アスカ・フェイルノート
アスカは顔を上げてくすりと笑う。
「怪我をしたスタッフも、魔法ですっかり元気になったの。誰も手遅れにならなかったのはシオンのおかげよ。本当に感謝しているわ」
「ど、どういたしまして……あれ?」
まっすぐな言葉の数々に、シオンは顔が赤くなるのを感じる。
思わずすこし目線を逸らしたところで、アスカの背後で控える秘書の女性と目が合った。
白い髪に、深紅の瞳。美しくも毅然とした顔立ちの女性だ。
そして、その顔には見覚えがあった。
シオンは目を丸くする。
「さっきオークション会場にいた、バニーさん……?」
「はい?」
秘書の女性が怪訝そうに首をひねる。
しかし、どこからどう見ても先ほどオークション会場にいた女性だった。
ステージの上でキャスパリーグに襲われかけていて、そこをシオンが庇って逃がした。
あのあとゴタゴタしてしまって彼女の無事を確かめられなかったが、まさかこんな場所で会えるなんて思いもしなかった。
シオンはにこにこと笑いかける。
「元気そうでよかったです。ここでもお仕事されているんですか?」
「……私はオークション会場になど行っておりませんが」
「えっ。でも、たしかにあそこで……」
秘書は淡々と、それでも確かな否定を口にする。
シオンが困惑していると、アスカがふんわりと微笑んだ。
「シオンくんは知らないのね。この子はホムンクルスなのよ」
「ほ、ホムンクルス……ですか?」
「平たく言うと、ひとの手で生み出された魔法生命体ね」
なんでも人の髪や皮膚を材料に、人に似て人ならざる生命を作り出す技術があるらしい。
簡単な仕事であれば黙々とこなしてくれるため、非常に役に立つという。
「この子みたいなホムンクルスが、島のあちこちで働いてくれているの。ほら、この会場内にもたくさんいるでしょ?」
「そう言われてみれば……」
アスカが示すままに、パーティ会場をぐるりと見回す。
飲み物を運ぶ給仕、バニー姿のコンパニオン、子供らの相手をするスタッフ……。
それらはみな、白い髪に赤い目を持つ女性たちだ。
髪型や顔立ちが少しずつ異なるものの、どれもよく似ていた。
「オークションであなたが会ったのも、この子と同型のホムンクルスなのでしょうね」
「そうでしたか。ありがとうございます。仲間を救ってくださって」
「い、いえ……」
秘書の女性はぺこりと頭を下げてみせる。
言葉はとても丁寧だが、感情の起伏に乏しく平板だ。
とはいえ、それも個性のひと言で片付けられそうなほど、どこからどう見ても人間にしか見えなかった。
レティシアも唖然として口元を押さえる。
「ホムンクルスって……たしか、とっても難しい技術ですよね」
「あら、あなたは少し詳しいようね。名前は知っていても、どういうものか知識のない人が多いのに」
「は、はい。私はその……白神紋なので、研究に誘われたことがありまして」
レティシアは慎重に言葉を選ぶ。
シオンと出会う前は、回復魔法に長けた白神紋持ちとして旅をしていた。
その最中に、錬金術の研究者から誘いを受けたことがあるらしい。
「ひとり作るだけでも莫大なお金がかかるし、メンテナンスも大変で……滅多に作れる人のいない、錬金術の奥義です。よっぽど訓練を重ねないと命令を聞かせることもできませんし、私も初めて見ましたよ」
「そんなすごい技術なんだ……」
「ふふ、それほどでもないわよ」
アスカは平然と肩をすくめてみせる。
エントランスの手すりにそっと身を預け、輝く街並みを眺めて続けた。
「……この島はね、私の生まれ故郷なの」
彼女はここで生まれ育ち、この島のダンジョンで冒険者としてデビューした。
しかしダンジョン以外に何もないこの島は、住民が減る一方で――それを何とかしようと立ち上がったのだという。
今現在アスカが見下ろす街並みからは、かすかな喧噪がいくつも届いていた。
夜風に髪をなびかせながら、照れくさそうに笑った。
「私はここを、たくさんの人が手を取り合う明るい街にしたかった。でも、そのためには圧倒的に人手が足りなくて……苦肉の策ってやつで会得したの。だから、たいしたことないわ」
「故郷、ですか……」
レティシアもまた遠い目をして街並みを見つめる。
その寂しげな横顔に、シオンは胸がちくりと痛んだ。
