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無能という枷

 シオンが冒険者としてデビューを飾った一年後。

 よく晴れた春のある日。

 彼は薄暗い森の中にいた。


 鬱蒼と木々が生い茂り、大きく広がった葉が太陽の光を覆い隠す。

 人があまり立ち入らないため、あたりには手つかずの自然が広がっていた。地面からは太い木の根が顔を出す。


 そんな森に――今、モンスターの咆哮がいくつも轟いた。


「ギャギャギャ!」

「ごめんなさい、シオンくん……! そっちに行きました!」

「わ、わかった!」


 そのうちのひとつが、シオンの隠れる木陰に近付いてくる。

 覚悟を決めて、剣を握って飛び出した。


 それとほぼ同時、草むらをかき分けて一匹のゴブリンが躍り出る。人の腰ほどの背丈しかない小さな魔物だが、人を容易く投げ飛ばせるほどの腕力を誇り、群れで狩りをする習性がある。


 とはいえ一対一ならば、新米冒険者でも苦労しない相手だ。


(仕留める……!)

 

 シオンは大きく踏み込み、ゴブリンの脇腹を狙い渾身の力を込めて剣を振るう。

 しかし――。


「ギャガッ!」

「くっ……!」


 その剣先は、ゴブリンの硬い皮膚によって阻まれてしまう。

 刻んだ傷はごく浅い。さらに反動で腕が痺れ、ゴブリンが繰り出した鋭い爪に反応が遅れた。

 目の前に爪が迫り、身構えた次の瞬間。

 横手で紅蓮の光が弾け、爆風がシオンもろともゴブリンを吹き飛ばした。


 ドゴォッ!


「ぐっあ!?」

「ギャギャッ!?」


 地面に叩きつけられて、シオンは呻く。


 近くで爆発が起こったために耳鳴りが酷く頭痛がした。

 それでも懸命に顔を上げた先……草むらの向こうから、人影が気楽な足取りで歩いてくるのが見える。

 金の髪をした、シオンと同じ年頃の少年だ。その右手には真紅の神紋が光り輝いていて――。


「これで最後だな。よっ、と」

「グギャ……!」

 

 少年は軽く剣を振るい、地面に倒れたゴブリンをあっさり真っ二つにしてしまう。

 胴のあたりで切り離された死体を足蹴にし、彼はシオンを見て嗤う。

 

「はっ、ゴブリン一匹も倒せねえのか。さすがは神紋なしの無能だな」

「ら、ラギ……」


 シオンはよろよろと起き上がり、その名前を口にする。

 いつの間にか森に響き渡っていた魔物の咆哮はぴたりと途絶えていた。


 気付けば少年――ラギの背後には数名の少年少女がいる。

 どれもシオンの所属する冒険者パーティのメンバーだ。

 そのうちのひとり、派手な化粧を施した女の子が、ラギの腕に抱きついて猫なで声を上げる。


「ラギくんったら優しい~。シオンなんか助けてあげるとかさあ」

「ま、こいつとも古い付き合いだしな」


 ラギは剣を収め、軽薄な笑みを浮かべて言う。

 事実、彼とシオンは古い付き合いだ。

 今も記憶に残る、神紋についての特別授業。あのとき真っ先にシオンを無能呼ばわりしたガキ大将がラギである。

 

「これでハッキリしただろ、おまえにはうちのパーティの下働きがお似合いだ。分かったらとっととゴブリンどもの死体を集めてこい。ギルドに提出しなきゃいけないからな」

「……了解」


 先ほどラギが放った火炎魔法のせいで、シオンはあちこち擦り傷だらけだし、頬には火傷を負っていた。

 それでも文句一つ言わずに立ち上がり、うなずいてみせた。

 

 ギルドに登録し、シオンは晴れて冒険者となった。

 しかしその道はとうてい順風満帆と呼べるものではなかった。


 冒険者となって一年余り。これまでシオンは数々のパーティをクビになってきた。

 神紋を持っていないというだけで門前払いを食らったこともあるし、同情心から仲間に入れてくれたパーティも、シオンの実力を見るとすぐに追い出しにかかった。


 失意に暮れていた折、ラギのパーティから声がかかったのだ。

 級友のよしみ……というわけではない。


 ラギを含む仲間たちは、そのまま拠点の方へと向かっていく。

 彼らが大きな声で笑いながら話し合うのは、もちろんシオンのことで――。


「しっかしラギも考えたもんだよなあ。あのシオンを仲間に引き入れる、なんて言い出した日には頭でも打ったのかと思ったけど」

「能なしでも雑用くらいはできるもんなあ。ほんっと便利な奴隷だわ」

「ラギくんったら強くて頭もいいなんて最高よね~。今度のFランク昇格試験だって、一発合格間違いなしよ!」

「わはは、そうやって褒めても無駄だぞ。なんせ事実だからな」


 そうしてラギ達は茂みの向こうへ消えていった。

 彼らを見送って、シオンは肩を落とすしかない。


 ラギ達がシオンを仲間に加えているのは、面倒な仕事を押しつけるためだ。

 それが分かっていても、冒険者としてやっていくためには、このパーティに所属するほかなかった。


「『新米冒険者は、複数人でのパーティを組まないとクエストが受けられない』……事故防止の条例だって分かっちゃいるけど、ままならないよなあ……」


 ある程度の実力を有することを証明できれば、ソロでのクエスト受領も認められる。

 だがしかし、新米冒険者――特にシオンには、とうてい無理な話だった。


 シオンは弾き飛ばされた自分の剣を拾い上げる。

 真っ二つになって転がるゴブリンを見下ろして……ため息をこぼした。


(今の俺じゃ、ゴブリンにすら太刀打ちできない……ひとりでクエストなんか受けたら、まず間違いなく命を落とすに決まってる)


 冒険者になると決めた幼いあの日から、シオンは今もまだ地道な自主鍛錬を続けていた。

 しかし、その成果がこれだ。

 剣だけでなく、魔法も小さな炎を生じさせる程度。

 神紋を持つ者達との差は広がるばかりでだった。


 先ほどの戦闘だって、ラギが横槍を出さなければ今以上の大怪我を負っていたことだろう。

 そうした負い目があるからこそ、シオンは余計に彼らへ強く出ることができないのだ。

 おそらくラギはそこまで読んで助け船を出しているのだろう。シオンを生かさず殺さず、ていのいい奴隷としてこき使うために。


 シオンは右手の甲をかざしてみせる。

 意識が高ぶったり、魔法を使ったりすると、そこにはその人の持つ神紋が現れる。

 しかしシオンの場合……そこに印が浮かび上がったことは一度もなかった。

 

「神紋の有無で、まさかこんなに差が出るなんてな……」


 ラギは同年代の中でも群を抜いた実績で、町のギルド内でも噂の的だ。

 さる有名パーティから勧誘が来ていたり、デビュー一年目にして早くもFランク入りが示唆されている……なんて話もある。シオンとは文字通り別格の存在だ。

 やるせなさにため息をこぼした、そんな折だった。


「大丈夫ですか、シオンくん!」

「あっ、レティシア」

読者の皆様へ。

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