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作られた命でも

 レティシアは夢を見ていた。

 そこは何の変哲もない田舎の町で、家も人も少ないが、のどかで雰囲気のいい場所だった。

 その細道を、レティシアは杖を握りしめて歩いてる。

 心臓が口から飛び出すほどにドキドキしていたし、膝は今にも笑い出しそうだ。


『この先、に……』


 それでもレティシアは、ゆっくりと一歩一歩を踏みしめるようにして歩いた。

 やがて突き当たりに小さな家が見えてくる。

 煙突からは細い煙が出ていて、塀の上では猫がうつらうつらしていた。


『ここだ!』


 その家を見て、レティシアは足を止めた。

 胸がいっぱいになって、自然と涙が込み上げてくる。


 それと同時に、家の扉が開かれた。

 中から出てくるのは優しそうな女性だ。あとからおっとりした雰囲気の男性も続いた。不思議と顔はよく見えない。

 ふたりはレティシアを一目見るなり、声を揃えて叫んだ。


『*****!』

『おかあさん! おとうさん!』


 レティシアは弾かれたように駆け出す。

 今しがた呼ばれた名が――うまく聞き取れなかったけれども――自分の本当の名前だと確信できた。彼らが自分の探し求めていた家族だと理解できた。


 やっと帰れた。

 やっと見つけた。

 やっと、自分が何者なのか分かった。


 だけど両親に手が届くその寸前、レティシアの背後で気配が生まれた。

 振り返らなくても分かった。


 それはもうひとりのレティシアだ。

 レティシアは暗い、沈み切った面持ちでレティシアの背中を睨む。


『こんなのありえないって、本当はわかっているくせに』


 そこで、目が覚めた。


「は……っ」


 レティシアは瞼をばちっと開く。

 眠りながら泣いていたらしく、顔は涙でぐしゃぐしゃで視界はぼやけて定まらない。

 それでもよろよろと身を起こした。どうやらどこかに寝かされていたらしい。


(私、どうして眠って……)


 シオンとダンジョンに潜ったのを思い出す。そのあと地下で研究所を見つけて――。


「うっ……!」


 脳裏にまざまざと、研究所内で見たあの光景が蘇る。

 ずらりと並んだガラス容器。中に浮かぶのは、レティシアと同じ顔をした少女たちだ。

 それがうつろな眼差しで、レティシアをじっと見つめていた。


 あれは幻覚でも、夢でもなかった。

 否応なしに残酷な現実を突き付けられる。


「げほっ、げほ……おえっ……!」


 せり上がってくるものを止めることができず、少しだけ吐いてしまう。ほとんど胃液だ。喉の奥に不快な感覚が残ってまた嘔吐く。

 呼吸が整わないままに、レティシアはあたりを見回した。


 そこは、ダンジョンでも研究所でもない場所だった。

 頭上に広がるのは息が詰まるような暗い曇天。

 足下にはただ荒涼とした赤土が続いており、草木は一本たりとも生えていなかった。地面のところどころからもくもくと煙が立ち上り、ときおり吹く強い風がその煙をかき混ぜる。

 小さな町ひとつくらいならすっぽり収まりそうなほどの広さがあった。


「ここ、は……」

「黄金郷の火山よ」


 レティシアの呆然としたつぶやきに、応える声があった。

 ハッとして背後を振り返る。するとそこにはプリムラが立っていた。

 その姿はすっかり様変わりしてしまっていた。動きやすそうな軽装に大弓を背負った、いかにも冒険者然とした出で立ちから一転、ボロボロの白衣をまとっている。


 アスカと近かったはずの髪色も目も、燃え尽きたような灰色だ。

 表情もどこかシニカルなもので、少女らしさは一片も存在しない。

 たとえるなら、人生の全てを研究に捧げた老博士といったところだろう。


 先日知り合ったばかりの少女はどこにもおらず、知らない人物がそこにいた。

 彼女はじっとレティシアのことを見つめていた。


「プリムラさん……」


 レティシアはへたり込んだままずりずりと後ずさる。

 無駄な抵抗だと分かっていたが、少しでも距離を取りたかった。

 プリムラがシオンを眠らせたあとレティシアに告げたのは、耳を疑うようなものだったと記憶している。


(このひとは……いったい何者なの?)


