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おもわぬ再会

 隣で見ていたレティシアも、さっと目をそらす始末。


「あ、あはは……シオンくんは、ほんとうに賢者ダリオがお好きなんですね……」

「ほれ見ろ。レティシアもドン引きしておるではないか」

「ええっ!? レティシアは分かってくれるよね!? あの枕がどれだけ歴史的に貴重なのかを……!」

「えーっと、その……うん。上手にお買い物ができてよかったですね、シオンくん!」

「レティシアよ、バカを甘やかすでない。本音をぶつけた方がこいつのためだぞ」


 じとーっとした目でレティシアをいさめるダリオだった。

 グラスを傍らに置いて、やれやれとばかりに肩をすくめてみせる。


「まったく……参加しろとは言ったが、しょーもない金の使い方をしおって……たまに我、汝を弟子にしたのをちょっぴり後悔するのだよなー」

「お互い様です。俺も弟子になったの、たまに後悔しますから」

「わはは、汝も言うようになったなあ」


 売り言葉に買い言葉だった。

 にっこり反論したシオンのことを、ダリオは笑顔で睨め付ける。

 そこそこの死線をくぐり抜けた戦士だろうと一発で昏倒するような凄まじい眼力だったが、慣れたシオンにはそこまで効かない。

 ダリオはちっと舌打ちしてみせる。


「仕方ない、ここは師匠であるこの我が手本を見せてやろう。さあさあ、レティシアよ。何でも欲しいものを言うといいぞ! 我が華麗に手に入れてやろう!」

「そ、そう言われても、今のところ何も……」


 レティシアは少し慌ててから、髪を撫でてふんわりとはにかむ。

 そこには依然として三日月型の髪飾りが輝いていた。


「私には、シオンくんにいただいたこの髪飾りで十分ですから」

「かーっ、いい女だなあ! ムカつくぞ、我が弟子!」

「いたっ!? なんで俺を殴ったんですか!?」


 思いっきり肩をぶん殴られて、シオンは抗議の声を上げるしかない。

 とはいえ気持ちは多少理解できたのでそれ以上は文句を言わなかった。シオンも師と同じ立場なら「見せつけてくれるなあ……」と遠い目をしたと思うので。

 そんな仲良し師弟に、レティシアはにこにこと笑いかける。


「そう言うダリオさんは、何か欲しいものがないんですか?」

「そうだなあ、どれも面白い品ではあるが。あいにくこの調子では、我の物欲を刺激するような至宝は出てきそうも――」

「それでは次の商品! 次もまたまた賢者ダリオに関する代物となります!」


 シオンの落とした枕が撤収され、新たな品物が運ばれてくる。

 白い布で覆われたその品はずいぶんと上背があった。

 客たちの興奮が最高潮まで高まったのを見計らい、司会がその布を取り払う。

 かくして現れたのは――筋骨隆々でポーズを決める男性の像だった。


「こちらは賢者ダリオの金の彫像です! 生前のお姿を忠実に再現した貴重な一品となっておりまして……ご覧ください、この勇ましい顔立ち! 上腕二頭筋に浮き上がった血管! 丸太のように太い胴! いやあ、まさに英雄と呼ぶにふさわしいたくましさですね!」

「三千出してやるから、今すぐそのふざけた代物を破壊させろぉ!!」

「ダリオさんまで!?」


 番号札を高らかと掲げ、ダリオが怒声を上げた。

 後生の世に自分が男だと伝わっていることが、非常に面白くないのだ。

 その凄まじい鬼神のごとき形相のせいで、そこかしこから悲鳴が漏れる。

 ダリオが殺気立つ中、シオンは顎に手を当てて考え込む。


(でも、あれはあれで貴重なダリオグッズだし……手元に置いときたい気もするなあ)


 偽物だと分かっていても、歴史的価値は十分に高い。

 マニアとしては是非とも押さえておきたい逸品だった。


 問題は、あれを手に入れるためにはダリオと競り勝負しなければならない点で……競りに勝ててもまず間違いなく破壊される。入手難易度はバカ高いだろう。

 間違いなく、諦めた方が早いのだが――。


(障害ってのは……あった方が燃えるよな!?)


