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それぞれの旅立ち

 邪竜騒ぎから、数日後のこと。


「それじゃ、お世話になりました」

「こちらこそ」


 黒刃の谷――その入り口にて、シオンはクロガネと固い握手を交わしていた。

 彼女の後ろには数多くの竜人族が揃っていた。

 もちろん中にはヒスイもいて、シオンに朗らかな笑みを向けてくる。


「また遊びに来てくれ、シオン。おまえたちならいつでも歓迎しよう」

「もちろんです。ヒスイさんたちも、どうかお元気で」

「ああ。シオンもどうか息災でな」


 ヒスイが握手を求め、他の竜人族らもそれに倣う。

 来たばかりのころとは違い、彼らの顔には離別を惜しむかすかな笑みがあった。


 しかし、それとは別の一画では湿っぽい空気が満ちていた。

 竜人族の女性ら数名がダリオのことを取り囲んでいたからだ。彼女らは涙をこぼし、祈るようにしてダリオに詰め寄る。


「ダリオ様、本当に行っちゃうんですか……?」

「人間の寿命は短いっていうし……次、もう谷にいらっしゃることなんてないんじゃ……」

「そ、そんな……! だったら私の血を飲んでください! 竜の生き血は寿命を延ばす効果があるんです! ここで私たちと、ずーっと何百年と一緒に暮らしましょう……!」


 わりと本気の泣き落としだった。

 そんな彼女らに、ダリオはふっと男前に笑う。


「バカを言うでない。このダリオ、一夜を共にした女の願いを無碍にはせぬ。今の用件が終わり次第、またこの谷に戻って……存分に可愛がってやろうとも」

「だ、ダリオ様……!」

「私、ずっと待っております……!」

「くくく……愛い奴らよ。褒美を取らすぞ、ほれ」

「っっ……!?」

「きゃあっ、ズルい! 私も私もぉ!」


 ダリオがひとりの顎をすくって口付けを落とせば、感極まったのかあっさりと昏倒する。

 その後はもう目も当てられない騒ぎとなった。

 他の竜人族らもそっと視線をそらしてなかったことにしている。

 シオンも目を逸らしつつ、クロガネにそっと尋ねてみる。


「あの、クロガネさん。うちの師匠、いったい何をやらかしたんですか」

「知らなかったのかい? あいつ、うちの里の女らを口説き落としてこのところ毎夜よろしくやってたんだよ」

「そういや夜にいない日がたまにありましたけど!」


 どうやら目を離した隙に、好き勝手エンジョイしていたらしい。


(ひょっとして、これから先の旅路でも、こんな光景を目にする羽目になるんじゃ……)


 その可能性を思い、シオンは胃がキリキリした。


「ダリオさんは人気者ですねえ」


 天然のレティシアだけがほのぼのしている。

 彼女は改めてクロガネに頭を下げてみせた。


「クロガネさん。本当にお世話になりました。私、この力を……ちゃんと正しく使いこなしてみせます」

「ああ。レティシアならきっとできるさ」


 クロガネは目尻を下げて笑ってから、気まずそうに頬をかく。


「前に斬りかかったりなんかして悪かったね。おまえみたいな人間なら、道を誤ることもないだろう。今ならはっきりと分かるよ」

「っ……ありがとうございます!」


 レティシアの顔がぱっと明るくなる。

 その隙に、シオンはダリオのことを回収しておく。

 気付けば彼女のことを取り囲んでいた女性全員が、恍惚の表情で昏倒していた。全員口付けひとつで黙らせたのだから恐れ入る。


「手際がいいんだからもう……そろそろ出発しますよ、師匠」

「分かっておるわ。だから手早く済ませてやったのだろう」


 ダリオは飄々と肩をすくめ、ニヤリと空を見上げる。

 青く澄みきったそこから、あるはずのない巨大な影が差してくる。


「何しろ、お子様には刺激が強いだろうからなあ」

『お待たせなの!』


 ズシンッッッ――!


 重低音と地響きを上げてシオンらの前に降り立ったのは、巨大な黒竜である。

 軽く天に向けて吼えると同時、その体は光を放って急速に縮んでいった。

 やがてその光が収まった後、そこにはノノが立っている。

 彼女はシオンの姿を見つけてほっと胸をなで下ろした。


「間に合ってよかったの。もう出発しちゃってたら、谷を越えて追いかけなきゃって思ってたから」

「飛んできたんだね、ノノちゃん」

「うん! さっきまでノノ、お仕事してたの」


 シオンのもとまで駆けてきて、ノノはぴょんっとその腰に抱き付く。

 その様は無邪気な子供そのものだ。

 ノノはにこにこと言う。


「さっきね、ケットシーのみんなを虐める獣人さんたちを、こらーって懲らしめてきたの。そしたらみんな、もうケンカしないって約束してくれたの」

「ああうん、ここまで聞こえてたよ」


 西の方角から重々しい音と悲鳴が響いていた。

 このところ、谷ではこうしたことが多くなっている。

 しかし悲鳴ばかりでなく、それと同じくらいに数々の歓声が聞こえて――シオンはこっそりと苦笑する。


(まさかあの三日三晩の戦いで、完璧に力を使いこなせるようになるとはなあ……)


 黒竜に転じたノノを元に戻すべく、シオンは三日三晩彼女と戦った。

 戦いとはいっても本気ではなく、じゃれ合いに近いものではあったが……様子を見守ってくれたクロガネらは若干引いていた。甘噛みされても尻尾をくらってもシオンが平気な顔で笑っていたからだろう。


