黄金郷
黄金郷。それは大陸の西に位置する島の名だ。
正式には長ったらしい名前があるのだが、ほとんどはこの黄金郷で通る。
大陸から船で渡ると、最初に見えてくるのが島の中央にそびえる巨大火山だ。
それをぐるりと取り囲むようにして街が広がっており、今はそのあちこちに花や旗が飾られて一面のお祭りムードとなっていた。
いくつもの屋台が出され、威勢のいい声がいくつも響く。
「さあさあ、見ていっておくれよ! 本日はいいドラゴン肉が入ったんだ!」
「錬金術師が作った、熱くないランタンだよー。夜のお祭りを回るには必須だよー」
「東の某国から輸入した幻のフルーツだ! 今ならお安くしとくよ!」
屋台はどこも盛況で、大勢の観光客で溢れていた。子供たちがその間を笑いながら駆けていき、手放してしまった風船が空へと高く舞い上がる。
そんな屋台通りを、シオンとレティシアはのんびりと歩いていた。
屋台グルメを覗いてみたり、大道芸人の軽業を見物したり。
そこでふとレティシアの足が止まる。
「わあ、綺麗……」
ぽーっと見蕩れているのは、アクセサリーを売る露天だった。
きらきら輝く貴石やガラス細工の品が所狭しと並び、多くの女性らが並んでいる。
レティシアも興味津々らしい。シオンはにっこり笑ってその露天を指し示す。
「ちょっと見ていく?」
「えっ、いいんですか」
「もちろん。時間はたっぷりあるしね」
「じゃ、じゃあ……ちょっとだけ」
レティシアははにかんで、急ぎ足で露天へと向かった。
シオンもそれに付き合ってふたりして煌びやかな商品を眺める。
ペンダントにイヤリング、髪飾りに魔力が込められたタリスマン……その種類は多岐に渡っていて、色とりどりの光沢を放っていた。露天の屋根が穴だらけなせいで、そこから差し込む光が貴石をさらに彩った。
光の洪水に目をきらきらさせながら、レティシアはほうっと嘆息する。
「どれもすっごく綺麗ですね。見ているだけでも楽しいです」
「そういえばレティシアってあんまりアクセサリーとか付けない方?」
「そうですね、旅の荷物は少ない方がいいですし」
レティシアは頬をかいて苦笑する。
理に適ってはいるものの、その表情はどこか寂しそうだ。
それがシオンの胸を締め付けた。勢いのままにどんっと胸を叩いて言う。
「だったらせっかくの機会だし、俺が何かプレゼントするよ」
「ええっ!? で、でもそんなの悪いですよ」
「いいっていいって、そんなに高いものじゃないし。何がいい?」
「え、えっと……それじゃ……」
レティシアは改めて商品に目を向ける。
しかしすぐにかぶりを振って、シオンのことを上目遣いに見つめてきた。
「よかったらシオンくんが選んでくれますか? 私じゃ迷って、選べそうにないので」
「そ、それは責任重大だなあ……うーん」
シオンは目を皿にして商品を吟味する。
こんなものを買うなんて初めてだし、ましてや女性へのプレゼントももちろん初めてだ。
だから息が止まるくらい真剣に探した。そうして見つけたのは、隅の方にあった髪飾りだ。
「あ、これ。レティシアに似合うんじゃない?」
「お月様の髪飾り……ですか?」
三日月型の髪飾りだ。冴え冴えとした白い月に、小さな青い石が飾られている。
試しにレティシアの髪にそっと添える。色も大きさも主張しすぎず、彼女によく似合っていた。
「これならそんなに邪魔にならないと思うしさ。その……どうかな」
「とっても可愛いです」
レティシアはぱあっと花が咲いたように笑う。
しかしすぐに申し訳なさそうに眉をひそめてみせるのだ。
「でも、買っていただくのはやっぱり気が引けるので……私が出すってことでダメですか?」
「だから任せといてって。このまえ師匠の無茶に付き合わされて俺がボロボロになったとき、介抱してくれたでしょ。そのお礼だからさ」
「それじゃあ……お言葉に甘えて」
レティシアは控えめに微笑んで、ぺこりと頭を下げる。
話は無事にまとまった。シオンは商品を店主へ手渡す。
「すみません、これをいただけますか」
「はいよ。まいどあり」
中年の男性店主はからっと笑い、紙袋に商品を入れる。
代金を受け取ると、彼はニヤリと笑みを深めてみせた。
「しっかしやるじゃないか、少年」
「へ、何がですか?」
「この髪飾りはな、南の島国から輸入したものなんだ。青い石はそこの特産品として有名らしい」
「そ、それの何が『やる』んです?」
「ふっふっふ」
店主は意味ありげに笑い、紙袋を手渡してきた。
声をひそめて続けることには――。
