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オークション会場にて

 重くなりかけた雰囲気が一気に明るさを取り戻す。

 にこにこするシオンに、レティシアは先ほど渡したジュースを差し出した。


「ところでシオンくん、タコ焼きだけじゃなくってこのジュースも美味しいですよ。ひと口どうですか」

「へえ。それならちょっと味見させてもらって…………うん。おいしいね」

「ね、酸味と苦味が絶妙ですよね!」

「そこに、使い古した雑巾みたいな生臭さが加わるね……」


 シオンは眉間を押さえて、ジュースの容器をそっと返した。

 このところ外食ばかりだったので、彼女が味音痴なのをすっかり忘れていた。


(なんでも美味しく食べられるのはいいことだと思うけどね……)


 ため息をこぼしつつ、こっそりと口直しのジュースを購入する。

 それを一気飲みしていると、明るい声が聞こえた。


「おーい、バカ弟子にレティシア! そこにいたか!」

「あ、師匠だ」

「ダリオさん」


 駆け寄ってくるのはダリオだった。

 今朝からふたりとは別行動でふらっと遊びに出かけていた。

 シオンらが出迎えて早々、ダリオはレティシアの髪飾りに目を留めてにんまりと笑みを深めてみせる。


「ふむふむ、一丁前にプレゼントときたか。汝らはずいぶんとデートを満喫したようだな」

「なっ……!?」

「でーと、ですか……!?」


 ふたりそろって絶句して、顔がさっき食べたタコくらいに真っ赤に染まる。

 露天商の店主に引き続き、またこのパターンだ。


(いやいや、落ち着け……ヘタに慌てると師匠の思うつぼだ)


 さすがに二回目ともなれば対応する余裕も生まれる。

 シオンは真っ先に我に返り、師へと冷静に反論した。


「何言ってるんですか、師匠。レティシアの手がかりを探していたところですよ。これのどこがデートに見えるって言うんですか」

「ははは、分かる分かる。そういう口実なのだろう? で、どこまで行った? いい加減にチューくらいしたか?」

「なっっ、何もしてません! 変なこと言わないでくださいよ!」


 また別の方向から攻撃されて、なけなしの冷静さが吹き飛んだ。

 慌てふためいて否定するシオンに、ダリオは呆れたように言う。


「ええー、デートでキスせず何をしろと。それじゃあ、飲み物を分け合って『間接キスだね』とかなんかクサいことを言ったりは? 汝らならそのへんが関の山か」

「そんなことするわけ…………いや、ちょっと待ってください」


 シオンはレティシアの持つジュースをそっと見やる。

 刺さったストローは当然一本で、もちろんふたりは先ほどそれを使ってジュースを飲んだ。

 つまり、堂々の間接キスだった。

 それに気付いた瞬間、またふたりで真っ赤になって黙り込むしかなかった。


「うはははは、図星かあ! 分かりやすくて助かるわ!」


 ダリオは腹を抱えてげらげらと笑う。

 そんな師を、シオンはせめてもの抵抗としてジト目で睨んでおいた。


(これ、セクハラで訴えたら勝てるんじゃないかなあ……)


 師に法律が効力を発揮するかどうかは甚だ疑問ではあるが。

 恥ずかしさを誤魔化すようにして、刺々しい声でチクチクやっておく。


「そういう師匠は今まで何をしてたんですか。どうせナンパでしょう?」

「ふっ、この我を甘く見るでないぞ。もちろんこの街を探索していたとも」


 ダリオはニヤリと不敵な笑みを浮かべてみせる。


「そうして我は、今の汝らにうってつけの場所を見つけてきたのだ!」

「えっ!? 本当ですか、師匠……!」

「もちろん。この我が嘘などつくものかよ」


 ダリオは堂々とうなずく。それは大いなる自信に裏打ちされたものだった。

 シオンもレティシアも、そのあまりの凜々しさに、ハッと息を呑んで顔を見合わせる。

 ふたりの反応に気を良くしたのか、ダリオはびしっと街を指し示した。


「ともかく見れば分かるだろうさ。そういうわけで付いてくるがいい、シオンにレティシア!」

「は、はい。急ぎましょう、師匠」

「お願いします、ダリオさん!」


 こうしてふたりはダリオに連れられ、とある場所へ向かうことになった。

 島の繁華街に位置する大ホールだ。多くの人々が中へと吸い込まれていき、みな目がギラついていた。ただ事でないのがひと目で分かり、シオンは身を固くしたのだが――。


「だ、騙された……」


 それから一時間後。

 すでにもうシオンは帰りたくなっていた。


「さあさあ、次なる商品はこちら!」


 わあああああっ!