 息を呑むレティシアに、プリムラはふっと微笑んだ。


「だから『さん』付けなんてやめてちょうだいってば。私はあなたの生みの親なんですからね」

「生みの、親……」


 先ほど見た夢がちらつく。

 その幻影を振り払い、レティシアはまっすぐ相手を見据えて問いかけた。


「あなたが本当に、私を生み出したんですか……?」

「ええ、そうよ。証拠も出しましょうか? ほら、これがあなたの作製書」


 そう言って、プリムラは白衣の下から分厚い紙束を取り出した。

 投げ渡されたそれを、レティシアはおそるおそるめくる。

 そこには数多くのホムンクルスを生み出し、改良していった軌跡が詳細に書かれていた。


 レティシア程度の知識ではほとんどが理解不能だ。

 だがそれでも、そこに描かれたホムンクルスの図式は紛うことなき自分の姿だった。皮肉にもほくろの位置まで完璧だ。


「うえっ……!」


 それでまた吐き気が込み上げた。

 レティシアは紙束を握りしめてぜえぜえ息を整える。

 そこにプリムラは軽い足取りで近付いてきた。


「あなたは間違いなく、私が生み出したホムンクルスよ。これで理解できたでしょう?」


 しゃがみ込み、レティシアの顔を覗き込んで――場違いなほど朗らかに笑う。


「良かったわね、自分の正体が分かって。ずっと探していたんでしょう?」

「……」


 レティシアは、何の言葉も返せなかった。

 ただ、紙束を握る手に自然と力がこもる。指先が白くなり、感覚が消える。そしてふっと脱力してしまう。まるでその瞬間、自分の中で何かの糸が切れたかのようだった。


(わたしには……なにも、なかった)


 過去も、故郷も、家族も存在しない。

 ほんの少しだけそんな覚悟もしていた。

 これだけ探しても、誰ひとりとして自分のことを知る人がいなかったのだから。


 だからシオンに弱音を吐いた。

 旅が続けばいいと思ったのは本当のことだったし、諦めるのもひとつの手だと思えたのだ。

 だがしかし、それと同じくらいに期待もしていた。きっとどこかに自分の両親が待つ家があって、いつかそこに帰れるはずだと……どこか漠然とそう思っていた。


 その結果がこれだ。

 この、無機質な単語が並ぶ紙の束。それだけがレティシアのすべてだった。

 打ちひしがれるレティシアに、プリムラはそっと手を伸ばす。

 冷え切った頬をそっと撫でる指先は、嘘みたいにあたたかかった。


「気を落とすことはないわ。あなたにはあなたにしかできない役目があるんだから」

「やく、め……」

「そう。私の研究材料になるという尊い使命よ」


 プリムラは柔らかく微笑む。

 その目が映すのはレティシアであって、レティシアではなかった。

 彼女はうっとりするような声色で語る。


「あなたは私が長年かけて作り上げた最高傑作。万神紋の力を得たのも、ここまで制御できるようになったのもあなただけなのよ。あなたを切り刻めば、万象紋の仕組みがより一層理解できるはず」

「プリムラ、さんは……」


 口の中が乾ききっていて、うまく言葉が紡げなかった。

 一度大きく唾を飲み込んでから、レティシアはずっと気になっていたことを尋ねる。


「ホムンクルスを使って、万神紋を研究されていたんですか?」

「ええ、そうよ」


 プリムラはあっさりとうなずいた。


「ホムンクルスは人の手で作られた生命体。発生時に神紋を所有しないの。万神紋は無神紋にしか付与できないから、ちょうどいい実験材料だったってわけね」

「……そう、ですか」


 どこまでも理に適った説明だった。

 うなだれるレティシアに、プリムラは続ける。


「そして、ホムンクルスの所有権は制作者にある。あなたの存在意義は私の研究材料になること。おとなしく運命を受け入れなさいな」

「…………」


 旅の果てに見つけた現実は、ひどく残酷なものだった。

 家族も故郷もどこにもない。ただ空虚な、作られた人生だけがそこにある。


(私に何もないのなら……諦めてもいいのかも……)


 心が急速に渇いていくのを感じた。

 涙ももう涸れていた。体が、取り返しが付かないほどに冷えていく。

 レティシアは深く項垂れて目をつむり――何かが落ちる音を耳にして、ハッとする。


(これ、シオンくんにもらった……)


 シオンが買ってくれた、青い輝石をいただいた三日月の髪飾りだ。

 ずっと付けていたそれが、目の前に転がっていた。留め具が緩んでしまったらしい。

 そしてその青い石は、レティシアの影の中にあってなお、変わらぬ輝きを湛えていた。まるで曇天からかすかに覗く青空だ。


 そっと手を伸ばし、握りしめたその瞬間、レティシアは胸に暖かなものが宿るのを感じた。

 体の隅々にまで力が湧き上がる。一度は折れたはずの心が奮い立つ。


(諦めちゃ、ダメだ……!)