「なんでもそっちの国じゃ……意中の女性にこいつを贈って、求婚するのが習わしなんだそうだ」
「求婚!?」
シオンはおもわず裏返った声を上げてしまった。
隣のレティシアもあんぐりと口を開けて固まってしまっている。
同じように凍り付くふたりを見て、店主は豪快に笑った。
「わはは、その様子じゃ求婚なんて当分先か。まあともかくお幸せにな」
「ど、どうも……」
「あ、ありがとうございます……」
ふたりは言葉少なく礼を言うしかない。
レティシアに紙袋を手渡したが、まともに目も合わせられなかった。
(俺、なんかたまーにすごく引きがいいな……)
偶然落ちた谷底で憧れの英雄に出会ったり、プロポーズアイテムを選んだり。
悪運にしみじみしていたものの、ふと本題を思い出す。赤くなった顔をごしごしこすって誤魔化して、改めて店主の男性に向き直る。
「すみません。おじさんにちょっと聞きたいことがあるんですけど」
「求婚の手順か? たしか夜の海に女性を呼び出して……」
「そっちじゃなくて。それは一旦忘れてください」
話がぶっ飛びそうになったので慌てて制する。
そうして示すのは隣にいるレティシアだ。
「おじさんは……この子と、以前会ったことがありませんか?」
「お嬢ちゃんと?」
「は、はい」
レティシアも顔を強張らせてうなずく。
店主はしばし「うーん」と悩んでレティシアの顔をじっと見つめた。ふたりはそれを固唾を呑んで見守ったが……彼は最終的にぽりぽり頭を掻いて、申し訳なさそうにかぶりを振るだけだった。
「いやあ、分からんな。あっちこっちで商売してるから、どこかで会ったかもしれんが……」
「……そうですか。ありがとうございます」
レティシアは薄くはにかんでぺこりと頭を下げた。
それを、シオンは隣で見守ることしかできなかった。
それからもふたりは他の屋台を見て回った。火を噴くように辛いソースが詰まったパンや、謎の異臭を放つトゲトゲした果物、歌って踊る人形などなど……。
見るものすべてが新鮮で、ふたりはあちこちへ足を運んだ。
そして同じ質問を繰り返して――。
「あの、私とどこかで会いませんでしたか?」
「はい?」
得られたのは男性店主と同じ回答ばかりだった。
そうしてぶらぶらと歩く内に、街を見下ろす高台にたどり着く。ここも屋台が多く、大道芸人たちが様々な芸を披露して多くのコインが飛び交っていた。
片隅に置かれたベンチに腰を下ろし、ふたりは買い求めた屋台グルメに舌鼓を打つ。
器には茶色い団子のような食べ物が並んでいて、甘い香りのするソースがかかっていた。
タコ焼き、という異国の料理らしい。
「タコって意外と美味しいんだね……」
「新発見ですねえ……」
海から吹く風は穏やかで、空を舞う鳥たちがのどかな歌声を響かせる。
タコ焼きは少しばかり冷めていたが、それでも十分おいしかった。
器を屋台に返してきてから、シオンはくすりと笑う。
「俺は内地の生まれだからさ、タコを食べるなんてこれまで考えもしなかったよ。旅に出たおかげだな」
「そうですね。私もあちこち放浪しましたけど、こんな経験は初めてです」
レティシアもまた顔を綻ばせる。
その髪には、先ほど買い求めた髪飾りがきらめいていた。
それにそっと触れると、ますます表情がへにゃりと緩む。
「こんな髪飾りまでいただいちゃって……今日はいい思い出になりました」
「あはは……そう言ってもらえて何よりだよ」
シオンは目を逸らしつつ頬をかいた。
気恥ずかしくて髪飾りを直視できないが、喜んでくれているのは確からしい。
(……そろそろ聞いてみてもいいかな)
だから、シオンは本題を切り出すことにした。
レティシアの顔を覗き込み、なるべく明るい声を努めて言う。
「手がかりはなかったけどさ。どうかな、レティシア。何か思い出せた?」
「えっと……」
そこでレティシアの顔がわずかに陰った。
あちこちに視線をさまよわせる。居並ぶ屋台、どこまでも続く街並み、遠くにそびえる巨大火山――そうした景色を注意深くじっくりと見つめてから、力なくかぶりを振った。
「すみません。やっぱり何も……」
「そっか。まあ気にすることないって」
シオンはそんな彼女の肩を軽く叩いて励ました。
予想していた回答だったので、残念に思うことはない。
からっと笑って、すぐそこで買い求めたばかりのフルーツジュースを差し出す。
「あのときの行商人さんが言ってたのが、本当にレティシアかどうか確証はないし。ダメで元々なんだから、そんなに気に病む必要ないってば」
「……はい」
レティシアは苦笑して、そのジュースを受け取った。
