師弟の日々
本日もあと四回更新します。
ダリオの言ったとおり、修行はひどく地味なものだった。
最初、シオンは基礎体力作りが課されることになった。
走り込みや単純な筋トレ、水泳訓練……などなど。どこまでも続くこの空間は、どうやらダリオの自在に作り替えることができるらしかった。草原になったり、大海原になったり、はたまた講堂のような場所にもなった。
食料もダリオがどこからともなく出してくれた。
新鮮な野菜も肉も思いのままで、シオンはそうしたものを雑に焼いたり煮たりして腹に押し込み、ひたすら訓練に没頭した。
訓練を続け、限界が来たら眠り、また訓練を続ける……その繰り返しだ。
これまでも自分ひとりで自主鍛錬を続けてきたが、それの比ではないくらいには、ひどく地道で気が遠くなるような時間だった。たったひとりだけでは、百年も持たなかったかもしれない。
それが続いたのはダリオのおかげでもあった。
【よし、五万時間前に比べてフォームがよくなった。その調子だ】
「はい、師匠!」
ダリオはシオンの細かい成長に気付き、褒めてくれた。
体力作りに付き合ってくれただけでなく、魔法の基礎的な授業も執り行ってくれて、何度やっても失敗するシオンのことを決して笑ったりしなかった。
シオンの成長は、自分でもわかるほどに遅々としたものだった。
小さな炎を生み出したり、そよ風を起こしたり……そんな子供だましのような魔法でも、習得までに実に何年もの時間がかかった。
だから、あるときシオンはダリオにこう尋ねてみた。
「こんなに出来の悪い弟子なのに、失望したりしないんですか?」
【はあ?】
するとダリオは顔をしかめて――この頃にもなれば、彼の表情の変化がはっきり分かるようになっていた――つまらなさそうに応えてみせた。
【何を言う。我も昔は汝と同じ能なしだったのだぞ、失望などするものか】
「でも、時々思うんです……俺がもし神紋を持っていたら、もっと早く成長できたのに、って」
【ふむ。我もその昔ぶち当たった苦悩だな】
ダリオは顎を撫でてから、朗々と語る。
【たしかに神紋を持つ者は才能を有する。だがそれと同時に、向かない分野が存在するであろう?】
「えっと……赤神紋の人は炎の魔法が得意だけど、水とか氷の魔法は習得できない……とか、そういうことですか?」
万能の神紋というものは存在せず、すべてに一長一短が存在する。
草木を操る緑神紋は、炎を操る魔法が。
回復魔法に長けた白神紋は、その他一切の攻撃魔法が。
不得意な分野に関してはどれだけの歳月をかけようとも習得することは不可能で、だからこそ冒険者は己の短所を補うために複数人のパーティを組むのだ。
【そのとおり】
そう言って、ダリオは右手の甲をかざしてみせた。
神紋の光らないその手を、彼はどこか誇らしげに見つめて笑う。
【神紋を持たぬ我らには何の才能もない。だがそれは裏を返せば、どんな分野も不得手がないということだ。事実、初級魔法とはいえ、汝は様々な魔法を習得できているだろう?】
「そう言われてみれば……」
習得こそ遅いものの、シオンはどんな魔法も等しく覚えることができていた。
とはいえここに来るまでに百年ほどが経過していた。外の世界でまっとうに努力していたら、この段階に来るより先に寿命が尽きていたことだろう。こんな常識外れの世界だからこそできた芸当だ。
シオンはごくりと喉を鳴らし、自身の右手の甲を見る。
「つまり俺は……無能だからこそ、誰より万能になれるってことですか?」
【この我のように、な。ともあれ、まだまだその領域は遠そうだが】
ダリオは肩をすくめて、くつくつと笑う。
そんな師に、シオンは思わず駆け寄った。
「だから師匠は神紋を持たない後継者を探していたんですね。自分が持つ、すべての技術を授けるために!」
【うん? まあ、そういう点ももちろんあるが】
ダリオは頰をぽりぽり掻いて言う。
【汝なら分かると思うがな。神紋を持たないというだけで突っかかってくるバカどもがいるだろう? やれ『神から見放された者』だとか『能なし』だとか】
「は、はあ……いますね。でも、それが何か?」
【我はただ単に、同じ無神紋を育て、もう一度そういうクソどもの鼻を明かしたいだけだな】
言いよどむシオンに、ダリオはにたりと笑った。
【無能と嘲笑っていた者が、いつの間にか己を上回っていたと知ったときのバカどもの顔ときたら……あれほど見応えのあるものはない!】
「薄々分かってましたけど、いい性格してますよね。師匠」
【そうは言うが、実際のところ楽しいぞ。舐め腐ったバカを泣かすのは!】
「はあ……」
からからと笑う師に、シオンは生返事をするしかなかった。
そのほかにも、ダリオとは様々な話をした。
【ほう、そのレティシアとかいうのが、汝の好きな女子か】
「なっ……ち、違いますよ!? レティシアはその、なんていうか……」
【何を恥ずかしがる、色事も戦士の嗜みだ。我もその昔は多くの美姫を侍らせたものよ】
「つまりそれって……ハーレムってことですか!?」
【おう。修羅場も飽きるほど経験済みだ】
濃厚な大人の世界を垣間見たり、そうかと思えば――。
「もう我慢なりません! 師匠は適当すぎるんです!」
【何をぉ!? ならば汝なんぞ破門だ破門!】
「望むところです!」
些細なきっかけで口喧嘩を繰り広げてみたり。
とはいえ最も多かったのは、ダリオからかつての冒険譚を聞く時間だった。
あこがれの英雄の口から直に語られる物語は、どれもシオンの胸を高鳴らせた。
だからこそ、単調な修行にもなんとか耐えることができたのだ。
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