 シオンの中で、かえって闘志が沸き立った。

 勢いよく手を挙げて、値段を叫ぼうとする。


「はい! 三千ひゃ――」

「あれ、ひょっとしてシオン?」

「へ」


 しかし、そこで声をかけられた。

 ハッとして顔を上げれば、ひとりの女の子がきょとんとこちらを見つめていた。


「プリムラ!?」

「うわあ、ほんとにシオンだ! 久しぶりね」


 無邪気な笑顔を向けてくるのは、活発そうな赤毛の少女だ。

 背中には大きな弓を背負っており、年はシオンたちとほとんど変わらない。

 久々の再会に呆気にとられている内に、オークションはつつがなく進行した。

 木槌が高らかに鳴らされる。


「えー……それでは三千のお客様で落札となります」

「よっっし! ざまぁ見さらせボケが!!」

「お、おめでとうございます?」


 天高く吼えるダリオに、レティシアはきょとんとしつつ拍手を送った。

 勝者の雄叫びが会場中に響き渡って、客たちは顔を見合わせる。


「何だよ、今日のオークション……ヤバいマニアがふたりも来てるのか?」

「ダリオ関係の品は諦めた方がいいだろうなあ……」

「おや? あのお嬢さん……まさか」


 そんな声があちこちから聞こえてくる。

 彫像を競り落とせなかったのは残念だが、友人との再会は喜ばしいものだった。

 シオンは改めて笑顔を向ける。


「久しぶり、プリムラ。元気そうだね」

「もちろんよ。まさかこんなところで会うなんてね」


 プリムラもニコニコ笑って席へと近付いてきた。

 それに気付き、レティシアが目を丸くする。


「あれ? シオンくん、こちらの方は……?」

「ああ、この前の昇格試験で知り合った子だよ。プリムラっていうんだ」

「初めまして。シオンには試験ですっごくお世話になったんだ」


 プリムラは軽く片手を上げて挨拶する。

 先日、デトワールの街で行われた昇格試験。そこでシオンは彼女と知り合い、窮地に陥ったところを偶然助けることになったのだった。

 簡単に説明すると、レティシアはにっこり笑って会釈する。


「そうだったんですか。初めまして、私はレティシアといいます」

「我が名はダリオという」


 続いてダリオが名乗り、プリムラにぐっと顔を近付ける。

 品定めするような眼差しでじーっと見つめ、ニヤリと笑う。


「ふむ、なかなか美しい娘だな。あと三年もすれば我好みに育つだろう」

「は、はあ……どうも?」


 プリムラは困惑気味にうなずくばかり。

 シオンが止めに入る前に、ダリオはプリムラの手を取って軽く口付けを落としてみせる。


「美しい少女よ、出会えた運命に感謝するが……悪いが我には火急の用がある! 失礼するぞ!」

「あ、はーい? 行ってらっしゃい?」


 ぴゅーっと駆けていったダリオのことを、プリムラは手を振って見送った。

 どうも彫像の代金を即金で支払って、即座に破壊するつもりらしい。


(あーあ……貴重なダリオグッズが……)


 負けは負けなので、シオンは涙を呑むしかない。

 遠い目で師匠の背中を見送ると、プリムラがくすりと笑う。見れば彼女は意味深なニヤニヤ笑いを浮かべていて、シオンの肩を小突いてくる。


「へえ~? シオンってばなかなかやるじゃない」

「え……『やる』って何を?」

「決まってるでしょ。まさかハーレムパーティを作っているとはね」

「ハーレムぅ!?」


 予期せぬ単語に、シオンは目を剥いて叫んでしまう。

 レティシアもぽかんと口を開けて固まっていた。

 凍り付くふたりにお構いなしで、プリムラはにまにまするばかりだ。


「だって、男ひとりで女ふたりのパーティなんて、どう考えてもそうとしか考えられないじゃない。しかもどっちも美人さんだし。こんな可愛い子たち、どうやって捕まえたのよ」

「えーっと、プリムラ……? きみは大きな誤解をしてるっていうか……うん」


 シオンはしどろもどろで反論に出る。

 確かにメンバー構成だけを見ればハーレムかもしれない。

 だがしかし、そのメンバーが問題だった。

 プリムラの目をじっと見つめて、シオンは低い声で言う。


「まず、レティシアはともかくとして……さっきの横暴ツインテールがハーレム要員なんて、悪夢でしかないから。それだけはしっかり訂正させてほしい」

「真顔じゃん……え、そんなに嫌なの? 変な人だけど美人さんなのに」


 プリムラは納得いかない様子で首をひねる。

 美人は美人だが、それを差し引いても師匠は師匠だ。


(あの人をハーレム要員にするとか、命がいくつあっても足りないって……)