黒刃の谷を発ったあと、シオンたちはとりあえず大きな街をいくつも訪れた。
目的はレティシアの情報を探すこと。人が多く集まる場所なら、手がかりを得る確率も多いだろうと、近い場所から順々に探ってみた。
しかし成果はなしのつぶてで。
アプローチの仕方を変えるべきなのでは、と相談していたそんな折だった。
とある街で出会った行商人が、レティシアを見るなり目を丸くしたのだ。
『おや、お嬢ちゃん。ずいぶんと久しぶりだねえ。黄金郷からこっちに移ってきたのかい?』
『え……?』
彼はあちこちを旅して回っており、レティシアのことは黄金郷で見かけたという。
『いつもひとりでぼんやりと海を見ていただろう。訳ありなのかと思って、心配していたんだよ。でもその様子を見るに、今は楽しくやってるみたいだね。いやあ、よかったよかった』
行商人はレティシアの雰囲気が変わったことをとても喜んでいた。
だが彼女にそんな記憶はなくて――それを確かめるために、シオンらはこの島を訪れたのだ。
島に着いたのが三日前。そこから毎日あちこち歩いて、レティシアの記憶に繋がる情報を探しているものの、この通り一向に成果は上がらない。
シオンも初めての手がかりに期待したのは確かだ。
それでも不安そうに俯くレティシアを見るのは忍びなくて、冗談めかして明るく言う。
「手がかりがあったら儲けものだと思ってさ。いっそ開き直って、観光に来たってことでいいじゃないか」
「観光、ですか……?」
「そうそう。たまには気晴らしもいいでしょ。ここに来なかったら俺、タコ焼きなんて一生食べなかったと思うしさ」
「ふふ……私もきっとそうだったと思います」
「でしょ? だから楽しまないと損だよ」
「はい。ありがとうございます、シオンくん」
レティシアはふんわりと笑って、ジュースに口を付けた。
以前までの彼女なら、もう少し吹っ切れるのに時間がかかったと思うのだが――。
(力を制御できるようになって、自信が付いたってことかな……よかったなあ)
竜人族の谷での一件以来、レティシアは自分の力をある程度使いこなせるようになっていた。
暴走の危険もほとんどなくて、精神的にも安定している。
自分の正体が分からない不安はもちろんあるだろうが、一歩ずつでも着実に前に進んでいることが彼女の心を軽くしているのだろう。
そんなふうに考えるシオンをよそに、レティシアは改めてあたりを見回す。
「それにしても、すごい島ですね。島のどこに行っても毎日お祭り騒ぎです」
「それがここの売りみたいだね」
シオンも軽くうなずいて、聞き込みついでに得た知識を疲労する。
「もともとここは、火山のダンジョンがあるだけの小さな島だったんだ。それを今のギルド長さんが赴任してきて、観光地として盛り上げていったんだって」
黄金郷は通称で、別に普通の名前がある。
それでも一般的に親しまれているのが通称の方だった。
火山の地下に広がるダンジョンは歯ごたえのあるものとして有名だったが、いかんせん本土からの便が悪くてよっぽどの物好き以外は訪れないような知る人ぞ知る僻地だった。
それが今のギルド長が赴任してきたここ数年で、一気に様変わりしたらしい。
「街を整備して人を呼び寄せたり、別荘地として売り出したり……とにかく色々やって、ここまで大きく発展したそうだよ」
「ギルドの所長さんが、この街を治めてらっしゃるんですか?」
「なんか、市長も兼任してるとかで……優秀な人なんだろうねえ」
話を聞くに、どうも冒険者としても名うてらしい。
今は祭りの催しで多忙を極めているようで、シオンはまだ姿を見かけたこともないが。
「とにかく毎日のようにいろんなイベントが開催されるから、世界のあちこちから人が集まるそうだよ」
「だからいろんな方がいらっしゃるんですね」
この島にいるのは人間だけではない。
ひと目見て分かる魚人や獣人だけでなく、ただ者でない気配を放つものがちらほらいた。ただの観光客に混じって鎧姿の冒険者が酒を飲み交わしていたりするし、ひどくごった煮な街だ。
旅に出て様々な街を訪れたが、ここまで多種多様な光景が見られる場所は他にない。
シオンは改めてレティシアに手を差し伸べる。
「レティシアの知り合いが偶然来ている可能性だって十分ある。島を楽しみながら、気長に手がかりを探してみようよ」
「はい。よろしくお願いします」
レティシアもにっこり笑って、シオンの手を取ってくれた。
続きは明日更新します。
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