 ともかくそのおかげで、ノノは無事に元の姿に戻れるようになった。

 疲れ果てたのかその後丸一日眠り――起きたときには、自在に力を使いこなせるようになっていたのだ。竜に変身するのも、重力魔法を使うのもお手のもの。


 反旗を翻していた者たちも荒野の一件ですっかり懲りたらしい。

 黒竜姿のノノに全員土下座で詫びを入れ、結果としてこの谷の和平が叶ったのだ。


「たくましくなったね、ノノちゃん」

「うん。ノノね、たくさん頑張るの」


 ノノはぐっと拳を握って意気込んでみせる。


「ノノのおかーさんと、おとーさんが守ろうとした場所だから。ふたりのかわりに、ノノが守るの。それがノノの目標なの!」

「ふっ、大きな口を叩くようになっちゃって」


 クロガネはそんな娘の頭を撫でて、くすりと笑う。


「だがまあ、くれぐれも無茶をするんじゃないよ。竜になれるようになったばっかりなんだから」

「だいじょーぶ! そのときは『ダメ』って言ってくれるから」


 ノノは屈託なく笑い、背後を振り返る。


「ねー、リュートくん!」

「うっぷ……も、もちろんだ」


 草むらの陰でうずくまっていたリュートが、よろよろと立ち上がってうなずく。

 顔色はずいぶん悪いが、それでもぎこちない笑顔を浮かべてみせた。


 先日、ノノが暴走した際にリュートもその場に居合わせて怪我を負った。レティシアの手当によって完治したものの――ずいぶん気に病んでいたらしい。

 リュートは真面目な顔でノノに向き合う。


「おまえがこの前暴走しちゃったのは、俺が無理矢理連れ出したからだ。その落とし前はきっちり付けてやる。危ないことをしないか、ずーっとそばで見ててやるからな!」

「うん!」

「でも、とりあえずは……揺れない飛び方をマスターしてくれ……うっぷ……」


 そこでまたよろよろと地面に膝を付くリュートだった。どうやらノノの背中に乗って酔ったらしい。

 シオンはそんな彼の背をさすってやる。


「大丈夫かい、リュートくん。無理しちゃダメだよ」

「うっ、うるせえ!」


 その瞬間、リュートはシオンの手を振り払い、かわりにビシッと人差し指を突きつけた。


「いいか、シオン! 俺だってたくさん修行して、すぐにノノみたいに変身できるようになってやるんだ! そのときは絶対におまえを負かしてやる! 首を洗って待ってろよ!」

「うん。楽しみにしてるよ」

「まったくおまえは……いろいろと懲りん奴だな」


 勢いづいた弟に、ヒスイはやれやれと頭を押さえるのだった。

 ほのぼのとした空気があたりに満ちる。別れにはちょうどいい和やかさだ。

 ほっとするシオンに、ノノは満面の笑顔を向ける。


「また遊びに来てね、ししょー。ししょーの弟子として、ノノはこれからも頑張るから!」

「うん。きみの成長に負けないくらい、俺も次に会うときまでにもっと強くなってるね。弟子に負けちゃ、師匠の名折れだし」

「楽しみにしてるの。何かあったらいつでも呼んでね。世界のどこにいたって、ノノはひとっ飛びでししょーの元まで駆け付けちゃうの!」

「それは頼もしいなあ。そのときはお願いするね」


 こうしてシオンたちは竜人族のみなに見送られ、歩き出す。

 手を振る彼らの姿が、木々の向こうに見えなくなったころ――。


『GRRLLAAAAA!!』


 まばゆい光とともに黒い竜が飛び立って、誇るような咆哮を空へと響かせる。

 里の方角へ帰っていく彼女を見送ったあと、ダリオは喉を鳴らして笑った。


「くっくっく……汝はやはり我が弟子だな。我と同じく、邪竜を舎弟に加えるとは」

「同じですかねえ……」


 舎弟と弟子はだいぶ違うと思う。

 しかし、師の中では同一なのだろう。


(つまり……俺のことは舎弟だとも思ってるんだな、このひと)


 そんな思いを噛みしめつつ、シオンはレティシアに笑いかける。


「それじゃ、まずは手近な町に行こうか。フレイさんに報告を送らないと」

「そうですね。人里は久しぶりです」

「ふむ、ならば我はその隙に酒場にでも繰り出すとするか」


 頭の後ろで腕を組み、ダリオは揚々と声を弾ませる。


「いやあ、胸が躍るな。竜人族の女たちもたいそう美味ではあったが……次はどんな種族を食えるだろうか!」

「食べ……!? お師匠さん、竜人族の方を食べちゃったんですか!?」

「なあに安心するがいい。汝が思っているような食い方ではない」

「そ、そうなんですか? それっていったいどういう――」

「レティシア!? ほらあそこに鳥が見えるよ! かわいいね!?」

「わあっ、綺麗な色の小鳥さんですねえ」


 ほのぼのと鳥に手を振るレティシアである。

 興味が逸れてホッとしつつ、シオンはダリオを思いっきり睨み付けるのだが――、


「くはは、せいぜい大事にするがいい。でないと……我が取ってしまうからな?」

「絶対に阻止しますからね!?」


 せせら笑うダリオに、シオンは全力で決意を叫ぶのだった。



(第二部・完)

第二部完!お付き合いありがとうございました!

誤字脱字のご報告も本当に感謝です。少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

第三部は秋頃開始予定です。もしかしたら冬……?ただいまプロットを作っている最中なので、のんびりお待ちください。


そして第二部収録の書籍二巻は明日発売!

WEB版とは半分くらい内容が異なりまして、書き下ろしの番外編も収録。植田先生のカッコいいイラストも要チェックです!

書店などでお見かけの際はぜひともよろしくお願いいたします。


そしてコミカライズに関してもそろそろお知らせできるかと……また追記します!

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