軽く払っただけで、因縁の相手がぶっ飛んだ
本日はあと一回更新します。
振り返ってみれば、金髪の少年があんぐりと口を開けて立ち尽くしていた。
まるで恐ろしい怪物にでも遭遇したかのように顔面蒼白だ。
後ろに控える少年の仲間らしき面々も、目をみはって固まっている。
そんな少年の先から爪先までをじーっと見て、シオンはぽんっと手を打つ。
「あ、ラギか」
ようやく顔を思い出すことができた。
そんな中、ラギは険しい形相で足早に近付いてくる。
「おまえ、なんで生きてるんだ……!? あの大穴に落ちたはずだろ!」
「色々あってね。運良く生き延びたんだよ」
シオンは肩をすくめて飄々と言う。
運が良かったのは本当だが、本当のことを言うつもりは毛頭なかった。
ラギはしばしぽかんとしていたが、腑に落ちたとばかりに吐息をこぼす。
「はっ……なるほど。悪運の強い奴め。それでギルドにいるってわけか」
そうして彼は口の端を持ち上げて、歪んだ笑みを浮かべてみせた。
「だが残念だったな。俺があの吊り橋を落とした証拠はない。ギルドに訴えたって無駄だぜ」
「……だろうね」
シオンはため息交じりにうなずく。
あの場にいたのはシオンとラギ、そしてゴブリン達だけだ。
仮にラギの凶行をギルドへ訴え出たところで、証拠不十分で終わるだけである。
それが分かっていたから、端から事の真相を打ち明けるつもりなどなかったのだ。
しかし、そこでレティシアがはっと大きく息を呑む。
「なっ……ラギくん、それは一体どういうことですか! まさかあなた、シオンくんのことを見殺しにして……」
「うるせえ! あのままだったら俺もゴブリンどもに殺されていたんだ! 何が悪い!?」
「ひ、ひどい……なんてことを……」
一切悪びれることのないラギに、レティシアは口を覆って後ずさる。
険悪な空気の中、シオンは軽くかぶりを振るだけだ。
「いいんだよ、レティシア。別に俺は怒ってもいないからね」
「で、でも、シオンくん……」
「はっ、マジかよ。殺されかけて文句の一つも言えねえとは……さすがは腰抜けの無能だな」
「うん、なんとでも言ってくれればいいよ」
ラギはあからさまな嘲笑を向けてくるが、シオンは平然と流すだけだ。
そこで、静観を続けていたダリオが口を挟む。
【本当にいいのか? 我としては、このクズを今すぐボコしたいところなのだが】
(いいんですよ。これ以上関わるのも面倒だし)
シオンはそれに小声で返す。
そもそも、先ほどまで顔も忘れていたような相手だ。
いくら殺されそうになったと言っても、それは体感何万、何億年以上もの大昔の話で……まともに怒りなど湧いてくるはずもなく「そんなこともあったなあ」くらいの懐かしささえ覚えるほどだ。
(それに、こいつが俺を穴底に落としてくれたおかげで師匠に会えたんです。そう考えると儲けたものでしょ?)
【むう……汝がそう言うのなら、我ももうとやかくは言わぬがなあ】
ダリオは照れと不服が入り交じったような、複雑な声でぼやいてみせた。
そういうわけでシオンは恨みや怒りなど一切抱いていない。
だが、ケジメはきちんとつけておきたかった。
シオンはラギをまっすぐ見据えて言い放つ。
「ギルドに訴えることはしない。そのかわり、おまえのパーティは抜けさせてもらう。かまわないな?」
「はっ、好きにしろよ。おまえみたいな無能の役立たず、こっちから追放してやる」
ラギは嘲笑を崩すこともなくうなずいてみせる。
これにて決別完了だ。しかし……ことはそれだけで済まなかった。
側でやり取りを見守っていたレティシアが、ぐっと息を呑んで大きな声を上げたからだ。
「だったら私も……シオンくんと一緒にパーティを抜けます!」
「なんだと!?」
「レティシア……?」
突然の宣言に、ラギだけでなく、シオンも目を丸くしてしまう。
レティシアは真剣な面持ちでラギに向かい、淡々と告げた。
「もともとラギくんたちとは、短期間での約束でした。でも、さっきの言葉が本当なら……これ以上一緒にやっていけません。ここでお別れです」
「待て……! シオンはともかく、おまえの回復魔法は俺たちの冒険に不可欠だ!」
ラギが目に見えてうろたえ始める。
回復魔法に長けた白神紋。それを持つ者は希少であり、パーティにひとりいるだけでグッと危険が減る。いわば生命線とも呼べる人員だ。
「ふざけんな! 俺は絶対に認めねえぞ!」
「ひっ……で、でも私は……」
大声で凄むラギに、レティシアの肩が小さく跳ねる。
そんなものを黙って見ていられるはずもなかった。シオンは彼女を背中で庇うようにして、ラギの前に立ちはだかる。
「パーティへの加入も離脱も、冒険者の意志次第だろ。引き留めたいならもっと誠意を見せたらどうだ、ラギ」
「うるせえ! 無能は黙ってろ!」
ラギがシオンの胸倉を掴んで怒鳴る。
背後のレティシアがその声に怯え、小さく悲鳴を上げた。
だからシオンは、ひとまず相手を落ち着かせようとするのだが――。
「ラギ、やめろ。暴力はよくな――」
軽く、その手を振り払った。
たったそれだけなのに――。
「へっ、ぶぼごぉっっっ!?」
ラギは紙屑のように勢いよく吹っ飛んで、遠くの方で酒宴を繰り広げていたテーブルへと突っ込んだ。
グラスと酒瓶が宙を舞って破砕音がいくつも響き、すぐに悲鳴と怒号がこだまする。
シオンは目を丸くして固まる他なかった。
「…………は?」
【おっ、やはり喧嘩か? いいぞいいぞ! 性根の腐ったクソガキに目に物を見せてやるといい、我が弟子よ!】
喧騒の中、ダリオがひどくチンピラじみた歓声を上げてみせた。
本日はあと一回更新します。
ようやく主人公のターン!
前置きが長くて恐縮ですが、お気に召しましたら幸いです。
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