼす。
ラギはシオンを日ごろから虐げ、挙げ句の果てに殺そうとした相手だ。そんな者に手心を加える必要など、たしかにないのかもしれない。
だがしかし、そこで思い返されたのは試合前にラギが発した台詞だった。
『俺は弱い者いじめが大好きなんでねえ』
シオンはかぶりを振ってため息をこぼす。
「ラギと違って……俺は弱い者いじめって、あんまり好きじゃないみたいです」
【は……?】
【さめからのお願い】
たくさんのブクマや評価での応援、まことにありがとうございます!
まだまだ盛り上げていきますので、この話が少しでも『面白い!』『続きが気になる!』と思っていただけたのでしたら、引き続きブクマや評価をよろしくお願いいたします。
応援いただけますと、さめの励みになります。
ページ下部の【☆☆☆☆☆】をポチッとタップして評価できます。お好きな星の数をポチッとどうぞ!
また、ご感想もなんでも大歓迎です。一言からでもぜひどうぞ!




