君臨
そこでクロガネもふらついた足取りで歩いてきた。黒竜の巨体を見上げて、呆れたように言う。
「まさか……ノノ、意識が残っていたのかい」
【ほうほう。この我も気付かなかったぞ】
「途中からはっきりしてきたんじゃないですかね。ねえ、ノノちゃん」
『……うん』
ノノはますます深くうつむいてしまう。
父の死の真相を知って、ショックを受けて――その後の記憶は曖昧らしい。
気付いたときには平原で他の種族らから畏怖の眼差しを浴びていた。そこで襲撃をやめようと思ったが……あることを思いついたのだと、ノノは小さく丸まったまま答える。
『このまま悪いことをいっぱいしたら……みんながきっと、ノノをやっつけてくれるって思ったの』
「ノノ……」
クロガネは小さく息をついた。
すっかり様変わりした娘の前に立ち、ぐっと拳を握って告げる。
「ビャクヤから頼まれていたことがあるんだ。自分の死の真相をノノが知ってショックを受けたら、こう伝えてくれって」
『おとーさんが……?』
「ああ。あいつは言ってたよ。『どうか自分の分まで生きてくれ』って」
『っ……!』
クロガネの言葉に、ノノはまぶたを震わせる。
そこにレティシアも歩み寄ってきて、ノノの体にそっと触れた。白い光が巨大な体を包み込み、ツタの拘束によって付いた傷が綺麗に消える。
「ノノちゃん。私も自分の力で、いろんな人を傷付けてしまいました。でも今は、それを誰かを助けるために磨いているんです。ノノちゃんもきっとできますよ」
『おねーちゃん……』
「……ノノ様」
ノノが小さく吐息をこぼすと、ヒスイもまた起き上がる。
苦々しくかぶりを振ってから彼女は小さく頭を下げた。
「どうかご自分を責めないでください。あなた様のお父上が亡くなられたのは、ひとえに私の至らなさゆえ」
「そ、そうです、ノノ様! ノノ様が悪いわけないじゃないですか!」
「あなたに何かあったら、俺たちはあの世でビャクヤ様に顔向けできません!」
竜人族らも口々に叫び始める。
他種族の戦士たちはそれを見て、握っていた武器をひとまず下ろして顔を見合わせた。
『みんな……』
ノノはゆっくりと首をもたげて、シオンやクロガネ、平原中で声を上げる竜人族らを見回す。
その目にかすかな光が宿る。
しかし、それは一瞬のことだった。すぐにまた顔を伏せ、ノノは声を震わせる。
『でもダメなの……どうやって元に戻ればいいのか、全然分かんないの……』
気付いたときにはこの竜の姿になっていて、力の使い方もなんとなく理解できる。
それでも元の姿に戻る術がまったく分からないのだという。
クロガネはそれを聞いて顎に手を当てて唸る。
「たまーに弾みで竜化して戻れなくなる子がいるけどねえ……お腹が減ったり魔力が尽きれば元には戻るんだが」
『……あれだけ大暴れしても、まだまだ元気いっぱいだよ』
「だろうねえ……困ったな」
クロガネが首をひねる。
それに、ノノは目に見えて落ち込んでしまう。とうとうその大きな瞳から滝のような涙が流れ落ちる。
『ノノ、きっとずーっとこのままなの……おかーさんにもう抱っこしてもらえないし、みんなにも嫌われちゃうの。それが……ノノの罰なの!』
「うわっ!」
ひときわ大きく叫んだと同時、その口からまた熱光線が何条も放たれた。
自分たちの方に飛んできたものはシオンが魔剣を拾って難なく弾いたが、何本かは平原のどこかに着弾したらしく背後で悲鳴が上がった。
そんな騒ぎにもかまわずノノはわんわん泣きはじめて、弱い熱光線をあたりにまき散らす。
幸いにして、本気で暴れていたときよりも威力は低めで、着弾した場所をわずかに焦がす程度の熱しかない。とはいえあまりに数が多いため、平原はすっかりパニック状態に戻ってしまった。
これにはさすがのクロガネの顔もわずかに青ざめる。
「どうするかねえ……力が尽きれば戻ると思うんだけど」
「それなら私の出番ですね!」
レティシアが気合いを入れて挙手をする。
右手をノノへと翳し、意識を集中させて――。
「私がノノちゃんの魔力を…………きゅう」
「レティシア!?」
ぐらりとその体が揺れて、駆け寄ったシオンの腕に倒れ込んでしまう。
完全に気を失っており、いくら呼びかけても目を覚まさずに呻くだけだった。
気を揉むシオンだが、ダリオは何でもないことのように言う。
【ただの魔力酔いだ。今のレティシアでは、あれを完全に無効化するのは骨が折れる】
「つまり、それだけ強敵ってことですね……」
シオンは吐息をこぼしてノノを見上げる。
見た目は強大で恐ろしげだが、しくしくと泣き続けるその姿は幼い子供そのものだ。
なんとかしてあげたいと悩み……シオンはハッとする。
「そうだ! ノノちゃん、俺にいい考えがあるよ!」
『……へ?』
「クロガネさん、さっき言ってましたよね。こうなったらみんなで落ち着かせるか、エネルギー切れを待つしかないって」
「言ったけど……まさか」
目を丸くするクロガネにうなずいて、シオンは悪戯っぽく笑う。
「ノノちゃん。実はここに集まったのは、竜人族を倒そうとする敵たちなんだ」
『そ、そうだったんだ。なんでたくさんいるんだろー、って思ってたけど』
「うん。だから……ここにいるみんなは、倒される覚悟があるってこと」
そういうことなら、思う存分付き合っていただこう。
シオンは剣を抜き放ち、明るく告げる。
「実戦訓練だよ、ノノちゃん! 遠慮なくやっつけさせてもらおう! くったくたになるまで戦えば、きっと元に戻れるはずだ!」
『うん! おにーちゃん!』
ふたりは意気込んで荒野を見回すのだが――。
『『『すみません勘弁してください!!』』』
「えっ……?」
その瞬間、その場の全員――ノノの攻撃で吹っ飛ばされて伸びたものたちを除く――が一斉に土下座した。
ヒスイはため息交じりに言う。
「それはそうだろう。邪竜と、それに匹敵するシオン。ふたりの力量を嫌というほど見せられたんだ。反抗心など擦りきれるに決まっている」
「……これなら、谷はもう安泰でしょうかね」
「だろうねえ。こんなの見せられちゃ、喧嘩を売るようなやつはいないだろうしね」
兵士ららとともにクロガネも軽く肩をすくめてみせた。
シオンは気を失ったレティシアをクロガネに預け、ノノを見上げる。
「えーっとそれじゃあ……かわりに俺と遊ぶ?」
『うん! そっちの方が楽しそう!』
こうしてシオンがノノの相手を務めることとなり、人払いの済んだ荒野で三日三晩遊び尽くした。まるでダリオの築いた伝説をなぞるかのように。