 レティシアはぐっと拳を握りしめる。

 プリムラの顔を見あげ、きっぱりと告げた。


「運命なんて……知りません」

「……何ですって?」


 プリムラの薄笑いがかすかに歪む。

 そんな彼女に、レティシアは続けた。


「私は人間じゃないし、過去もない。それでも、シオンくんは……シオンくんは、こんな私のことを好きだと言ってくれました」


 研究材料以外に、自分の生きる価値があるのかなんて分からない。

 それでもシオンはきっとそんなこと望まないだろう。

 そう思えば体の奥底から力が湧いてくるような気がした。

 髪飾りを付け直し、まっすぐに言い放つ。


「シオンくんのためにも、私は生きます! もっともっと、彼と一緒にいたいから……!」

「ふん。旅に出てさらに自我が育ったみたいね、ホムンクルスのくせにすごいじゃない」


 レティシアの決死の覚悟に、プリムラは投げやりな拍手を送る。

 まるで手の中で蠢く生き餌でも見るかのような目だ。

 彼女は口元を吊り上げて、三日月の形に笑ってみせた。


「でも、シオンならここには来ないわよ。それどころか、もう二度と会えないかもね」

「っ……シオンくんに何をしたんですか!」

「さあね。あなたが知る必要はないわ」


 プリムラは飄々と肩をすくめるばかり。

 その姿に、レティシアはこれまでで一番の焦燥を覚えた。

 最後に見たシオンはプリムラに眠らされた姿だ。あのあと彼に何が起きているのか、この場所からでは知りようがない。

 レティシアはぐっと拳を握りしめる。


(戦うしかない……! 私だって、力を使えるようになったんだから!)


 ダリオに教わって、万神紋の制御は最低限できるようになった。

 彼女に言わせればまだまだだというが……それでも、やるしかない。


「私はあなたを倒して、シオンくんのところに行きます」

「あらそう。それじゃあ好きにしたら」

「遠慮なく!」


 レティシアは躊躇しなかった。

 相手はレティシアのことを実験動物だと侮っている。それが好機だと思ったからだ。

 強く地面を蹴り付けて、勢い任せの体当たりをお見舞いする。レティシアと同じくらいの細い体はあっさり地面に押し倒すことができて、その上に馬乗りになるのも容易だった。

 そのとき、レティシアは目を閉じたままでいた。


(どんな力を持っているかは分からないけど……目を見なければいいはず!)


 プリムラの力は、おそらく催眠や洗脳と呼ばれる部類だろう。

 そしてダンジョン内でシオンを眠らせたとき『ここまで近付かないと効かないなんて』とぼやいていた。

 その言葉を信じるなら、至近距離で目を合わせなければいい。

 対処法は簡単で、そして自分にはその力を封じる術がある。

 右手に意識を集中させて、プリムラの顔に押し当てる。


「《いただきます》!」


 本当なら、相手の神紋を奪うのに呪文は特に必要ない。

 それでもレティシアは力の制御ができたばかりで未熟なため、声に出して発動するのが常だった。こちらの方が意識を集中させやすいのだ。

 そして今、プリムラに触れた右手にたしかな手応えが宿る。


(やった、神紋を奪えた!)


 ハッとして目を見開く。


 しかし、その喜びも束の間だった。

「《バインド・ウィップ》」

「っ……!?」


 突如として、赤茶けた地面から触手のように太いツタが生え伸びた。

 まるで大樹の幹のように逞しいそれらが、素早くレティシアに襲い来る。


「きゃあっ!?」


 逃げる暇もなく、あえなく四肢を縛り上げられた。

 宙づりの状態で必死にもがくも、拘束はわずかにも緩まない。


「実演してくれてありがとう。まだ経験値が足りないみたいだけど……これなら十分成功と言っていいでしょうね」


 プリムラは平然と起き上がり、その姿にレティシアは目をみはる。

 彼女の右手の甲には、紫の神紋と――新たに緑色の神紋が浮かび上がっていた。


「ふたつの神紋……!? まさか、自分に神紋手術を!?」

「あんな半端な技術と一緒にしないでちょうだい」


 プリムラは気分を害したように渋い顔をする。

 白衣をまくって右腕をさらせば、その瞬間に多種多様な神紋が浮かび上がった。

 赤、青、黄……果てにはレティシアの見たこともないような、複雑怪奇な形と色をしたものまでもが含まれている。

 その手を翳して、プリムラは事もなげに言う。


「あなたなら、これが何なのか分かるでしょう?」

「万神紋……!?」


 レティシアは言葉を失うしかない。

 ありとあらゆる神紋の力を奪い、己のものとする力。それがまさか――。


(私以外にも、所有者がいたなんて……!)