(ひょっとしたら……ここがレティシアの故郷かもしれないよな)
商人が見たという少女が、レティシア本人かどうかは今も分からない。
だがもしも記憶を失う前にここにいたのなら――彼女もまたここで生まれ育ったのかもしれない。それならアスカが知っている可能性は十二分にあった。
シオンは意を決し、彼女に質問を投げかける。
「あの、アスカさん。ひとつ聞きたいことがあるんです」
「あら、何かしら」
「この子と……レティシアと、以前会ったことはありませんか?」
「レティシア?」
アスカは目を瞬かせる。
長い髪をそっと撫で、人差し指でくるくると回す。どうやら考え込んでいるらしい。
しばらくしてから、彼女はゆっくりとかぶりを振った。
「悪いけど……覚えがないわね。人の顔は忘れない方なんだけど」
「そうですか……」
レティシアはしょんぼりと肩を落とす。
やはり彼女もどこか期待していたらしい。
その落ち込みように、アスカは軽く眉を寄せてみせた。
「何か事情があるようね」
「えっと、実は……」
万象紋については一旦伏せておく。
それでもシオンが手短に説明すると、アスカは物憂げなため息をこぼしてみせた。
「そういうこと……故郷と家族を探しているところなのね」
「はい。それで、ここで私を見たっていう人がいて……」
「一年くらい前だっていうから、記憶をなくす前のはずなんです」
「一年前ねえ。本土には滅多に渡らないし、その時期なら私も島にいたはずだけど……」
アスカはあごに手を当てて、ぶつぶつとこぼす。
その目は真剣そのものだ。気圧されるようにしてシオンとレティシアが目配せしていると、彼女はゆっくりとうなずいた。
「ごめんなさい。心当たりはないわ。でも、それなら私が力になりましょう。これも何かの縁ですしね」
「えっと……でも、あまり大事にしてほしくもなくて」
「大丈夫よ。私はホムンクルスの管理を一括して行っているの。全員に命令を飛ばすことも可能よ。こんな感じに、ね」
そう言って、アスカはぱちんと指を鳴らす。
その瞬間、秘書を含んだ場内すべてのホムンクルスが一斉に跪いた。彼女らが深く頭を下げる先にいるのはもちろんアスカだ。
会場中の者たちがその光景にぽかんとし、そして割れんばかりの喝采を送った。
アスカのホムンクルス操術は多くの人が知るところらしい。誰もが例外なく尊敬の目を向けている。
続いて軽く腕を振ると、彼女らはすっと立ち上がってもとの業務に戻っていった。
「どうかしら」
「す、すごいです……」
シオンは素直な感想を述べる。
その一糸乱れぬ動きにおののいたのはもちろんのこと、
(つまりこの島中に、アスカさんの兵隊がいるってことだもんな……)
まさに島の女王と呼ぶに相応しい存在だった。
アスカはレティシアの顔を覗き込み、にっこりと笑う。
「この子たちは島のあちこちで仕事をしているの。あなたの情報をそれとなく集めさせるわ」
「あ、ありがとうございます! お願いします!」
レティシアはぱあっと顔を輝かせ、何度も頭を下げてみせた。
思わぬ協力者が現れたことで、暗くなりかけていた気持ちが少し晴れたらしい。
シオンもまたアスカに頭を下げる。
「俺からも感謝します。かわりと言ってはなんですけど……お手伝い出来ることがあれば何でも言ってください。警備でもなんでもします」
「あらそう? それなら遠慮なく働いてもらおうかしら。あなたの強さは保証済みだしね」
アスカはいたずらっぽくウィンクする。
海から吹き付ける夜風は少し強まり、肌寒さが増す。
それでもシオンはぽかぽかと胸が温かくなるのを感じていた。
そして、そこで呑気な声がかかった。
「姉さん。シオンたちと何を話してるの?」
「あら、プリムラ」
アスカが振り返った先にはプリムラがにこにこと笑って立っていた。
シオンは一瞬だけきょとんとしてしまうが、すぐに気付いてハッとして叫ぶ。
「お、お姉さんなの!?」
「ええ、そうよ。言わなかったっけ?」
プリムラは悪戯っぽく笑い、アスカに冗談めかして抱き付いた。
「私の自慢の姉さんなんだから。ねー、姉さん?」
「はいはい。あなたも自慢の妹よ」
アスカはそれを雑にいなしつつ、ふんわりと微笑んだ。
言われてみれば彼女らは髪も目も似たような色だ。
(そういえば、なんかすっごく強いお姉さんがいるとか聞いた気が……!)
