修行の仕上げ
本日はあと三回更新します。
シオンは百年くらいまでは日付を数えていたものの、途中から完全に忘れていた。
しかしダリオがちゃんと数えていてくれたらしい。
基礎の体力作りと魔法の習得が終わったのは、修行開始から一万年ほどが経過したある日のことだった。そこでようやく、シオンは剣を握ることを許された。
シオンの持っていた大量生産の安物を検めて、ダリオは軽くうなずいて投げ渡した。
【それじゃ、次は素振り十万年。始めろ】
「……はい」
シオンは軽く言葉を失いかけたが、大人しくうなずいて剣を握った。
この素振りの修行が特にキツかった。
体力作りや魔法の練習では、遅々としたスピードではあったが成長が実感できていた。
しかしこの修行は本当にただの反復練習で、ダリオも姿勢のアドバイスなどを軽く投げるだけで、ほとんど何も口出ししてこなかったのだ。
だだっ広い平原には、シオンの息づかいと剣が風を切る音だけが響き続けた。
何日も、何日も。
当初こそ意気込んで取組んだ素振りの練習だが、その意欲も長くは続かなかった。
意気込みは猜疑に、怒りに、そして無へと換わった。
何の変化もない繰り返しは、シオンの精神を徐々に蝕んでいった。
うずくまったまま、動けなくなった時もあった。それでもシオンは立ち上がり、機械のように剣を振り続けた。
そのうちに五感が研ぎ澄まされた。
音や風がやけに大きく感じられ、景色の色彩がはっきりと目に焼き付くようになった。
しかし剣を振るうちに、それらの一切がいつの間にか消え去った。
世界には自分と剣しかなく、やがて己という存在は剣に取り込まれ、ひとつになっていた。
それが、一万年の果てにたどり着いた無我の境地だった。
正気を取り戻した折、その奇妙な感覚を報告すると、ダリオは肩をすくめてみせた。
【それではまだダメだ。入り口にすら立てていない。己と剣を同化させるのではなく、剣を己の一部とせよ】
その言葉の意味がぼんやりとわかったのは次の二万年後で。
気付いたとき、シオンは草原に転がっていた。
「はっ…………!?」
【お帰り、弟子よ】
「し、師匠……?」
石碑に腰掛けながら、ダリオは軽く片手を振る。
シオンは体を起こそうとしたが、指一本たりとも動かなかった。見ればあちこち酷い怪我だ。死んでいないのが不思議なくらいで、そばには折れた剣が転がっている。
焼けるように痛む喉を震わせて、シオンは声を絞り出した。
「師匠……俺、なんでこんなにボロボロなんですか……?」
【なに、ちょっと精神に異常をきたしてな。我に襲いかかってきただけだ】
ダリオは事もなげにそう言って、回復魔法をかけてくれた。
聞けば正気をなくしたシオンとずっと戦い続けていたらしい。シオンが倒れると魔法で治療を施して、また向かってくるシオンをぶっ飛ばし――ダリオはあごを撫でつつ、平然と告げる。
【かれこれ千年ほど相手をしてやったかな?】
「はあ…………ご迷惑をおかけしました……」
【なに、気にするな。我も昔はよくそうやって狂気に溺れたものだからな】
「師匠……俺、今はちゃんと正気でいますかね?」
【さあな。ひょっとすると、我も汝が狂気の果てに生み出した幻かもしれんぞ?】
そう言って、ダリオはからからと高らかに笑ったのだった。
素振りの期間が終わっても、修行はひどく地道に続いた。
来る日も来る日も体力作りに剣の練習、魔法の訓練。
正気を飛ばして、気付けば草原に転がっていることも多かった。
それでもシオンは着実に力を付けていった。剣を自分の手足のように操れるようになり、魔法の威力もほんのわずかに大きくなっていった。
そのうちダリオが数える年数が万から億に変わり、シオンもよくわからない桁になったころ。
師は自身の剣を抜き放ち、シオンの喉元に突きつけてこう告げた。
【我を倒せ。それが最後の修行だ】
そこからの修行には、地道な上に過酷なものとなった。
シオンはダリオに挑み続けた。
最初は剣を交えることもできなかった。
対峙したその瞬間に敵わないことが分かったし、次の瞬間には血まみれで倒れていた。それで、どうやら手加減するつもりは毛頭ないらしいとわかった。
それでも何百、何千、何万回と繰り返すうちに変化が生まれる。
剣を打ち合うことができた。
五回に一回、太刀筋を見切ることができた。
ダリオのまとうボロ布に、ほんの少しだけ剣がかすめた。
たったそれだけの小さな進歩。
それがシオンの胸を大いに高鳴らせた。
相手は今となっては気の遠くなるほどの昔、本を通して憧れた英雄だ。
その憧れに一歩一歩着実に近付いているという紛れもない事実が、闘志の炎に薪をくべた。
修行という目的も忘れ、シオンは愚直に挑み続けた。
どれだけ血にまみれ、四肢がちぎれようとも、自分で回復魔法をかけて再び立ち上がった。
楽しかった。
嬉しかった。
この時間が永遠に続けばいいとさえ思った。
そして、それはダリオも同じらしかった。切り結ぶたび、彼の胸躍る高揚感が伝わった。
師弟はただひたすらにしのぎを削った。戦い続けた。
そしていったい何度目かの戦いなのか、ダリオですら数えるのをやめたころ。
その運命の日はついに訪れた。
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