 それだけでも衝撃的だったのに、ますますレティシアは混乱してしまう。

 彼女が万神紋を所持しているのなら――。


「その力をすでに所有しているのなら……どうして、私が必要なんですか!」

「簡単よ。この力を、もっと完璧なものにするため」


 プリムラは小さくため息をこぼす。

 すると右腕のみならず、その体中に無数の神紋が浮かび上がった。


 レティシアも力を暴走させてしまったとき、今のプリムラと同じ状態になったことがある。あのときは体中を無数の針で貫かれるような苦痛に襲われて、すぐに意識を手放してしまった。

 それなのに、プリムラは平然と立っていた。

 神紋で塗り潰された己の右腕を見つめ、独り言のように言う。


「私の万神紋はね、不完全なの。とんでもない欠陥品なのよ」

「欠陥品……?」


 レティシアは眉を寄せる。

 自分なんかより、よっぽど彼女の方が力を使い熟せている……ように見える。

 それなのに欠陥品とはどういうことなのだろう。

 訝しむレティシアに、プリムラはそっと笑いかけた。


「でも、あなたはきっとそうじゃない。あなたの体を隅々まで調べれば……きっと私はあなたみたいになれる。ずっと欲しかったものを、ようやく手に入れることが出来るのよ」


 プリムラは白衣の懐に手を入れる。

 そうして取り出したのは、鋭利な刃物だった。曇天のもとで鈍く輝くそれを目にし、レティシアの肩は小さく震えた。彼女が本気であることが分かってしまったからだ。

 プリムラはゆっくりとした足取りで、たった数歩の距離を詰める。


「だから、私のために死んでちょうだい」

「うっ、く……!」


 懸命に抵抗しようとするものの、体を縛るツタはびくともしなかった。

 冷たい刃が首筋に添えられる。少し動かしただけでレティシアの命はあっけなく散るだろう。

 こんなところで諦めたくはない。もっともっとシオンたちと旅をしたい。

 それでも万事休すだった。レティシアはそっと目を閉じ、運命を受け入れる。


(最後にもう一度、シオンくんに会いたかったな……)


 頬をひと筋の涙がこぼれていく。

 その雫がレティシアを縛るツタにぽつんと落ちた、その瞬間。


「ぎゃあああああああっ!?」

「へ」

「は」


 どがああああああっっん!