 大ホールに、幾多もの歓声が響き渡る。

 円形になったホール内部にはすり鉢状に客席が並び、そのほとんどが埋まっていた。

 彼らが歓声を上げて見守るのは中央の巨大ステージで、そこには巨大な檻が置かれている。


「ぶにゅー」


 中に入っているのは、猫だか犬だかよく分からないような丸くころころした生き物だ。観客らの熱い視線にも我関せずで、山のように盛られた生肉をマイペースに貪っている。

 檻のそばに立った恰幅のいい男が声を張り上げる。


「この獣こそが、かの賢者ダリオも手こずったとされる伝説の怪猫……キャスパリーグでございます! それではスタートは五百から! さあ……始め!」

「五百五十!」

「それならこっちは六百だ!」


 客席のあちこちから一斉に声が飛ぶ。

 それをアシスタントらしきバニー服の女性らが、淡々と受け付けていった。

 場内の熱気は留まるところを知らず、野次や歓声が渦を巻く。まるで戦場のような光景だ。

 そんな客席の隅っこで、シオンは長いため息をこぼすしかない。


「このオークション会場のどこに、レティシアの手がかりがあるっていうんですか……?」

「我はそんなことひと言も言っておらんぞ」


 隣に座るダリオは、まったく悪びれもせずにそう言った。

 高そうなワインボトルを開けて、優雅にグラスを揺らしてみせる。


「ただ当てもなく歩き回るなど、不生産の極みだ。それなら息抜きがてらに楽しみを探すべしだという、師のありがたい気遣いが分からぬのか」

「あの、俺たちもそんな話になりましてね。気楽に観光を楽しもうねってことになったんですよ。だから師匠の心遣いは正直、間に合ってるんですけど?」

「我を放置して享楽を貪るなど言語道断! 我も混ぜろ!」

「面倒なひとだなあ! 大人しくナンパでもしててくださいよ!」

「今はそういう気分ではないのだ! 食えそうな女は昨日でもう食い尽くしたしな!」

「まだ島に来て三日目なんですけど!? 手が早いってレベルじゃないでしょ、あんた!」


 シオンは頭を抱えるしかない。


(いつか絶対刺されるぞ、このひと……刺されても死なないだろうけど)


 そのゴタゴタに巻き込まれるのだけは、絶対に嫌だった。

 渋い顔をするシオンのことを、レティシアはまあまあと宥めてくる。


「いいじゃないですか、シオンくん。三人の方がきっと楽しいですよ」

「ふはは、レティシアは話が分かるなあ。バカ弟子とは大違いだ」

「はいはい、悪かったですね」


 ダリオはレティシアの頭を撫でて、よしよしと可愛がった。

 これ以上何を言っても無駄だろう。

 シオンはひとまず状況を受け入れて、肩をすくめる。


「息抜きは悪くないですけどね……もっと他になかったんですか。俺たち完全に場違いですよ」


 この場にいるのは、身なりのいい金持ちが大多数だ。

 それ以外には数多くの傷が刻まれた鎧姿の武人、目深にローブをまとったエルフや丸々太ったトカゲ男、はては全身から触手を生やした謎の種族などなど……大物オーラを振りまく者たちばかり。

 年若いシオンらは完全に悪目立ちしていた。

 あちこちから好奇の視線が飛んでくるせいで、ますます恐縮してしまう。


(入場料だけで、すごいお金が飛んだもんなあ……庶民の来るところじゃないよ、絶対に)


