宴での出会い
黄金郷では毎日どこかしらで催し物が開催されているという。
好事家が集まるオークション、世界的な音楽家たちが腕を競う大会、腕自慢が集う競技場……それゆえ世界中から多くのVIPが訪れることになる。
そうした者たちをもてなすのも冒険者ギルド長の仕事らしく、定期的に主催のパーティが行われているらしい。
この街のギルドはいくつかの建物が連なっており、城塞めいた造りをしていた。
その奥まった場所にある会場にて今宵も祝祭が催される。
高い天井にはきらびやかなシャンデリアが垂れ下がり、楽団が静かな曲を奏でている。着飾った人々がグラスを片手に集まる中、ステージの上に立ったアスカが朗々と言葉をつむぐ。
「お集まりの皆さん、ご静粛に。本日は素敵なゲストを紹介させていただくわ」
彼女が優雅な手つきで示すのは隣のシオンだ。
緊張でガッチガチ、かつ真っ青になって縮こまるシオンにもおかまいなしで、アスカはよく通る声で紹介する。
「彼こそがオークションの危機を救い、見事キャスパリーグをテイムしてみせたシオンよ。有望な若者にどうか拍手を」
「ど、どうも……」
シオンが小声で頭を下げると、会場内から割れんばかりの拍手が送られた。
オークション会場での一件のあと。礼がしたいというアスカに招かれ、このパーティに参加することになった。様々な者が参加すると聞かされていて、どんな出会いがあるのかシオンはワクワクしていたのだが……それは予想を上回るものだった。
「へえ、あのキャスパリーグをね……ふうん?」
「こんな時代にも骨のある者がいるんですねえ」
「うふふ……わらわの眷属にしたいのう」
そんな声があちこちから聞こえてくる。誰もが興味津々だ。
それでもシオンは顔を上げるに上げられなかった。
ダリオに修行を付けてもらって以来、注目を集めることは何度もあった。
昇級試験のときや、先日訪れた竜人族の里……などなど。それゆえ人の目にはある程度慣れたつもりでいたのだが、この場では話がまったく変わってくる。
(何ここ!? 超が付くような大物ばっかりじゃないか!)
ステージの上から見えるのは、様々な種族の者たちだ。
それらの中にはシオンが知るような著名人がごろごろといた。
吸血鬼族を束ねる真祖にして最強の吸血鬼、吸血姫エヴァンジェリスタ。
大陸中央に広がる、皇霧の森を治める最古のエルフことクローネ。
北方の深海に巨大帝国を構える魚人女王オルトゥリア。
……などなど。
シオンは気が遠くなるのを感じた。彼女らの知名度が高いだけが理由ではない。
(いろいろな人物が集まる街だって聞いていたけど……なんでよりにもよって、師匠がらみの人ばっかりがいるんだよ!?)
先に挙げたのはすべて、ダリオと因縁のある人物たちだった。
舞台袖にはけてから、誰もいないのをいいことにシオンはこそこそと魔剣に話しかける。
師はオークションではしゃぎすぎたようで、小休止だといって先ほど剣の中に戻ったばかりだった。
「あの、師匠。俺の気のせいならいいんですけど、会場内にちょこちょこお知り合いがいますよね……?」
【うむ。さすがはオタクだな、よく知っておるではないか】
「そりゃまあ……師匠のことを書いた本には、絶対に載ってるようなひとたちばっかりですし」
千年前、ダリオは彼女らと血で血を洗う大戦争を繰り広げたはずだ。
冷や汗を流すシオンをよそに、当の本人は愉快そうに声を弾ませる。
【いやはや、当時あやつらは人間を虫ケラ以下だと見下しておってな。そのせいで我とは何度も対立したのだ。それがまさか、こんな人間主催の集まりに顔を出しているとは……見た目は変わらんが、年月を経て丸くなったのやもしれぬなあ】
どこか遠い目をするようにして、師は語る。
それはシオンに聞かせるものというよりも、どこか独り言めいた響きを有していた。
もう二度と戻れないかつての時代を、懐かしんでいるようだった。
しかしシリアスモードも長くは続かない。
ダリオは火花が爆ぜるように笑い始める。
【ふははは! あの気高い吸血鬼やエルフや人魚姫どのたちがなあ! やはり我のあれこれが効いたかなあ! ボコボコにして財産を巻き上げたり、ベッドでひいひい言わせたりして、たーっぷりと可愛がってやったものなあ! わははは!】
