人生で初めての勝利
本日はあと二回更新します。一章はここまで。
その日はいつもの手合わせのようでいて、最初からどこかが違っていた。
【《ボムフレア》】
灰色の空から紅蓮の火球がいくつも降り注ぎ、枯れた大地を大きく抉る。
その火の粉をすり抜けて、シオンはただ目標――ダリオへ向けてひた走った。
「《フリーズウォール》!」
素早く呪文を唱えて解き放てば、すぐ頭上に分厚い氷の壁が出現し、火球と衝突する。
じゅっと短い音を立てて炎と氷は相殺され、かわりに白い霧が吹き荒れてあたり一面を覆った。
色濃い霧を切り裂いて、シオンは素早く剣を振るう。
キィンッ!
しかしその刃はダリオの剣によってあっさりと阻まれた。
伝説に刻まれる魔剣とシオンは幾度となく切り結ぶ。
太刀筋をすべて見切って防ぐものの、シオンの腕や顔には細かな裂傷がいくつも刻まれていった。
この空間に来て、最初に見た師の技だ。
一切間合いに立ち入ることなくゴブリンキングを細切れにした一撃の正体は、超高速で振るわれた刃が起こす真空波のようなものだった。ダリオの剣は間合いなど関係なく、ただ刃を振るうだけで目の前すべてをなぎ払うことができる。
あのときは何が起こったのか見ることさえできなかった。
しかし今ではもう、シオンは彼の攻撃を完全に読めるようになっていた。
次に来る斬撃も、魔法も、何もかもが手に取るように分かる。追いつける。先手が打てる。
瞬く間に百、千と放たれる斬撃をシオンはすべて漏らさず流すことができた。手応えに歯を食いしばる。
(ここまで果てしなく遠かった……! でも、俺は……ようやくあなたにたどり着いた!)
体の奥底から不思議な力が溢れ出た。
血にまみれながら――シオンは笑う。
「師匠! 俺は今日こそ……あなたに追いつきます!」
【ッッ……!?】
刃を弾き、素早く懐へと滑り込む。
そうして渾身の力で己の剣をたたき込んだ。
そこまでダリオに肉薄できたのも、攻撃が当たったのも、これが初めてだった。
硬い手応えと鈍い音が響く。
ダリオの体は宙を舞い、がしゃんと音を立てて地面に叩きつけられた。
彼はよろよろと起き上がろうとするものの……そのまま力なく倒れて、ふっと笑みをこぼす。
【……見事なり。さすがは我が弟子だ】
「師匠!」
シオンは慌ててそちらに駆け寄った。
これが、シオンの人生で初めての勝利だった。
しかもその勝利を刻んだ相手が、ずっとずっと憧れていた人なのだ。シオンの胸はかつてないほどに高鳴っていた。
「どうですか、やりましたよ! とうとう師匠に一撃……師匠!?」
しかしダリオのそばまでたどり着き、シオンはぎょっと目をみはる。
ダリオの体が……指先から細かい粒子と化して、崩れ始めていたからだ。
蒼白になるシオンの顔を見て、ダリオはからりと笑う。
【そんな顔をするな。潮時というやつだ。汝という、最高の後継者を育てることができたのだからな】
そう言ってダリオは状態を起こし、自身の魔剣を差し出した。
【この魔剣を持って行くがいい。我にはもう必要のないものだ】
「そんな……待ってください師匠! 俺はまだあなたに教わることがたくさんあるんです……!」
【バカを言え。我が教えられることはもう何もない。あとは汝が自ら探し、学ぶべきことだ】
ダリオは魔剣をシオンに押し付け、晴れ晴れとした笑顔を浮かべる。
その骸骨の相貌に、本で見たのとよく似た男の顔がだぶって見えた気がして――。
【さあ行け、シオン。汝が力でもってして、世界を切り開くがいい!】
「師匠……!」
高らかな声を残し、ダリオの体は完全な砂と化して風に溶けて消えてしまう。
その瞬間、枯れ果てた大地から一面の草原へと景色が一変した。
最初にダリオと出会ったときとまったく同じ光景だ。
ただ、石碑の前にあったはずの白骨死体だけが消え失せている。
「そんな……聞きたいこととか、話したいこととかまだまだたくさんあったのに……もう会えないなんて……」
シオンは石碑の前に膝を突き、剣を抱えてうなだれるしかない。
破天荒な人(?)ではあったが、たしかに彼はシオンの師であり、憧れの人でもあり、兄のような存在だった。
その存在はあまりに大きく、突然の別れを受け止めることができなかった。
まるで心にポッカリと穴が開いたようで、師を超えた達成感よりも悲しみの方が――。
【いつまでそうしているつもりだ? 早く行け】
「うぎゃわあああああああああ!?」
突然抱えた魔剣からダリオの声がして、おもわずぶん投げてしまった。
魔剣は石碑に当たって地面に転がって、不服そうな声を上げる。
【おいこら。せっかく渡したのだから粗末に扱うな、師の形見だぞ】
「あっ、す、すみませ……じゃなくて、なんで!? なんで剣から師匠の声がするんですか!?」
【言っていなかったか? 我の魂を封じているのはこっちの魔剣だ。あの骸骨は稽古を付けるための操り人形みたいなものだな】
「聞いてませんよ!? っていうか、だったら今のやり取りなんだったんです!? 完全に今生の別れって流れだったじゃないですか!」
【まあ、それはそうなんだが……うむ】
シオンのツッコミに、魔剣――ダリオはごにょごにょと言葉を濁す。
骸骨でさえない剣の姿だが、それでも気まずそうに眉をひそめているように感じられた。
ダリオはやがて観念したように、ぽつぽつ打ち明ける。
【弟子を育て上げるという悲願も果たしたことだし、ちゃっちゃと転生して人生二周目を始めてみるのも悪くはないかと思ったのだが……土壇場になってふと、汝の道行きをもう少し見てみたくなったというか、うむ、なんだ……】
そこでダリオはいったん言葉を切ってから、気まずそうに続けた。
【その……邪魔ならとっとと消えるのだが?】
「……そんなこと言いませんよ」
シオンは苦笑して、転がった魔剣を拾い上げる。
そうしてゆっくりと鞘から抜いてみた。
銀に輝く刀身には刃こぼれひとつなく、束に刻まれた炎のような彫りからは熱気のようなものが伝わってくる。
かつて本で目にした憧れそのものが、今まさにこの手の中にある。
そのことを実感して、シオンは小さく息を飲み込んだ。
託されたものの大きさに気圧されてしまいそうになる。
それでもシオンは胸を張り、師へ決意を語った。
「それじゃあ、そばで見ていてください、師匠。どこまでやれるか分かりませんが……俺はもっともっと、あなたを目指して前に進みます」
【うむ、まあ精進するといいだろう】
ダリオはぶっきらぼうに言ってのけたが、上機嫌は隠しきれていなかった。
かくしてシオンは一歩を踏み出し、元の世界に帰ることになった。
体感何万、何億年ぶりに。
本日はあと二回更新予定!
次から二章となり、凸凹師弟の無双劇となります。お楽しみいただければ幸いです。
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