 ちなみに、オークションで飛び交っている数字は金貨換算だ。

 金貨十枚もあれば、庶民ひとりが一ヶ月くらい余裕で食べていくことができる。それが百単位で当たり前に提示されるため、シオンはくらくらするばかりだった。


「そもそも、師匠は競りに参加しないんですか? さっきから見てるだけじゃないですか」

「なあに。こういうのはな、競り合いだけが楽しみ方ではないのだ」


 ダリオはグラスを煽り、にんまりと笑う。

 舌なめずりして見回すのは、檻の生物を競り落とそうと躍起になる観客たちの姿だ。


「昔から、ただこうして競り場を眺めるのが好きでなあ。亡者どもの醜い争いを、特等席で見学できるのだ。酒のあてにはちょうどいいだろう?」

「シンプルに趣味が悪い!」


 完全に、嫌な金持ちのムーヴだった。

 外見が美少女だから、ギリギリ許されるかもしれないが。

 シオンが渋い顔をしていると、ダリオは手酌でグラスを満たして付け加える。


「あとはそうだな、出てくる品物を眺めて楽しむとかだな」

「品物ですか……? そんなに見てて面白いものだとは思えないんですけど」


 かれこれ小一時間ほどオークションを眺めているものの、出てくる品々のほとんどがシオンにはさっぱり価値の分からないものばかりだった。

 金銀財宝や、すでに絶滅してしまった魔物の剥製などは高値が付くのも頷ける。

 しかし、今にもバラバラになりそうな古びた本だとか、穴の空いた植木鉢だとか――そうしたガラクタにしか思えないようなものに、客たちは目の色を変えて大金を積むのだ。

 みんな騙されてるんじゃないかと心配になるほどだった。


「正直、俺にはなんであんな高値が付くのかさっぱりなんですよね」

「お恥ずかしいことに私も……そんなに貴重なものなんですか?」

「もちろん。どれもそこそこな珍品たちだな。たとえばあの、不細工な猫」


 からりと笑って、ダリオはステージの檻を指し示す。

 中の謎生物にはすでに千近い値段がついていた。

 肉を食べきって満足したらしく、腹を上にしてごろんと転がっている。

 ダリオは愉快げに言葉を続けた。


「あれはキャスパリーグといって、高純度の魔力を有する魔物なのだ。間抜けな見た目をしているが、いっぱしの冒険者くらいならパンチひとつで肉塊にするほどの力を持つ」

「えええっ! あんなに可愛いのに!?」


 レティシアの顔がさーっと青ざめる。

 檻の中の生物をじーっと見つめて、ごくりと喉を慣らした。


「もふもふで可愛いから、てっきり穏やかな魔物なのかと……」

「そうやって見た目に騙された者から血祭りに上げられるのだ。おおかた金持ちが愛玩用に競り落とそうとしているのだろうが……あれを飼うのは文字通りに骨が折れるだろうな」

「ううっ……あんなにもふもふで、ころころで、すっごく可愛いのに! ちょっとくらいパンチされてもいいから、お腹を撫でさせてもらいたいです!」

「そんなに可愛いかな、あれ……」


 大興奮のレティシアをよそに、シオンは謎生物をしげしげと観察する。

 丸々太っているせいで顔のパーツが中央に寄っていて、愛嬌の欠片もない。

 ひょっとしたらぶさ可愛いというジャンルかもしれない。


「でも……言われてみれば確かに気迫みたいなものを感じますね。強いのは本当かも」

「わははは、そうだろう。なかなか面白い魔物ゆえ、機会があったら戦ってみるといい。それで、ひとつ前に出てきた本はだな、大昔の錬金術師が記したもので――」


 それからも、ダリオは出てきた品々の解説をしてくれた。

 どういった代物であるかという説明だけでなく、その成り立ちや辿ってきた歴史まで。幅広い知識を元にしたその解説は分かりやすく、実に聞き応えのあるものだった。

 ひとしきり師匠の話に耳を傾けてから、シオンは小さく嘆息する。


「師匠はすごいですね。いったいどこでそんなことを覚えたんですか?」

「そりゃ色々だ。人から話を聞いたり、書物を紐解いたりな」


 ダリオはあっさりと言ってのける。

 知識をひけらかすでもなく、当然のものだと考えているようだった。

 悪戯っぽくニヤリと笑い、シオンの額を人差し指で突いてみせる。


「いいか、シオン。力だけ有していても、豊かな人生を送ることは不可能だ。知識を蓄えろ。知識という武器があれば、世界はよりいっそう面白くなるのだぞ」

「はい。勉強になりました」


 シオンは素直にうなずく。

 修行して多少強くなったとはいえ、まだまだ学ぶことはたくさんあるらしい。


(たしかに、これもいい社会勉強かなあ。師匠もたまにはいいこと言うんだから)