「やっぱりそういう意味でも食い物にしてたんですね……」
シオンはげんなりしてしまう。
こういう話題はどこまでもついて回るらしい。
ひとまず魔剣をかざして、至近距離で凄んで釘を刺しておく。
「師匠、あのひとたちに復活したことがバレたら厄介でしょ。大人しくしててくださいよ」
【面倒事になるのは確実だろうな。だが、やつらの慌てふためく顔を見たい気もするし。うーむ、どうしたものかなあ?】
「このまえクロガネさんを驚かして満足したはずでしょ。やめてください。まったくもう……」
ダメ押しして、そのへんにあったボロ布で魔剣を包んでおく。
隠しておけばダリオの知り合いたちにはバレないだろう。たぶん。
こうして舞台袖からそっと出て、客の間を移動していく。
ちょうどそこでアスカのスピーチが終わったところだった。彼女がステージを降りてすぐ、部下らしき女性がそばに駆け寄って耳打ちする。
それに、アスカは平然と返してみせた。
「それなら後で私が出向くわ。最低限の人員だけ回しておいて」
「しかし、アスカ様はもう何日も休まれていませんよね? あまりご無理はなさらない方がよろしいのでは」
「これくらい平気よ。それより明日の予定のことなんだけど――」
彼女はテキパキと職務についての指示を出していく。
その堂々とした佇まいに、周囲の人々はこっそりと見蕩れていた。
美しい魂に惹かれるのはどの種族も共通らしい。
(天は二物を与えずって嘘なんだなあ)
シオンはしみじみしつつあたりを探す。
すると、パーティ会場のエントランスでレティシアが見つかった。
頭上にはすでに満天の星空が広がっており、眼下に広がる街並みはそれに負けないほどにきらびやかな輝きを放っていた。夜になってもお祭り騒ぎはあちこちで続いているらしい。
レティシアは夜景を眺めてぼんやりしていたが、シオンを見つけた瞬間にその顔がぱあっと明るくなる。
「シオンくん、おかえりなさい。すっごく格好良かったですよ!」
「そ、そうかなあ……でもありがとね」
苦笑しつつもシオンは頬をかく。
お世辞でもそう言ってもらえて嬉しかった。
そんなふうに和んでいたところで――背後から、肩をトントンと叩かれた。
続くのは鈴を転がすような軽やかな声。
「ねえねえ、そこの人間」
「は、はい……っ!?」
シオンは振り返ったその瞬間にフリーズした。
目の前にいたのは、まばゆいばかりの美少女だった。
縦ロールの長い金髪に、血よりも紅い瞳。身に纏うのは黒を基調としたゴシック調のドレスであり、薄く微笑んだ口元からは鋭い二本の牙が覗いている。
もちろん初対面だが、シオンは彼女のことをよーく知っていた。
何しろ、さっきステージに上ったときに、姿だけは確認していたので。
「吸血姫エヴァンジェリスタ……!?」
「あら、あたしのことを知っているの? 光栄ね」
少女――エヴァンジェリスタはくすりと笑う。
胸に手を当てふんぞり返ると、その背中から大きなコウモリの羽根が生えた。羽根をはためかせて堂々と名乗る。
「いかにも。私こそが真祖にして最強の吸血鬼、エヴァンジェリスタ・アル=カードよ!」
「ええっ! 吸血鬼さんなんですか……!?」
レティシアがあんぐりと目を開いて固まってしまう。
それに、エヴァンジェリスタはますます笑みを深めてみせた。
「そんなに身構えないでちょうだい。あたしは他の雑魚たちと違って、むやみに人の血を吸ったりはしないから。でも……あなたはずいぶんと美味しそうな匂いがするわね。試しにひと噛みいいかしら?」
「ひえっ……い、痛いのは遠慮します!」
「あはははは、冗談よ! 素直な子ねえ」
怯えたレティシアがシオンの背中に隠れると、エヴァンジェリスタはいっそう破顔した。
どうも人をからかって遊ぶのが好きな性分らしい。本に書いてあった通りの人物像だ。
最古の吸血鬼として知られており、どんな吸血鬼もみな彼女に絶対服従。一般的な弱点とされる日光や十字架、ニンニクなどはすべて克服しており、死んでも何度でも蘇るという。
(そんな大物が、なんで俺たちに話しかけてきたんだ? まさか、師匠のことがバレたとか……!?)