 いっそ間抜けな悲鳴が轟いたかと思えば、何かが火口めがけて降り注いだ。

 その衝撃でプリムラは吹っ飛ばされて、ツタがちぎれてレティシアは地面にべちっと落とされる。ひとまず助かったらしい。

 もうもうと砂煙が立ちのぼるなか、レティシアはよろよろと顔を上げる。


「う、うう……いったい何が……ひっ!?」


 そして自分の目を疑った。

 そこには、血まみれのシオンが手足を投げ出して転がっていたからだ。しかも全身傷だらけで腕もおかしな方へと曲がっている。

 死んでいるのかと思って一瞬血の気が引いたが、かすかな呻き声が聞こえてきたのでひとまずはホッとする。

 レティシアは慌てて彼の元へと駆け寄った。


「シオンくん!? 大丈夫ですか!?」

「う、ん……なんとか平気……って!」


 血を流してくらくらするのか、シオンの受け答えはどこかぼんやりしていた。

 しかし目の前のレティシアを見るなりハッとして、がばっと勢いよく起き上がった。レティシアの肩をがしっと掴んで険しい顔で問いかけてくる。


「レティシアなんともない!? 大丈夫!? 怪我は!?」

「平気ですけど、シオンくんの方がすごい怪我ですよ……?」

「こんなのすぐ治せるからどうでもいいんだよ! あああっ!? レティシアここ擦りむいてるじゃん!?」

「だから、シオンくんの方が重傷なんですってば……!」


 レティシアの手首にちょこんと擦り傷があるのを見つけて、シオンはこの世の終わりのような叫び声を上げた。先ほどツタから解放されたとき擦りむいてしまったらしい。


「早く治さなきゃ! 《ヒール》!」


 シオンは手早く呪文を唱えてレティシアの傷を治した。跡形もなく怪我が消えたことで、シオンは額の血をぐっとぬぐった。心から安堵したようにほっと吐息をこぼしてみせる。


「よかった、無事で。本当に心配したんだよ」

「シオンくん……」


 そんな彼に、レティシアは胸が詰まる思いだった。

 過去も故郷も家族もない。そんな自分にも、こんなに心配してくれるひとがいる。

 それがとても嬉しかった。

 だがレティシアはきゅっと眉をひそめるのだ。


「シオンくんは自分のことをないがしろにしすぎです。《ハイ・ヒール》!」

「あっ、ありがとう。ごめんね?」


 自分も回復魔法を使って、シオンの怪我を癒やす。

 またたくまに傷が塞がっていく中で、レティシアはバツが悪そうにするシオンの顔をそっと覗き込んだ。


「私が人じゃなくても……心配してくれるんですか?」

「え? だから言ったでしょ、レティシアはレティシアだよ」

「……はい」


 シオンの力強い言葉に、レティシアはうなずいた。涙がぽろぽろとこぼれ落ちたが、拭う余裕はなかった。


「ちょっ、レティシア泣かないで!?」


 シオンはあたふたするばかり。

 そんななか、呆れたような声がふりかかる。


「まったく……こんなふうに乱入されるなんて、計算外にもほどがあるわ」

「プリムラ!?」


 白衣についた砂を払うプリムラ。

 そんな彼女を見て、シオンがすっとんきょうな声を上げた。

 そこでようやくプリムラの存在に気付いたらしかった。レティシアを庇いながら、シオンは少女を睨み付ける。その横顔はレティシアが見たこともないほどの焦燥感に満ちていた。


「きみにはいろいろ聞きたいことがあるけど……師匠にいったい何をしたんだよ!?」

「へ、ダリオさんですか?」


 レティシアはきょとんと目を丸くする。

 そんな折だった。


「ふはははははは!!」


 雷鳴のような哄笑が響き渡ったその瞬間、空から星が落ちた。そう表現するしかない衝撃だった。


 ドガアアアアアアッッッ!


 頭上に重くのしかかる曇天。

 そこで一点の閃光が瞬いたかと思えば、何かが凄まじい速度で火口めがけて落下した。衝撃波が砂塵を巻き上げ、噴煙より高く立ち上る。


 シオンが守ってくれたおかげで、レティシアは辛うじて吹き飛ばさることはなかった。

 火山灰で視界が埋まる中、ビリビリと大気が戦慄くのを肌で感じる。

 それはまさに、息が出来なくなるほどの重苦しい気配だった。

 そうして砂塵が晴れたあと、プリムラの側に立っていたのは予想通りの人物だ。


「ふはははは。邪魔するぞ、我が弟子よ!」


 銀の髪をふたつくくりにした、赤い瞳の美少女。

 その姿はまさにレティシアもよく知るダリオだが――。


(ダリオさん、どうしてシオンくんの剣を……?)


 いつもシオンが使っていたはずの魔剣を、今はダリオが手にしていた。

 抜き放ったその剣身には禍々しいオーラが宿っており、かなりの距離があるというのに喉元に突き付けられているような寒気を覚えた。

 シオンの背に隠れながらも、レティシアはこそこそと問いかけてみる。


「あっ、たしかあの剣はダリオさんから譲っていただいたんでしたよね。お返ししたんですか?」

「いやあ……そんなつもりはないんだけどね」


 シオンは苦い面持ちで冷や汗を流すだけだった。

 そんなレティシアたちに気を留めることもなく、ダリオは気安げにプリムラの肩をぽんっと叩いた。


「悪いな。獲物が少々やるものだから、ついつい遊んでしまった」

「……いいえ、平気よ。師匠」

「へ? 師匠?」


 レティシアはぽかんと目を丸くする。

 そこでシオンが声を張り上げて叫んだ。


「本当に、うちの師匠に何をしたんだよ!?」

「簡単なことよ」


 プリムラはふっと微笑んで、ダリオに目を向ける。


「魔剣に封じてある魂に細工して、シオンを敵だと思わせた。それだけよ」

続きは明日更新。

来週月曜日に原作三巻&コミカライズ一巻発売!ですが早いところではもう入荷しているとか……早い!

本日発売のさめ原作コミカライズ『婚約破棄された令嬢を拾った俺が、イケナイことを教え込む』四巻と合わせてよろしくお願いいたします。こちらはこんなタイトルで激甘ラブコメ。

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[一言] プリムラさん…ダリオさんの魂をいじるなんて、 な ん て 恐 ろ し い コ ト を! (後のお仕置きが)
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