 普段おちゃらけているものの、さすがは伝説の大英雄である。含蓄のある言葉だった。

 師の教えをシオンは大事に胸へと刻む。

 そんななか、とうとう謎生物の競りが終了した。


「三十五番のお客様! 千とんで八十にて落札です! おめでとうございます!」


 司会が木槌を勢いよく鳴らし、観客たちが拍手を送る。

 かくして巨大な檻はバニー姿の女性らによって運ばれていって、それをレティシアは名残惜しそうに見守った。


「ああ、猫さんが……もふもふが……」


 その一方で、ダリオはグラスの酒をぐいっと飲み干して、シオンに向き直る。


「よーし、バカ弟子よ。勉強ついでにいっちょオークションに参加してみろ。馴染みのない分野に飛び込んでみるのも学びの内だからな、わはは」

「またそうやって無茶ぶりをするんですから。懐の余裕はありますけどね」


 黒刃の谷を出たのが一ヶ月ほど前。

 それからこの黄金郷に至るまで、シオンは路銀を稼ぐべくあちこちで魔物退治などの仕事を請け負った。その際ちょっとやり過ぎたため、かなりの大金を手にしている。

 このオークションで少し遊んだところでびくともしない懐具合だ。


 しかし悲しいことに、いくら小金持ちになったところで金銭感覚は庶民のまま。こんなところで豪遊できるような豪胆さなど持ち合わせてはいなかった。

 シオンは苦笑しつつかぶりを振る。


「ここってお金持ちとか好事家用のオークションでしょ。庶民の俺が欲しくなるものなんて見つかるはずが――」

「次なる商品はこちら! 賢者ダリオが生前使用したとされる枕です!」

「はい! 二千出します!」

「シオンくん!?」


 場内に響き渡るほどの声量でシオンは叫び、番号札を高々と掲げた。

 途端に、会場が水を打ったようにしーんと静まり返る。


 客たちは全員、ぎょっと目を剥いてシオンを注視していた。

 あれだけ威勢の良かった司会の男性までもがぽかんとしている。しかしさすがのプロ根性と言うべきか、すぐにハッと気を取り直して進行を再開した。


「えーっと……賢者ダリオの枕ですが、二千のお客様が現れました。他にいらっしゃいませんか……? 一応、私どもといたしましては五百のスタートを想定していたのですが……」


 風の魔法のおかげで会場中に響き渡るはずの声も、どこか弱々しい。

 司会の彼がちらっと見やるのは、台座に置かれた古びた枕だ。


 ところどころにシミが浮かんでいて、ほつれた場所から中の詰め物が飛び出している。枕と言われなければ、ただのゴミにしか見えないような代物だ。

 客たちは誰もが目配せし合い、かぶりを振った。


「あいつ、相当なダリオマニアだな……」

「やべえよ……タダ者じゃねえわ」

「ほう、あれの価値が分かるとは……なかなか見る目のある若者がいたものだな」


 場内から聞こえてくるのは、そんな畏怖とも尊敬ともつかない声ばかりで。

 やがて、司会が怖々と木槌を鳴らす。


「それでは二十六番のお客様。ダリオの枕……二千にて落札となります」

「よっしゃああああああ!」


 シオンは人生一番の大歓声を上げた。

 まばらな拍手が巻き起こる。バニーの女性スタッフたちもどこか困惑気味だった。

 もちろん、ダリオはひどく呆れたような目を向けてきた。


「何をやっておるのだ、バカ弟子が。千年前の枕なんぞ手に入れてどうする。埃っぽくて、とうてい安眠は望めんぞ」

「ふざけたことを言わないでください! 自分で使うなんて恐れ多いですよ!」

「はあ……?」


 目を白黒させるダリオ。

 その隙に、シオンは一冊の本を取り出した。

 賢者ダリオの辞典であり、多岐に渡った情報が記載されているシオンの愛読書だ。

 それをばーっとめくれば、目当てのページがすぐに出てくる。


「見てください、ここ! 賢者ダリオが吸血姫エヴァンジェリスタとの決戦前夜、泊まった宿に関して書かれたページです! あの枕はそのときダリオが使ったもので、そこでぐっすり安眠できたおかげで、吸血姫の城に日中潜り込んで圧勝できたとされているんです! シミもほつれも、当時の資料そのままですよ! 最高のレアものです! それがまさか金貨二千枚ぽっちで買えるなんて……実質タダみたいなものですよ! 俺、今すっごく感激してます!」

「オタク怖ぁ……」


 ダリオの顔が珍しく引きつった。

続きは明日更新。

原作三巻&コミカライズ一巻は2/7発売です!特典情報などはそのうち活動報告に記載予定。

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