シオンはビクビクするしかない。
剣は布でくるんであるし、ダリオの声は他人に聞こえない。
だがそれでも、何かしらを察した可能性がなきにしもあらずで……ダリオは弟子の気も知らずに呑気な声を上げる。
【おーおー、相変わらずの性悪よな。どうだ、シオン。やっぱり我が出て行こうか?】
(ちょ、ちょっと待っててください。まず、このひとの目的を探ります)
ごくりと喉を鳴らしてから、シオンはエヴァンジェリスタにおずおずと尋ねる。
「えーっと……吸血鬼のお姫様が、俺なんかに何かご用ですかね?」
「もちろん、キャスパリーグのことよ」
エヴァンジェリスタはあっさりと告げる。
そうしてひとつ指を鳴らせば、頭上から球体が振ってきた。
先ほどシオンが制圧したキャスパリーグだ。エヴァンジェリスタの胸に抱かれて、眠たげな声を上げる。
「ぶみー」
「この子は私が競り落としたものだったの。怪我もなく確保してくれて、とっても感謝してるんだから」
「ああ、そういうことですか……なんだ、よかったあ……」
「なあに、ビビっちゃった? ふふん、あたしの威光もまだまだ健在ってわけね」
エヴァンジェリスタは得意げに鼻を鳴らす。
そのついでにキャスパリーグをなでなでもふもふする。その優しい手つきでキャスパリーグの間抜けな顔がさらにとろんと蕩け、彼女自身もうっとりと相好を崩してみせた。
「ふふふ、本当に可愛い子ね。私のペットにするのに申し分ないわ! お城でめいっぱい可愛がって大きく育ててみせるんだから、覚悟しなさいよね」
「ぶみーっ」
「よかったですねえ、キャスパリーグさん。お優しい飼い主さんで」
高らかに鳴くキャスパリーグに、レティシアはほのぼのと相好を崩す。
その一方で、エヴァンジェリスタはキラキラした目をシオンに向けた。
「それであなたよ。ただの人間のくせに、キャスパリーグを鎮圧するなんて大した逸材だわ。いったいどんな神紋を持っているの?」
「えっ、それはその――」
「隠したって無駄よ。えいっ、《血定》!」
エヴァンジェリスタが自身の指を噛むと、そこから紅い霧が噴き出してシオンの右手のひらを包み込んだ。どうも吸血鬼オリジナルの神紋判定魔法らしい。
もちろんシオンの右手には、何の印も浮かび上がらない。
その結果に、エヴァンジェリスタは目を丸くして声を上げた。
「あなた無神紋なの!?」
「は、はあ……その通りです」
おずおずと首を縦に振ると、周囲の人々もまた騒然とする。
アスカや吸血姫が気にかけるシオンに、みな興味津々だったらしい。
「お、おい。今の聞いたか?」
「ええ、無神紋なんて本当かしら……」
「それでキャスパリーグを……? にわかには信じられんな」
皆おおむね懐疑的な眼差しを向けてくる。
しかし、エヴァンジェリスタは違っていた。
「すごいじゃない!」
「へ……!?」
目をいっそう輝かせて、シオンの手をぎゅうっと握る。
千年を生きる吸血鬼でも手はきゃしゃな女の子の手そのものだ。しかも美少女。
それが手を握ったまま顔を近付けてきたものだから、シオンはドギマギしてしまう。バラの香りがかすかに鼻孔をくすぐって顔が一気に赤くなる。
「むう……」
レティシアがかすかな唸り声をこぼす。振り返れないが、珍しくお怒りの気がした。
それにもお構いなしで、エヴァンジェリスタはニコニコと続ける。
「よっぽど厳しい修行を重ねてきたんでしょ。あたし、頑張る人間は大好きよ」
「え……エヴァンジェリスタさんは、疑わないんですか?」
「当たり前でしょ。無神紋でも強いやつはいるって知ってるからね」
「ああ、なるほど……」
そういえばダリオと知り合いだった。
それならあっさり信じてくれるのも頷けるというものだ。
続きは明日更新。
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