 想像して青ざめるシオンをよそに、プリムラは明るく笑う。


「あたしはいいと思うよ、ハーレム。だって、それならあたしにもチャンスがあるってことだしね」

「えっ、チャンスって……?」

「そりゃもちろん彼女の座?」

「か、かのじょ、ですか……!?」


 裏返った悲鳴はレティシアのものだった。

 シオン以上の動揺っぷりで、まっ赤な顔でがたがたと震えはじめる。

 ごくりと喉を鳴らしてからプリムラに問いかける。


「え、えっと、その……プリムラさんはシオンくんのことが、すすすす、すき、なんですか……!?」

「うん。だって強いし、顔もわりかしタイプだし」

「そんなあっさりと……!?」


 レティシアはそれで完全に言葉を失ってしまった。

 そんなことにはおかまいなしで、プリムラは空いたダリオの席に腰を下ろし、シオンの顔を至近距離から覗き込んでくる。にんまりと浮かべるのは実に蠱惑的な女の顔だ。


「シオンと一緒なら、あたしの人生きっと楽しくなると思うんだよね。ねえ、どうかな」

「ど、どうかと聞かれましても……」

「ちなみに、あたしって意外と着痩せする方なんだ。ほらほら試しに触ってみる?」

「いいです結構です!」


 右手をがしっと掴まれて、胸へと誘導されそうになる。

 スレンダーな見た目に反し、間近で見ると確かにかなりのサイズ感だった。

 誘惑をはねのけて腕を振り払い、改めて首を横に振る。


「ともかく、ハーレムとかそんな爛れた事実は一切ないから。誤解しないでほしいな」

「ふーん。じゃあ何、付き合ってる子はいるの?」

「へっ!? い、いやその、今はいないけど……」

「じゃあ私をお試しで彼女にしてくれたってよくない? それとも他に好きな子でもいるの?」

「そ、それは、その……!」


 シオンは思わずレティシアのことを見てしまう。

 視線がばっちり交わって、ふたりとも同時に目をそらす。

 お互いの顔は言い訳のしようもなく真っ赤に染まっていた。


(好きな子はいるけど……こんな場所で言えるわけがない!)


 流れで告白するなんて、どう考えても最悪なシチュエーションだった。

 そのため、シオンは逃げの一手に出る。強引に話を変える作戦だ。


「俺のことは置いといて……! プリムラはどうしてこんなところにいるんだよ!?」

「あたし? あたしは見回りみたいなものかな」


 それにプリムラがあっさり答えてくれた。

 いまだ盛り上がるオークション会場をぐるりと見回して肩をすくめる。


「ほら、ここって大きなお金が動くし、世界的なVIPもたくさん来てるんだよね。だから、何かあったときのための警固ってわけ。他にも大勢いるんだよ」

「そういえば、それっぽいのがちらほらと……」


 場内には武器を携えた者たちがいて、客席を巡回しては目を光らせていた。

 どれもこれも歴戦の戦士といったオーラをまとっている。

 話題が移ってホッとしたのか、レティシアはキラキラした尊敬の眼差しをプリムラへと向ける。


「そんなお仕事を任されるなんて、プリムラさんはすごいんですね」

「いやいや、大したもんじゃないよ。あたしなんか補欠の数あわせだからね。気楽な仕事だよ」


 プリムラは冗談めかしてぱたぱたと手を振る。

 そうは言いつつも、彼女の弓はかなり使い込まれていた。シオンが以前会ったときに比べると傷も増え、弦もぴんと張り詰めている。


(前は弓を使うところを見なかったけど……やっぱりかなりの実力なのかな)


 そんなことを考えていると、プリムラが再びずいっと顔を近付けてくる。


「それより、シオンたちはどうしてこの島に来たの? 観光? それともダンジョン攻略?」

「ああ、ちょっと用があってね――」


 レティシアの事情は複雑で、そう易々と他人に説明することは出来ない。

 だから差し支えのない範囲で答えようとしたところで……ただならぬ悲鳴がこだました。


「きゃあああああっ!?」

「っ!?」


 悲鳴に続くのは、鉄がひしゃげて砕ける音。

 見ればステージのすぐ側。競り落とされて撤去されたはずの大きな檻が、まるで海藻を丸めて固めたかのようにぐちゃぐちゃになっていた。


 原形をとどめない檻の中から出てくるのは、肉を貪っていたあの丸い猫だ。

 それが残骸の山にのぼり、小さな目でもってしてあたりを睥睨した。

 ごま粒のようなその目にギランと妖しい光が宿り、低い声で鳴く。


「ぶみゅー……」


 それに、司会や護衛の者たちが一様に目を丸くした。


「まずい! キャスパリーグが外に出た……! み、みんな逃げろぉ!」

「どうして急に暴れ出したんだ!? 餌はまだたくさんあったのに……って、ぎゃああっ!」

「ぶみゃっ!」


 慌てふためくスタッフたち。

 そのうち、叫んだひとりに向けて謎生物――キャスパリーグは体当たりを食らわせた。


 丸くてふわふわした体に、申し訳程度に生えた短く丸い四本足。そんな間抜けな外見からはとても想像できないほどにその体当たりは凄まじいスピードで、まるで大砲の弾丸のようだった。

 吹っ飛ばされたスタッフは冗談のように宙を舞い、勢いよく客席へと叩き付けられる。


 轟音と衝撃がホールを揺らす。

 もうもうと砂埃が立ち上って、耳が痛くなるほどの静寂が場に満ちる。

 そして、すぐにそれはいくつもの悲鳴によって切り裂かれた。


『うわああああああ!?』


 客たちは我先にと出口に向けて殺到していく。

続きは明日更新。

原作三巻&コミカライズ一巻、2/7発売!

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