以前出会った、昇格試験会場でのやり取りを思い出す。
たしか名うての冒険者の妹だとかで、ほかの冒険者らから注目されていた。
アスカは妹の頭を撫でながら小首をかしげる。
「知り合いなの、プリムラ」
「うん。前に言ったでしょ、昇格試験ですっごく強い男の子にあったって。その子よ」
「聞いた気がするけど……強いにしても限度がない? Fランクでキャスパリーグを無力化するなんて前代未聞じゃないの」
「あ、あはは……そんなことはないですよ、たぶん」
アスカは改めてまじまじとシオンの顔を見つめてくる。
おかげでシオンはたじたじだ。そんな折、秘書が懐中時計を取り出した。
「アスカ様。そろそろお時間です」
「あら、話し込んでしまったようね。分かったわ」
アスカは妹をそっと引き剥がし、レティシアに笑いかける。
「それじゃ、私はもう行くけど……明日からあなたのこと、調べてあげるわ。分かったことがあったら伝えるからね。プリムラ、シオンたちを案内してあげて」
「分かってるわよ。どーんと任せといて、姉さん」
「ふふ、期待しているわね」
プリムラはその台詞通り、胸をどんっと叩いてみせる。
それにアスカはうっすらと微笑んで、手を振って去って行った。
彼女を見送ってシオンとレティシアはほうっと同時に息を吐く。
「なんていうか、すっごくオーラのある人だったね」
「は、はい。ダリオさんみたいでした」
「ああ、ちょっと分かるかも」
シオンは深く頷く。
どちらも強者特有の気品というか、そうした自信に溢れている。違いといえば、アスカの方が物腰が柔らかく、親しみやすいという点だろうか。ダリオには言えないが。
そんな話をふたりでしていると、プリムラが意を決したように話しかけてくる。
「ねえ、シオン、レティシア。さっきの話って本当なの?」
「へ?」
「悪いとは思ったんだけど、こっそり立ち聞きしちゃってさ……レティシアが記憶喪失云々って話」
プリムラはバツが悪そうに頬をかく。
それにシオンは愕然とするのだ。
(まったく気配を感じなかったんだけど……!?)
デリケートな話ゆえ、他に人がいないことを確認しての密談だった。
プリムラが聞き耳を立てていることに、シオンはまったく気付けなかった。
修行の結果、鋭くなった五感は常時オフにはしている。
それでも騒がしい往来に落ちた針の音を聞き分けることくらいは余裕で出来た。そんな自分が気配を見逃すなんて、あまり考えられないことだ。
言葉を失うシオンをよそに、レティシアがおずおずと頷く。
「は、はい。そうなんです。できれば、他の方には内緒にしてもらいたいんですけど……」
「それは別にいいんだけど……むーん」
プリムラは難しい顔で唸る。
その不可解な態度に、シオンもレティシアも不安に駆られて目配せした。
しばしプリムラはそのまま考え込んでから、ため息交じりに口を開く。
「あのね。うちの姉さんってば、あんなふうにいかにも仕事の出来る女って感じでしょ? でも、妹の私からしてみれば意外と可愛いところもあるのよね。虫がダメだったり、甘いものに目がなかったりしてさ」
「い、意外な一面だね」
毅然とした美女からは、とてもじゃないが想像できない姿だった。
だが、それはそれでギャップ萌というやつでもあり――シオンがドキドキを持て余していると、プリムラは続ける。
「で……嘘を付くとき、髪をいじる癖があるのよね。こんな感じにさ」
髪の一束を撫で、指に巻き付けくるくると回す。
それは先ほどアスカが取った仕草そのものだった。
『この子と……レティシアと、以前会ったことはありませんか?』
『レティシア? 悪いけど……覚えがないわね」
シオンが質問したとき、アスカは髪を弄りながらそう応えたはずだ。
レティシアの顔がさっと青ざめる。
「それって……」
「うん。姉さんはさっき嘘を付いていた。レティシアのこと、本当は知ってるはずよ」
プリムラは険しい顔で断言した。
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